しるしのないカレンダー

定年退職した自由人のBLOGです。庶民の目線であんなこと、こんなこと、きままに思ったことを書いてみたい。

鞭と飴と立場の違い。

2018年03月11日 | Weblog

コーチが選手を誉める。選手はやる気を出して実力以上の力を発揮し優秀な成績を収める。選手のやる気を引き出す手法はコーチの大切な技量の一つだ。技術的な説明だけでは難しい。人間的な信頼関係の上に立って成り立つ指導が主となる。コーチは指導される選手の性格を熟知せねばならない。選手が嫌がる事でも目的に資するトレーニングなら強要する場合もある。問題はセクハラ、パワハラと言われる指導法が選手の忍耐の限界を超えるか否かの見極めができるかにある。いっまで問題がなかったのに?とコーチは思いがちだ。実は年齢に比例する忍耐力の低下が原因の場合もあるのだ。年齢は確実に上がってゆく。体力も気力も年齢に比例して低下してゆく。従来の成績を維持する為に従来以上のきつい練習を課していないか。低下してゆく体力と忍耐力の限界との分岐点が試合での成績に影響するのだ。選手との信頼感が十分にあるから。とコーチは過信してきてはいないか。我慢も限界があること。従来は我慢できていても年齢を重ねる事で耐性が落ちる事、負担感から反発も大きくなること。コーチ側にも過信があること。過去になかったから。は理由にならない。運動生理学ではあたりまえの理論が慣れと過信からなおざりとなってゆく。コーチは他人なのだ。いくら親身の指導を続けてきたと言っても家族ではないのだ。パワハラ、セクハラの危険は常に認識しておく必要がある。この種のリスクは一度露見すると修復が効かない。性を意識させない男扱いのパワハラ、セクハラの指導法は性を意識してきた選手にはリスクが高すぎる。女性を意識した選手の行動に注意を払うべきだった。同性のコーチと異性のコーチとでは指導法に差が出る。パワハラ、セクハラとならないケースに差がある。選手以上にちやほやされる立場となったら特に注意が必要だ。誰が金メダルを取ったのか。コーチではないのです。組織はあくまでも組織の一員として力量を高めることに力を発揮してほしい。選手よりも目立つ行為は受け入れられない。そう思う。


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