皆さんも経験あると思いますが、クラシックでも、日本の楽器でも、
奏者が舞台に立って最初の一音だけでもう惹き込まれるという事はありませんか?
光舜堂にいらしたお客様の中でも、調整した楽器をお渡しして、
ブーーんと、最初のフレーズ弾いただけでも、ああ、この方はプロだなと、解る人がいます。
何も先生をやっている人とは限りません。
普通の主婦であったり、学生さんであったり。
まれに私が知らないだけでかなり有名な先生であったりと言う時もあります。
これはみなさんもそうですが、たっぷり弾き込んだ曲と、新しく覚えた楽譜では、楽器の鳴りが違いませんか?
そうですね弾き込んで弾き込んできた曲と言うのは、自信を持って弓を弾けます。
この楽器を鳴らせるというのは、プロとしての第一段階なのではないでしょうか。
楽器を自分の物にしている、音色を自分の物にしている。
中には相当速い曲が弾けてるんだけれど、あまり感動が伝わって来ない方もいます。
中には私より年上の方なのですが、ホントに簡単な曲なのですが、
ふっと惹き込まれるように弾いてくださる方もいます。
これは何のでしょう。
若いうちはついつい速い曲などに夢中になってしまいますが、
それだと単なる早いでしかない時も多いのです。
私なんかも若い時にはかなり凝ったものを作ったりもしています。
どうだーーーというような感じで技術を追いかけてしまうこともありました。
その技術が単に技術というだけで、身になっていないとかなり軽薄なものと言うか、
人様に感動を伝えないこともあります。
また、プロになるにはその反対に独自の技術を持つということも必要なようです。
凄い例としては、芳晴さん。
この方の二弦を同時に弾く技術というのは、まあ、前代未聞です。
普通重音を二胡で弾く時には弓の毛と竹とを同時に弦に当てるお湯に弾きますし、そのような曲もあります。
ところが、芳晴さんは、弓の毛だけを使って重音を響かせます。
ただ、指慣らしの音を出しているだけなのですよと言うその指慣らしの音が普通に音楽になっている、峠岡慎太郎君。
あるいはその速さに任せて、それこそ天馬のように駆け抜ける桐子ちゃん。
聴いたのはたったワンフレーズなのですが、その音色のふくよかさに、その場にいた人がみんな静まり返ってしまった山田さん。
二泉映月のピッチカート一音ひとつで、感動させた、程農化さん。
如何にも二胡を弾いていると、楽しそうに二胡弾くの楽しいですよと誘ってくるような、演奏をする孟菲さん。
生徒の調弦をしているだけでため息の漏れるような音色の、北川さん。
音色といって省けないのが、太田君、そして楠田さん。
そのパワーで、11人の奏者の中を通り越して伝わってくる、鳴尾さん。
楽器が歌っているのか、本人がどう見てもこの坊主頭がと結びつかないけれど、見事に歌い上げる、川野君。
なんだかソーっと皆に遠慮して弾いているのだけれど、いつの間にか皆自分の演奏忘れて聴き込んでしまった、関西からのお客様。
一回きり聴いたことが無いのですが、長崎の鈴木春菜さん、何を感じたかと言うと、
この人は伸びていくだろうなという未知の期待。
そして最近では、静岡の深澤さん、不思議なのですが、楽器を良く響かせるのです、何人もの方がそれぞれ勝手に音出ししている中から、凄い響くなとみてみると、彼女です、不思議にと言うより当たり前ですが、とっても響くのです。
挙げればきりがないほどいらっしゃいますが。(ごめんなさい私がお会いして直接聞いた人のみです)
まだまだいらっしゃるのでしょうね、実際にお会いして聴いてみたいです。
こう思わせられれば、それはプロの演奏でしょう。
色々それぞれに独自の物を持っていると思うのです。
たぶん、たぶんですよ私は演奏家ではないので
みなさん何かを、ご自身に技術を身に付けようとか、うまくなろうとかしたのではないと思うのです。
上手くなろうとか言うのはそれ以前の問題だと考えます。
時々に光舜堂へ来られて、歌うように弾いていくお客様も、たぶん、プロの素質というか音楽をするという点ではプロの域なのだと思うのです。
ボランティアの演奏でも、それこそあちこちから呼ばれる人もいます。
あるいは必ず定期的に演奏依頼を受ける人もいます。
お金が発生するかどうかがプロであるという話もありますが、
そうでなくともよばれるというのは仕事の初めでしょうね。、
以前木村ハルヨちゃんに三越の展覧会で、弾いてもらいました。
最初は前の座席に3,4人だったのが15分もすると、30席が満席になりました。
トークの面白さも手伝って、お客様達が大変納得して聞いているのが良く分かります。
唄いながら、弾きながらというとんでもない技術の、里地帰君にしても、その一つの舞台でお客様を納得させます。
ですから毎週毎週日本中そして台湾まで呼ばれていくのでしょう。
私なんかも最初の西武百貨店での展覧会で、数人のお客様と出会い、
何を褒められたかと言うと、お前は良い材料持っているね、この材料凄いね、と言うのがきっかけで、
村野東吾先生にに色々仕事をやらせてもらえました。
それは私が、北海道の胡桃に惚れ込んでいたからでもあります。
情けない事に私にはその程度の才能きりないのかも、
でも、木の事を知っているという点では、そして惚れ込んでいるという点で、、、、、
、
二胡も同じですね、貴方が惚れ込むような楽器を手にできない限り、プロとしての道に進みにくいのかもしれません。
惚れ込めるような楽器に出逢えるのも、プロとしての資質の一つでしょうね。
出逢えない人もいますし、出会いを求めていない人もいます。
でも二胡と言う物に惚れ込んで演奏家目指すなら、惚れ込める楽器は、必要でしょう。
自分自身が何かに特に奏者は楽器に惚れ込むぐらいでないと、その惚れ込む力が、反対に人様を貴方の音楽に惚れ込ませるのではではないでしょうか。
とにかく人を楽器に惚れ込ませ、弾き込ませ、そして観衆を引き込む力、これは演奏家にはぜひ欲しい物ですね。
奏者が舞台に立って最初の一音だけでもう惹き込まれるという事はありませんか?
光舜堂にいらしたお客様の中でも、調整した楽器をお渡しして、
ブーーんと、最初のフレーズ弾いただけでも、ああ、この方はプロだなと、解る人がいます。
何も先生をやっている人とは限りません。
普通の主婦であったり、学生さんであったり。
まれに私が知らないだけでかなり有名な先生であったりと言う時もあります。
これはみなさんもそうですが、たっぷり弾き込んだ曲と、新しく覚えた楽譜では、楽器の鳴りが違いませんか?
そうですね弾き込んで弾き込んできた曲と言うのは、自信を持って弓を弾けます。
この楽器を鳴らせるというのは、プロとしての第一段階なのではないでしょうか。
楽器を自分の物にしている、音色を自分の物にしている。
中には相当速い曲が弾けてるんだけれど、あまり感動が伝わって来ない方もいます。
中には私より年上の方なのですが、ホントに簡単な曲なのですが、
ふっと惹き込まれるように弾いてくださる方もいます。
これは何のでしょう。
若いうちはついつい速い曲などに夢中になってしまいますが、
それだと単なる早いでしかない時も多いのです。
私なんかも若い時にはかなり凝ったものを作ったりもしています。
どうだーーーというような感じで技術を追いかけてしまうこともありました。
その技術が単に技術というだけで、身になっていないとかなり軽薄なものと言うか、
人様に感動を伝えないこともあります。
また、プロになるにはその反対に独自の技術を持つということも必要なようです。
凄い例としては、芳晴さん。
この方の二弦を同時に弾く技術というのは、まあ、前代未聞です。
普通重音を二胡で弾く時には弓の毛と竹とを同時に弦に当てるお湯に弾きますし、そのような曲もあります。
ところが、芳晴さんは、弓の毛だけを使って重音を響かせます。
ただ、指慣らしの音を出しているだけなのですよと言うその指慣らしの音が普通に音楽になっている、峠岡慎太郎君。
あるいはその速さに任せて、それこそ天馬のように駆け抜ける桐子ちゃん。
聴いたのはたったワンフレーズなのですが、その音色のふくよかさに、その場にいた人がみんな静まり返ってしまった山田さん。
二泉映月のピッチカート一音ひとつで、感動させた、程農化さん。
如何にも二胡を弾いていると、楽しそうに二胡弾くの楽しいですよと誘ってくるような、演奏をする孟菲さん。
生徒の調弦をしているだけでため息の漏れるような音色の、北川さん。
音色といって省けないのが、太田君、そして楠田さん。
そのパワーで、11人の奏者の中を通り越して伝わってくる、鳴尾さん。
楽器が歌っているのか、本人がどう見てもこの坊主頭がと結びつかないけれど、見事に歌い上げる、川野君。
なんだかソーっと皆に遠慮して弾いているのだけれど、いつの間にか皆自分の演奏忘れて聴き込んでしまった、関西からのお客様。
一回きり聴いたことが無いのですが、長崎の鈴木春菜さん、何を感じたかと言うと、
この人は伸びていくだろうなという未知の期待。
そして最近では、静岡の深澤さん、不思議なのですが、楽器を良く響かせるのです、何人もの方がそれぞれ勝手に音出ししている中から、凄い響くなとみてみると、彼女です、不思議にと言うより当たり前ですが、とっても響くのです。
挙げればきりがないほどいらっしゃいますが。(ごめんなさい私がお会いして直接聞いた人のみです)
まだまだいらっしゃるのでしょうね、実際にお会いして聴いてみたいです。
こう思わせられれば、それはプロの演奏でしょう。
色々それぞれに独自の物を持っていると思うのです。
たぶん、たぶんですよ私は演奏家ではないので
みなさん何かを、ご自身に技術を身に付けようとか、うまくなろうとかしたのではないと思うのです。
上手くなろうとか言うのはそれ以前の問題だと考えます。
時々に光舜堂へ来られて、歌うように弾いていくお客様も、たぶん、プロの素質というか音楽をするという点ではプロの域なのだと思うのです。
ボランティアの演奏でも、それこそあちこちから呼ばれる人もいます。
あるいは必ず定期的に演奏依頼を受ける人もいます。
お金が発生するかどうかがプロであるという話もありますが、
そうでなくともよばれるというのは仕事の初めでしょうね。、
以前木村ハルヨちゃんに三越の展覧会で、弾いてもらいました。
最初は前の座席に3,4人だったのが15分もすると、30席が満席になりました。
トークの面白さも手伝って、お客様達が大変納得して聞いているのが良く分かります。
唄いながら、弾きながらというとんでもない技術の、里地帰君にしても、その一つの舞台でお客様を納得させます。
ですから毎週毎週日本中そして台湾まで呼ばれていくのでしょう。
私なんかも最初の西武百貨店での展覧会で、数人のお客様と出会い、
何を褒められたかと言うと、お前は良い材料持っているね、この材料凄いね、と言うのがきっかけで、
村野東吾先生にに色々仕事をやらせてもらえました。
それは私が、北海道の胡桃に惚れ込んでいたからでもあります。
情けない事に私にはその程度の才能きりないのかも、
でも、木の事を知っているという点では、そして惚れ込んでいるという点で、、、、、
、
二胡も同じですね、貴方が惚れ込むような楽器を手にできない限り、プロとしての道に進みにくいのかもしれません。
惚れ込めるような楽器に出逢えるのも、プロとしての資質の一つでしょうね。
出逢えない人もいますし、出会いを求めていない人もいます。
でも二胡と言う物に惚れ込んで演奏家目指すなら、惚れ込める楽器は、必要でしょう。
自分自身が何かに特に奏者は楽器に惚れ込むぐらいでないと、その惚れ込む力が、反対に人様を貴方の音楽に惚れ込ませるのではではないでしょうか。
とにかく人を楽器に惚れ込ませ、弾き込ませ、そして観衆を引き込む力、これは演奏家にはぜひ欲しい物ですね。
でもお会いした時に、なんだお爺さんじゃないと言われそうですね。
桜ネコさんも頑張って、良い演奏家目指して下さい。
因みに、家の子供達は桐子ちゃんの大ファンです。昨日も4歳の息子が「はぁ~~きりこちゃん、かわいすぎる~」とため息混じりにYouTubeの動画を見てました。もうおわってしまう~と、知らない曲ながら、華麗なる演奏にグイグイ引き込まれているようで。
娘は、いいなぁ~私もピンクの二胡が欲しい!と、これまた大のお気に入り。
ピンクの二胡は買えないけど、その二胡を作ったおじちゃんに今度会えるからね♪