熊本熊的日常

日常生活についての雑記

つれづれ

2010年09月17日 | Weblog
午前中に勤務先の保険組合を通じて申し込んだ歯科検診があり、出勤までかなり長い時間をつぶさなければならなかった。同じ午前中の用事でも陶芸や木工のときは着替えなければならないので住処に戻るのだが、今日は着替えの必要はない。ちょうどよい機会だったので、ひさしぶりにキフキフで昼食を頂き、その後渋谷に出て映画を観ることにした。

キフキフのシェフである原さんが来週から今月一杯、フランスへ旅行に出かけるという。このところご無沙汰していたこともあり、旅行前に会いたくなった。11時半の営業時間には少し早い時間に着いてしまったので、同じ建物のなかで開催されていた「日本叙勲者協会写真展」というものを眺めてみた。近頃はカメラの操作性が向上して、誰でもそこそこの写真を撮ることができるようになったので、素人でも面白い写真が多い。それでも、構図や光の具合にいまひとつ詰めが甘いところが素人らしく、こういうことはやはり職業として手がけている人にはなかなかかなわないと思う。

キフキフ開店直前に店に入る。他に客がいないのをいいことに、少し原さんと話をする。フランス行きはずっと温めていたことで、今回は常連客のなかの希望者3名と一緒にパリとプロバンスを回るという。客と一緒に、というのはおそらくついでのことで、何か考えがあるように感じられた。というのは、今回の旅行のために4月に人を雇って特訓し、ランチくらいは任せることができるようにしてあるという。遊びに行くためというにしては、周到に過ぎるではないか。今の店を始めて1年が過ぎ、いろいろ考えるところが出てきたのではないだろうか。他人事ではあるのだが、ちょっと気になるので、これから少し注目してみたい。

今日頂いたのは鶏肉のグリルにマスタードソースをかけたもの。デザートにキャラメルのアイスクリーム。このアイスは自家製だと思うが、原さんのブログにはアイスクリームへの思いが書かれたものがある。トラッフルの頃にはいろいろ変ったアイスクリームを作ったりもして、ビールのアイスクリームなどは面白い味だった。そういえば、先週、橙灯で食べたアイスも自家製のおいしいものだった。

キフキフを出て、バスで渋谷に出る。白金高輪駅前から恵比寿あたりまでは305号線を行くのだが、車窓の風景は古くからある商店と今風の飲食店が混在する。寺院も多い。白金高輪のバス停も松秀寺の前だ。このその混ざり具合に加えてそこそこの起伏が面白い街並みを形成しているように思う。この街並みは外苑西通りと交わる恵比寿三丁目交差点あたりまで続く。近隣に鉄道の駅はなく、公共交通機関はバスだけという一見不便な地域だが、その割には街の雰囲気に活気が感じられる。毎度コーヒーの話で恐縮だが、カフェやコーヒー豆を扱う店も、立地が悪いのに繁盛しているところがある。人の流れというのは不思議なもので、駅に近いから人が集まるということでは必ずしもない。マーケティングの専門家に言わせれば、あれこれと理屈を並べるのだろうが、そういう言語化できる要素だけで商店や街並みの繁栄や没落を語ることはできないように思う。

バスは渋谷駅南口のバスターミナルが終点だ。ハチ公前のスクランブル交差点を渡り、道玄坂下から東急百貨店本店に向かってゆるやかな坂を登る。東急手前を左に折れ、少し行ったところでラブリングストリートに入る。この通りはラブホ街だが、かつてに比べるとホテルはずいぶん少なくなったように感じられる。以前、企業再生に関わっていたとき、この街のホテルで売りに出されていないものはないという話を聞いたことがある。もう10年近く前のことなのだが、当時に比べるとさらにこうしたホテルの需要は減少しているだろう。それはコンドームの売上が減少の一途を辿っていることからも想像されるが、若い人たちがセックスをしなくなっているらしい。一方で50代以降の世代で性病やHIV系の病気が増えているようだが、これは局地的な現象だろう。現実として日本の合計特殊出生率は2005年の1.26を底に下げ止まったかに見えるものの、1.2台とか1.3台といった水準は人間の社会としてはこれ以上下がりようのない水準なのではないだろうか。ラブリングストリートのホテルが何に置き換わっているかというと、飲食店や映画館、ライブハウスなどである。まだ人寄せ場所である限りは未来があるように思うが、これらの施設も経営が成り行かなくなるようだと、この国もいよいよ終わるのだろう。

松涛郵便局前交差点から少し登ったところに単館映画館のコンプレクスビルがある。今日はそのなかにあるユーロスペースで上映中の「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」という長いタイトルのドキュメンタリー映画を観る。映画のことは後日改めて語るつもりだが、期待に違わぬ面白い作品だった。ドキュメンタリー作品は一般に撮影に時間がかかる。自然を相手にしたものは、製作者が意図した映像をものにするのに最低でも1年はかかるものだし、人間の社会もある意味では自然と同じだろう。この作品もアムステルダム国立美術館の改装工事が始まる2004年から館長が辞任する2008年まで4年間に亘って撮影された映像から構成されている。ドキュメンタリーは、勿論作り手の製作意図があって、その意図に沿って編集されるのだが、素材となるひとつひとつの映像やエピソードは人間社会も含めての自然現象である。この自然が持つ力というのは何よりも強い。そしてその強さが面白い。何がどう強いのか、それはやはり後日機会があれば語りたい。

映画は15時45分頃に終わり、渋谷から銀座線と丸の内線を乗り継いで職場に向かう。先週前半までの暑さが嘘のような気持ちのよい天気でもあり、気分の良い一日だった。