内的自己対話-川の畔のささめごと

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近代における「自律」という「監獄」の誕生

2024-10-30 23:59:59 | 哲学

 メーヌ・ド・ビランが1815年に年間を通じて付けていた日記は、Marc-Antoine Jullien (1775-1848) が考案・刊行・販売した « Agenda général ou Mémorial portatif pour l’année 18 . . » に記されている。この日記帳の形態についてはアンリ・グイエがビランの『日記』第三巻の59‐62頁に詳述している。その記述には、ビランが実際に使った一冊が Grateloup の資料館(?)に保存されているとあるが現在もそうなのかどうかはわからない。Philippe Lejeune と Catherine Bogaert が編集した Un journal à soi. Histoire d’une pratique, Paris, Editions Textuel, 2003, p. 60-61 にジュリアン版 Agenda のファクシミリが収録されているらしいが未見である。
 マルク=アントワーヌ・ジュリアンについては、フランス語でも資料が乏しいのだが、なぜかウィキペディア日本語版には短いがわりとちゃんとした記述がある。しかし、残念なことに、彼がいわば教育家として活躍した1810年代以降についての記述はない。日記帳の考案・刊行・販売も教育を一つの「科学」にまで高めようというジュリアンの構想のなかで実行されたことで、ビランもこの時期にジュリアンと出会っているだけに、ビラン研究にとっては1810年以降のジュリアンの活動との関係が特に重要である。
 ビランはジュリアン版の日記帳の構成に必ずしも忠実に従っているわけではないが、1815年以後のビランの日記の構成のモデルになっていることは明らかである。
 このジュリアン版の日記は、一言で言えば、自己の日常生活の総合的な自己管理ためのツールとして考案された。
 その構成は6部からなる。第1部はいわゆる日々の記録で、その日その日の用事や予定を記す。第2部は出納帳(家計簿)、第3部はその日会った人物の記録、第4部は書簡のやり取り、第5部は読書記録、第6部は備忘録およびアイデア帳である。これらに月ごとの見返りと年間の見返りとが加わる。
 これらの記録が煩瑣にならず一日に10分程度で済むように、さまざまな略号を使用することをジュリアンは推奨している。例えば、その日の総合評価として p(進歩あり)s(停滞)d(後退)と記すとか、天気を19のタイプに分けてそれぞれにコードを与えることなどを提案している。
 これらの諸項目を総合的に日々管理し全体的な自己制御を行うという発想は、イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムが構想した刑務所施設パノプティコン(ミッシェル・フーコー『監獄の誕生』参照)の発想と軌を一にするものだという Philippe Lejeune と Catherine Bogaert の上掲書における指摘は大変興味深い(Claude Reichler, « Météores et perception de soi : un paradigme de la variation liée ». In La pluie et le beau temps dans la littérature française. Discours scientifiques et transformations littéraires, du Moyen Âge à l’époque moderne, Hermann, 2012, p. 228)。
 以上から、自己によって自己を管理するという近代的発想が「自律」という「監獄」を誕生させたと言うことができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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