内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

グノーシス主義の社会学的根拠

2020-12-24 23:59:59 | 読游摘録

 大貫隆の『グノーシスの神話』(講談社学術文庫 2014年 初版 1999年)の「Ⅰ グノーシス主義とは何か 二 グノーシス主義の系譜学 3 社会学的根拠」はごく短い一節だが、「そもそもなぜグノーシス主義という世界観あるいは救済観が発生し得たのか」という問いへの答えのヒントの一つを与えてくれる。「この問いに答えるためには、宗教社会学的な視点と同時に、深層心理学的な視点からの研究が必要である」と断った上で、著者は次のように付言している。

グノーシス主義は社会学的に見ると、農村部より都市部の現象であった。ヘレニズム時代の地中海とオリエント世界では、思想と宗教の混合はとりわけ都市部において顕著であった。アレクサンドリアはその典型である。そのような都市部では、人間は個別化され、それぞれの伝統的基盤から乖離し、社会的方向性と自己同一性の喪失の危機に面していたのである。この危機は、強大なローマ帝国の支配の中に併合されて政治的な禁治産宣言を下された東方地中海世界の諸民族、その中でもとりわけ都市の知識層の場合に深刻であった。グノーシス主義はそのような知識層を主要な担い手とする政治的、社会的なプロテストなのである。

 このような社会学的な観点からすれば、社会とそこに生きる個人が同様な危機に直面すれば、〈グノーシス的なもの〉はいつの時代にも現われうるということになる。もちろん、それと歴史的実在としてのグノーシス主義とは区別されなくてはならない。しかし、本書の「結び グノーシス主義と現代」で言及されているような現代の「グノーシス主義症候群」について自覚することは、現代の世界的な思想状況をよりよく認識するために無益ではないと私には思われる。