7月に日本民藝館の「友の会」会員になったのだが、これまで会員の特権を行使する機会に恵まれていなかった。今日は開催中の特別展「日本の染」の最終日だったので、出かけてきた。
決まっているわけではないのだろうが、民藝館の企画展は2-3ヶ月を単位に行われているようだ。今年4月以降では「朝鮮陶磁」が4月1日から6月27日、今日観てきた「日本の染」が7月6日から9月5日、次回の「河井寛次郎」が9月14日から11月23日、「日本の古人形」が来年1月9日から3月21日という具合だ。この他に、12月に公募展があり、それを含めると1年に5つの企画展が開催されるということになる。全てを1回ずつ観れば会費5,000円でトントンだ。
会員のキャッシュフローという点では毎回の入館料を年単位でまとめて払うか、各回毎に払うかという違いでしかないが、会員制度の趣旨としては、民藝館設立趣旨への賛同の意思表示という意味がある。この点では、自分が好きなものを守りたいという素朴な思いを表明する手段である。また、動機は会費の元を取るというセコイものであっても、結果としてそれまで意識の範囲外であったけれども、実際に目にしたら好きになったとか面白かったというような、自分の世界を広げる効用というものもある。
現時点でこうした会員になっているのは日本民藝館だけなのだが、過去においては東京国立博物館の賛助会員、友の会会員、出光美術館の水曜会員、英国Tate Galleryのmemberがある。東博の賛助会員は会費5万円だが、企画展の内覧会に参加できる上に、企画展の図録を頂くことができるという特典があるので、決して高いとは思わない。ちょうど賛助会員だったときにダ・ヴィンチの「受胎告知」が来日して、このときは通常1回の内覧会が2回あり、2回とも参加して舐めるように眺めることがきたという金銭には換えがたい経験ができた。Tateも内覧会への参加ができたが、東京の美術館のように企画展に入場規制が必要なほどの人出があるということはないので、内覧会のご利益は東博ほどでは無い。
今、会員になることを検討しているのは、アダチ伝統木版画技術保存財団の賛助会員と冷泉家時雨亭文庫会員だ。どちらも美術館の類ではなく、趣旨への賛同という意味なので、入館料が無料になるというような直接的な恩恵が無い。しかし、自分が好きなことに対し、自分が何かをできないかと考えたときに、そのことに関する団体組織の会員になるというは、わかりやすい意志表示だと思うのである。東博については、去年は友の会会員だったのだが、友の会だと内覧会には参加できない。入館料や企画展の入場料が無料になっても、あの混雑からは逃れることができないのなら、会員にならずとも自分の都合の良いときに入場料を払って入館したほうがよいのではないかと思い、今年は会員にならなかった。賛助会員のほうは、内覧会の時間が平日午後5時頃からなので、会員であった頃の職場では、1時間ほど仕事を抜けて、内覧会を眺めてから、何事も無かったかのように職場に戻るという芸当ができたのだが、今の職場はそういう雰囲気ではないので、考慮の対象外だ。東博ほどの巨大組織なら、会員制度の趣旨への賛同もへったくれも無いだろう。
美術館の類ではないが、単に「お得」というだけなら、過去に経験したなかでは飯田橋ギンレイホールのシネマクラブが一押しだ。この映画館で上映される映画は観て損のない良質の作品ばかりなので、映画が好きだという人に対しては、絶対的な自信を持ってお勧めできる。では、なぜ自分が今は会員ではないかというと、ここで観ることができるような作品に対する興味が薄れているからだ。最近、映画そのものへの関心が薄れてしまい、今年はこの8ヶ月の間にわずか13本しか観ていない。
ところで、日本民藝館での「日本の染」だが、色彩が豊かなものよりは、藍だけの濃淡によるものに心惹かれるものが多かった。また、役者衣裳についていた染みにも惹かれた。ちょうど腋の部分と背中の真ん中あたりに薄茶の染みがあって、一見してそれが汗によるものと思われた。その瞬間、舞台の上で汗を散らしながら演じている役者の姿が浮かび上がるような心持を覚えた。古着や古布の面白いところは、それが使われていたときの風景を空想するところにある。もちろん、長年の使用を経て色褪せた布の風情が持つ味わいというものもあるのだが、古いものだけが持つ歴史を、言語を経ずに直接感性で捉える楽しさというものが、古い布にはあるように思う。そういう点でも、古い布は旗のようなものよりは衣類のほうが楽しい。完全な形のものよりは、繕ってあるもののほうが面白い。ものを眺める楽しさは、空想の世界に遊ぶ楽しさでもある。
決まっているわけではないのだろうが、民藝館の企画展は2-3ヶ月を単位に行われているようだ。今年4月以降では「朝鮮陶磁」が4月1日から6月27日、今日観てきた「日本の染」が7月6日から9月5日、次回の「河井寛次郎」が9月14日から11月23日、「日本の古人形」が来年1月9日から3月21日という具合だ。この他に、12月に公募展があり、それを含めると1年に5つの企画展が開催されるということになる。全てを1回ずつ観れば会費5,000円でトントンだ。
会員のキャッシュフローという点では毎回の入館料を年単位でまとめて払うか、各回毎に払うかという違いでしかないが、会員制度の趣旨としては、民藝館設立趣旨への賛同の意思表示という意味がある。この点では、自分が好きなものを守りたいという素朴な思いを表明する手段である。また、動機は会費の元を取るというセコイものであっても、結果としてそれまで意識の範囲外であったけれども、実際に目にしたら好きになったとか面白かったというような、自分の世界を広げる効用というものもある。
現時点でこうした会員になっているのは日本民藝館だけなのだが、過去においては東京国立博物館の賛助会員、友の会会員、出光美術館の水曜会員、英国Tate Galleryのmemberがある。東博の賛助会員は会費5万円だが、企画展の内覧会に参加できる上に、企画展の図録を頂くことができるという特典があるので、決して高いとは思わない。ちょうど賛助会員だったときにダ・ヴィンチの「受胎告知」が来日して、このときは通常1回の内覧会が2回あり、2回とも参加して舐めるように眺めることがきたという金銭には換えがたい経験ができた。Tateも内覧会への参加ができたが、東京の美術館のように企画展に入場規制が必要なほどの人出があるということはないので、内覧会のご利益は東博ほどでは無い。
今、会員になることを検討しているのは、アダチ伝統木版画技術保存財団の賛助会員と冷泉家時雨亭文庫会員だ。どちらも美術館の類ではなく、趣旨への賛同という意味なので、入館料が無料になるというような直接的な恩恵が無い。しかし、自分が好きなことに対し、自分が何かをできないかと考えたときに、そのことに関する団体組織の会員になるというは、わかりやすい意志表示だと思うのである。東博については、去年は友の会会員だったのだが、友の会だと内覧会には参加できない。入館料や企画展の入場料が無料になっても、あの混雑からは逃れることができないのなら、会員にならずとも自分の都合の良いときに入場料を払って入館したほうがよいのではないかと思い、今年は会員にならなかった。賛助会員のほうは、内覧会の時間が平日午後5時頃からなので、会員であった頃の職場では、1時間ほど仕事を抜けて、内覧会を眺めてから、何事も無かったかのように職場に戻るという芸当ができたのだが、今の職場はそういう雰囲気ではないので、考慮の対象外だ。東博ほどの巨大組織なら、会員制度の趣旨への賛同もへったくれも無いだろう。
美術館の類ではないが、単に「お得」というだけなら、過去に経験したなかでは飯田橋ギンレイホールのシネマクラブが一押しだ。この映画館で上映される映画は観て損のない良質の作品ばかりなので、映画が好きだという人に対しては、絶対的な自信を持ってお勧めできる。では、なぜ自分が今は会員ではないかというと、ここで観ることができるような作品に対する興味が薄れているからだ。最近、映画そのものへの関心が薄れてしまい、今年はこの8ヶ月の間にわずか13本しか観ていない。
ところで、日本民藝館での「日本の染」だが、色彩が豊かなものよりは、藍だけの濃淡によるものに心惹かれるものが多かった。また、役者衣裳についていた染みにも惹かれた。ちょうど腋の部分と背中の真ん中あたりに薄茶の染みがあって、一見してそれが汗によるものと思われた。その瞬間、舞台の上で汗を散らしながら演じている役者の姿が浮かび上がるような心持を覚えた。古着や古布の面白いところは、それが使われていたときの風景を空想するところにある。もちろん、長年の使用を経て色褪せた布の風情が持つ味わいというものもあるのだが、古いものだけが持つ歴史を、言語を経ずに直接感性で捉える楽しさというものが、古い布にはあるように思う。そういう点でも、古い布は旗のようなものよりは衣類のほうが楽しい。完全な形のものよりは、繕ってあるもののほうが面白い。ものを眺める楽しさは、空想の世界に遊ぶ楽しさでもある。