Ⅱ イギリス―分散型警察国家
2‐2:国防省警察
国防省警察(Ministry of Defence Police:MDP)は、イギリスにおいて特別警察と呼ばれる三つの警察機関のうちの一つであり、その名のとおり、国防省に直属する警察機関である。ただし、軍内の犯罪の取り締まりに専従する憲兵隊とは異なり、文民警察機関である。
沿革的には、元来、陸軍省・海軍省・空軍省と三部門に分岐していた国防行政が1964年に国防省に統合されたことを受け、1971年、それまで陸海空軍三部門ごとに分かれていた文民国防警察を統合したのが、国防省警察である。
MDP本来の役割は全土の国防省関連施設やその資産、要員の防護であるが、今日ではそれに限られず、海外を含めた危険地帯での治安維持及び対テロ対策の任務も持つ。そのため、MDP要員の大半は公認射手としての資格を持ち、任務遂行中は常時武装する武装警察としての性格を帯びている。
2010年のリストラにより20パーセントの要員が削減されたとはいえ、なお2500人以上の要員を擁し、犯罪捜査部や海上部、化学・生物・放射線/核対応班、国際警察部など多数の専門部署に分かれた自己完結的な警察組織として構成されている。
中でも化学・生物・放射線/核対応班はこうした危険物質関連の事件・事故に関しては中心的な対応力を持つ部門として、次に見る民間原子力保安隊とともに重要な役割を担っている。
総じて、MDPは大規模ではなく、活動範囲も限定されているが、全土及び海外でも活動できる国家/国際警察としてはイギリスで唯一の存在であり、対テロ、犯罪及び治安法により、一定の状況下では本来の管轄を越えた拡大権限が付与されており、影の警察国家化の中で存在性を増している。
2‐3:民間原子力保安隊
民間原子力保安隊(Civil Nuclear Constabulary:CNC)も特別警察の一つであり、その名の通り、原子力発電所を含む民間核施設の防護及び国内外を輸送中の核物質の安全防護を担当する警察組織である。従って、核兵器の防護は管轄外であり、軍及び前出MDPの任務となる。
CNCはかつてイギリスの核開発研究機関である英国原子力エネルギー機関の直属であったものを2005年の制度改正により、同機関から分離したうえ、人員を拡充したものである。現在は、2016年新設のビジネス・エネルギー・産業戦略省の管轄下にあるが、財政は外資を含む核関連企業体の出資によるという官立民営のような特殊な組織でもある。
このような制度改正がなされた背景にも、「テロの戦い」テーゼと関わっており、民間核施設に対するテロ攻撃への備えとして、わずか700人弱の要員の旧制度では不十分と認識されたためである。そこで、現在は1500人以上にまで要員も倍増されている。
機関の性格は、MDPと同様、公認射手を擁し、任務遂行中は常時武装する武装警察である。ただし、MDPとは異なり、対テロ法の下でも管轄を超えた拡大権限は付与されておらず、所定の権限に限られた専門警察としての性格が維持されている。