内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

抜書的読書法(哲学篇1)―「マーケティングとイノベーションと哲学」

2015-05-05 04:28:51 | 読游摘録

 「抜書的読書法」シリーズ「哲学篇」の第一回目に取り上げるのは、Xavier PAVIE, Exercices Spirituels. Leçons de la philosophie antique, Paris, Les Belles Lettres, 2012 である。
 著者グザヴィエ・パヴィは、哲学の博士号を持ち、パリ西大学の哲学研究機関に準研究員として所属してもいるが、ESSEC という一流のビジネス・スクールのISIS(Institut for Strategic Innovation & Services)という研究所の所長であり、同校で教鞭も取っている。同研究所のプロフィール紹介の写真を見るかぎりまだ若そうだし、哲学博士号所有者としては大変珍しい経歴の持ち主であることがその紹介からわかる。
 そこから浮かび上がってくる「マーケティング」と「イノベーション」と「哲学」という三つのテーマは、フランスでもめったにない組み合わせだけれど、日本ではなおのことありそうもない組み合わせではないだろうか。でも、これからの哲学の在るべき姿の一つを先取りしているのかも知れない。
 タイトルを見れば、この本がピエール・アド(Pierre Hadot 二〇一三年七月三〇日からの一連の紹介記事を参照されたし)と関係が深いだろうと予想できる。実際、著者は、アドの複数の著作をミッシェル・フーコーのそれらとともに同書で頻繁に引用している。アド本人にその最晩年に直接教えを乞うたこともあったことが巻末の謝辞からわかる。
 しかし、著者は、アドやフーコーの業績を単に踏襲しようとしているのではない。古代ギリシア哲学に共通する哲学的実践の基本形として、アドによって一九七〇年代後半から前面に打ち出されるようになった « exercice spirituel » という概念を、同概念の先行的使用例並びに同時代の他の著者たちの使用例と関連づけつつ、アドにとって到達点であったものを、現在における自分の哲学的実践の出発点にしようとしているのである。
 文体や本全体の構成には、特に型破りなところも奇を衒ったところもなく、肩書を知らずに読めば、むしろ伝統的なスタイルを墨守する哲学史研究者が書いた本かと思われてしまうだろう。文章はいたって平易。出典についての注の付け方も行き届いている。
 そのようにして古代の哲学者たちの教説と生き方とを丁寧に辿り直しながら、その中でつねに著者が問い続けているのは、「哲学を現実社会の中で生きるとはどういうことなのか」とうい根本的な問いである。