1973年、札幌地方裁判所で国を狼狽させる一つの判決が下された。航空自衛隊基地の建設に反対する長沼町民が国を提訴し、自衛隊の憲法適合性が主要な争点となったいわゆる長沼事件で、地裁は「自衛隊は憲法第9条が禁ずる陸海空軍に該当し違憲である」と断じたのである。
自衛隊発足当初ならともかく、当時、すでに発足から20年近い時を経ており、自衛隊は「定着」しているはずだったところへ突然の違憲判決であるから、国にとっては青天の霹靂だった。
それから48年の時を経て、2021年3月、同じ札幌地裁で、また国を慌てさせる大胆な判決が下された。今度は、婚姻を異性間に限定する民法の規定の憲法適合性が争点となった事件で、「同性愛者間の婚姻を認めないのは差別にあたり、憲法14条に違反する」と断ずる判決が下された。
異性間婚姻は家族の根幹に関わる制度と認識され、保守政権にとっては譲ることのできない合憲的制度のはずであるから、今般の判決も霹靂であったろう。一個の下級審判決にもかかわらず、わざわざ自民党政務調査会長が「社会の混乱につながる」などと声明で批判したほどである。
ところで、冒頭の長沼判決は、国側によって直ちに控訴され、札幌高等裁判所は、一転して原告の請求を棄却しつつ、「高度に政治性のある国家行為は、極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法審査の範囲外にある」とする統治行為の理論を持ち出し、憲法審査を回避してしまった。最高裁判所も二審判決を支持しつつ、憲法問題には一切触れず結審した。
こうして一審札幌地裁の大胆な違憲判決は宙に浮いたまま、一介の下級審判決として忘れ去られることになった。それだけでは終わらず、一審の裁判長を務めた福島重雄判事はその後、一度も裁判長となることなく、地裁や家裁を転々とさせられた挙句、退官した。人事の性質上、明確な証拠はないが、自衛隊違憲判決も一つの理由とする左遷人事と見られる。
時を経て同じ札幌地裁で下された二つの判決は扱う問題も時代も異なるが、共に論争の的となる革新的な内容を持つ判決という点では共通性を持つ。ただし、原告住民の請求を認めたため、国側が控訴した長沼判決とは異なり、今回の同性婚判決では原告の国家賠償請求自体は棄却したため、原告側が控訴する形で高裁に持ち込まれる可能性がある。
その後の展開は予測がつかないが、地裁の革新的な判決を上級の高裁・最高裁が保守政権寄りの立場をとって覆してしまうことは日本ではよく見られることである。今回も同じ轍を踏むのだろうか。さらに、今般の判決に関わった武部知子裁判長の今後の処遇は?
「自由」と「民主」という二つの理念を党名に冠する党―欧州の文脈なら、それは中道リベラル政党と認識される―が1973年当時も、2021年現在も政権の座にある国で、そのようなことを懸念しなければならないのは、海外から見れば不可解と映ることだろう。