Ⅱ イギリス―分散型警察国家
2‐4:鉄道警察
英国鉄道警察(British Transport Police:BTP)注は、イングランド、ウェールズ、スコットランドを管轄区域として活動する鉄道専門の警察組織である。ただし、北アイルランドについては、北アイルランド警察(PSNI)が鉄道警察を兼ね、BTPはPSNIとの相互協力協定によってのみ活動できる。
BTPの警察官は列車内や駅を含めた鉄道施設内である限り、警察官としての完全な権限を有するとされており、まさしく鉄道に特化された特別警察の一つである。
その権限は「テロの戦い」テーゼに刺激されて拡大傾向にあり、地方警察を含む他の警察機関からの要請がある場合のほか、緊急的な状況では、独自の判断によって鉄道施設外で必要な実力行使ができることになっており、鉄道警察プラスアルファの存在となりつつある。
実際、BTPも多くの主要な警察機関と同様に、即応班や緊急介入班などの特殊部門を持つほか、2012年以降は、一般警察と同等レベルに武装力を強化し、射手の配置を行うことで、武装化が進行している。
その最大の契機となったのは、イギリスにおける9.11事件とも言うべき2005年のロンドン連続爆弾テロ事件であった。この時爆破された4か所のうち3か所がBTPの管轄下にあるロンドン市営地下鉄駅であり、BTPが初動で大きな役割を果たした。
とはいえ、BTPは法的に運輸大臣の管轄下にありながら、その財政は鉄道会社の資金によって支えられており、政府の公金は投入されていない。これは、BTPが沿革的に、鉄道会社固有の警察部門から発展したことによる。
もっとも、イギリスの鉄道網は1948年から97年まで国有化されていたが、その後民営化されても鉄道警察は一般警察に統合されることなく、存続した。その点では、国鉄の分割民営化に伴い、国鉄固有の警察組織であった鉄道公安室が廃され、一般警察の鉄道警察隊に統合された日本とは異なる経緯を辿った。
対照的に、BTPは、後で述べる英(米)に特有の部分社会警察としての性格を持っていると言える。そうした点からも、いまだ私設警察の性格を脱していないBTPが鉄道警備の任務を超えて、一般警察と同等レベルの能力を備えた本格的な警察機関に発展することには、危うさも認められる。
注:transportは本来、航空や航海を広く含む「運輸」の意味であるが、BTPはその名称にもかかわらず、鉄道関係に限局された警察機関であるので、訳語としては「鉄道警察」とした。