こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2013年9月15日 日曜日 「幻を追いかけて」

2013-09-15 22:45:49 | 音楽帳

昨夜、というよりも、深夜から明け方にかけて、余りに心地良くて、エンドレスで聴いていたブライアン・フェリーの1985年作品「ボーイズ&ガールズ」。
夜中の静けさの中でこそ、音が意味を持つ瞬間というのが、青き時代からよくある。
それは大抵翌朝には、遅くまで起きすぎていたり、夜酒を呑みすぎていた反動として後悔として現れるのは、青の時代も今も同じである。

夜は、夢を羽ばたかせる時空が広がっている。
その瞬間には、真実に近づいたと思わせる「何か」を掴むのだが、翌朝には、全てが一切消え去っている絶望的心境に至る。
すぐにでも支度をせねば、社会の歯車に間に合わない時間だったりするので、必死こいているのだが。
砂上楼閣の如く、昨夜確実にそこに在ったはずの・掴んだはずの一握りの「何か」が消えている。

***

最近、メディアが敵として産み出した「ゴミ屋敷」なる用語。
廃屋と化した家を、そういった理由で「敵」としてみなし、潰していく。わたしの場合は、棲みながらにして・ヒトがゴミとしたモノを拾い集めているので、単なるゴミ屋敷では済まずに、そこに尾ひれが付く。
メディアに馬鹿な洗脳を浴びた・周辺の最近越してきた馬鹿家族に、怪しまれる。2013年。歳が上も下も無く、馬鹿な誘導にハマる馬鹿にばかり会う日々。
ただ単に勢いに任せて結婚した失敗の後悔が、馬鹿親の言う事に見え隠れする。単なる欲望に過ぎず、意味無いSEXの結果=産物のガキたちとの、エセ家族の肖像。

当方は、キレイごとは大嫌いなので、道で拾った何かは大事な隠喩と受け止めて、スクラップブック貼り込み要員として、備えさせるのだが。それを、あたかも非常識のように見る、宗教に洗脳された家族。単なる嫉妬が視える。

【ゴミ・スクラップ・ブック。まだ下地段階のページ。】
昔のレコード・CD・雑誌・本・絵が雑多に置かれた部屋は、入ると独特の匂いがする。その空間は、リアルタイムの現在が抜け落ちているのが良い。
遭難した何かを探しに行くのだが、最初の目的から外れて、ついつい、座って見入ってしまうことがある。

今日は、昨夜パソコン内で聴いたブライアン・フェリーの「ボーイズ&ガールズ」のLPレコードを探しに行ったのだが、見つからず。
何とか見つかったシングルカットされた「スレイヴ・トゥ・ラヴ」を発見するにとどまる。

夜、野菜を買い出しして、野菜カレーを作り、お米を研ぐ。
■Bryan Ferry 「Slave to Love (Extended Version) 」1985■
コメント (2)
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