八兵衛のセカンドライフ

46歳で脳幹(橋)出血、現在72歳の車イス男性。ブログはFact is factで(事実だものしょーがねぇべ)

9月6日(歌は世につれ、世は歌につれ)

2020年09月06日 14時44分33秒 | 音楽・映画

今朝も元気(体温=36.4度)に起床した、感謝、感謝。

昨日カラオケを歌ってみて、15日のデイのど自慢大会は雪国を辞めて、
夢芝居か君こそ我がいのち、どちらかにしようかなと迷っている。
吉幾三は以前のデイでも歌ってきたし、もう好いかなとも思う。
今日は完全休養の日曜日、さて、何をするべーかな。

雪国、夢芝居、君こそ我がいのち、君といつまでも、について、
私にとっての時代背景をウィキペディア情報をもとに書いてみた。
雪国
 1986年(昭和61年)リリース。私が33歳、武蔵野通研から戻った翌年。
 上祖師谷社宅に住んでいて、前年にヨーロッパ出張した頃であり、
 3年後に仙台に転勤してからは国分町で雪国をよく歌っていた。
夢芝居
 1982年(昭和57年)リリース。私が29歳、技術局PCM伝送担当時代。
 翌年に武蔵野通研に異動したけど、まだ花小金井に住んでいた頃だ。
③君こそ我がいのち
 1967年(昭和42年)リリース。私が15歳、高校1年生だった。
 水原弘は私が小学2年生の時、黒い花びらでデビューし大ヒットした。
 私が高校1年生だとGS全盛の頃で、当時は歯牙にもかけていなかったけど、
 今はどっちも好いねぇ、それだけ私も年をとったということだろうね。
君といつまでも
 1965年(昭和40年)リリース。私が13歳、中学2年生だった。
 反抗期ざかりのクソガキの頃で、クラスの悪戯にいつも名を連ねていた。
 中学2,3年生はクソガキだったけど、
 高校1年生になってからは脱皮したように急速に大人しくなって行った。

 ps:CM,悪戯・誹謗・中傷などのコメントは削除することがあります。

コメント
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