序論
筆者は先に完結した『世界歴史鳥瞰』の序論で、次のように述べたことがある。
・・・富/権力を最高価値とするような物質文明を基層に成り立つ人類社会の前半史とは、所有すること(having)の歴史であり、そこでは富であれ権力であれ、もっと所有すること(more-having)、すなわち贅沢が歴史の目的となるのである。一方で、所有の歴史は、所有をめぐる種々の権益争いに絡む戦争と殺戮の歴史でもある。
そういうわけで、所有の歴史にあっては持てる者と持たざる者との階級分裂は不可避であり、時代や国・地域ごとの形態差はあれ、何らかの形で階級制が発現せざるを得ないのである。それとともに、戦争・殺戮の多発から、戦士としての男性の優位が確立され、社会の主導権を男性が掌握する男権支配制が立ち現れる反面、女性や半女性化された男性同性愛者の抑圧は不可避となる。
こうして現在も進行中である人類社会前半史は、多様な不均衡発展を示しながらも、ほぼ共通して男権支配的階級制の歴史として進行してきたと言える。従って、それはまた反面として、男権支配的階級制との闘争の歴史ともならざるを得なかった。古代ギリシャ・ローマの身分闘争、中世ヨーロッパや東アジアの農民反乱・一揆、近世ヨーロッパのブルジョワ革命、近現代の労働運動・社会主義革命、民族解放・独立運動、人種差別撤廃運動、女性解放運動、同性愛者解放運動等々は、各々力点の置き所に違いはあれ、そうした反・男権支配的階級制闘争の系譜に位置づけることができるものである。
このような問題意識を抱懐しつつも、『世界歴史鳥瞰』ではあくまでも歴史全体の「鳥瞰」に力点を置いたため、必ずしも歴史における女性の動静に焦点を当てるものとはならず、よくてジェンダー中立的な視点での叙述にとどまるか、むしろ男性視点に偏っている趣きすらあった。そこで、本連載では、先行連載の矯正の意味を込めて、女性に焦点を当てた世界歴史の鳥瞰を試みる。
ところで、タイトルの「女」という語を括弧でくくるのは、この語には生物学上の女性という本来の意味に加え、男性同性愛者も包摂したい意図からである。男性同性愛者は言うまでもなく生物学的には男性であるが、しばしば男性中心の歴史世界においては女性化され、「半女性」として扱われることがあった。しかし、そうした男性同性愛者も女性以上に周縁的な存在者としてではあるが、世界歴史に関与している。そうした二重の意義を込めての「女」の世界歴史が、本連載の主題である。