欲しかったラジカセをやっと手に入れられたのが、小学6年と中学1年の境い目1978年。
勝手に入れられた塾の行き帰り。
カネも無いので、その旅路の友は、小さなハンディラジオと片耳イヤホン。灯りのたゆたう夜街をふらつき、中央線等々電車の車窓を流れる光を眺めながら聞くラジオはひそかな楽しみだった。
だけど、楽しかった余韻を残しつつ、そのラジオ放送は空気に溶けて消えていく。
元々メランコリー気質なので、過ぎていく街の風景と共に切なさが体内充満していた。何とかそれらを定着させられないか。。。そこから、手に入れたいと渇望したのがラジカセであり、カメラだった。
カメラは置いておいて、ラジカセを購入するとラジオのみならず色んなものを録音した。
オマケで付いていたマイクをジャックにつないで、野外の空気音・クルマが通る音・鳥の鳴き声・人の声・・・etc。
さらに、そこから進んで今度はカセットテープを巡って色んな実験をし出した。
録音したテープを引っ張り出して無作為に切り刻み、セロテープで貼り合わせて、もう一回もとに戻して聴く。あるいは、それを裏返して逆回転させたり、輪っかにしてテープループ、更にはラジカセの消去ヘッドにマスキングをして、その上から録音を重ねるなどなど。
こういう実験の一方で、リアルタイムの音楽に興奮し追い掛けて聴いていた。
この2つの同時進行形は、その後奇妙なねじれと崩れを起こす。
それは、「音楽」として流通経路上でパッケージされ売買されるものに、予定調和的な起承転結や作為を見い出すと覚めてしまう瞬間があったこと。
太宰治の名短編「トカトントン」一節と同じ。
イコールではないが、渋谷陽一さんが当時盛んに”産業ロック”と繰り返し言っていたのもこれに当たる。音楽様式の形骸化に、どうもおかしいな、おかしいな、と薄々気付いていたものが、私の中でゴマカシが効かなくなり全面的にあらわになったのがアフターYMOの1984年。決して「良い」とも「楽しい」とも思い切ってもいないのに、ノイバウテンの機械やノコギリ音をひたすら聴いていた日。
この奇妙なねじれ感覚が今よぎるのは、音楽よりも今”ニホン”で、大きな意味の社会でも・身近な社会でも毎日起きている事たちへの興醒めなのだろう。
休みの日に歩いているときは感じないものを、日々仕事をしたり社会の一部に属した平日に感じる。離人症的な感じや、膜が張ったような視界・目の前の光景。
脳とカラダに汗かいて働く最中このようなことばかりを見聞きしていると、それは聴くほうにも影響する。浸食してくる。
今になって久々にDAFを取り出して聴いていたのもそのせいだろう。
音楽も社会とは無縁では居られない。「すべてのものが同時代的であらざるを得ない。」(坂本龍一)
mp3プレイヤーに入れた楽曲には、今まで書いていない類の曲が次第に入ってきている。
ありきたりの楽曲展開から浮気してしまうときがある。
資本家たちにとって商品価値がMAXだった時点のYMOに反旗をひるがえし、YMO脱退と引き換えに手に入れた権利でもって坂本龍一が創った作品「B-2UNIT」。そこからは、ロンドンレコーディングの中、録音したニュース番組の音を切り刻んで構成した「Not The 6 O’clock News」。あるいは、大竹伸朗さんのユニット「19(ジューク)」の曲。平沢進さんの曲など。
昔カセットテープで創った意味不明の音を想い出す。当時はいくらやってもダメだ、と消してしまったが、あれはあれで取っておけばよかったと思う。
この手合いの音楽はその後”アヴァンギャルド””ノイズ・ミュージック”だとか言ってカテゴライズされてしまい、音楽選者がえらぶのはいつもキャバレー・ヴォルテール、スロッビング・グリッスル等々だったりする。既成の場所から逸脱することで、パッケージの外側に価値を産み出そうとした産物までもがパッケージされていく現実。
これら実験音楽家の皮肉な運命とは、こういったジレンマにある。
まあ、そう思ってしまう自分自体が、そういう事象に行き詰まってしまうのなら、そんな類の本は読まず、日々の事象を歩き倒して流し去り、行き詰まって聴こえる音は聴かず。
しばらく離脱・回遊して自由に耳を澄ませることだろう。
■飴屋法水 「ジャパニーズ・ソング」1991■
PS:仕事の一端で、「コーディネーター」「デザイナー」などと関わらざるをえないことが多い。311を経て、これらはそれまで通りのオナニーでは意味が無く・不毛であることがあらわになった。
しかし、まだ旧態依然とした表面的なキレイさだけや内輪世界にこもり、利益を享受しようとしゃぶりついている連中を現実に見る。そのたびにトカトントンが鳴り出す。
衣・食・住における「住」は、雨風しのげることが優先であり、それ以上は正直不要である。これは1995年大震災後の神戸現場に立った際にも思ったこと。
日々の暮らしにとって、上記の類の連中/事柄が潤いを満たしてくれるなら、それはそれで良いが、そうではない。そんな連中が、4年前のことを流しつつ、相変わらず復活してきている。
■坂本龍一&アンディ・パートリッジ 「Not The 6 O'clock News」1980■