熊本熊的日常

日常生活についての雑記

対称マジック

2010年09月15日 | Weblog
9月9日付「モノサシを持つということ」のなかで触れた「ニッポンの風景をつくりなおせ」を読んだ。これは良い本だ。まず、半分以上が写真というのが良い。紙が良いのが良い。文字が大きいのが良い。話が簡潔にまとまっているのが良い。

冗談はさておき、この本はグラフィックデザイナーである梅原真の作品集である。どの作品の頁にも制作意図や受注の背景などが要領よくまとめられている。ところが、ひとつひとつの作品を眺めながらそこに添えられている文章を読んでいると、何故か梅原氏よりもその仕事を依頼した人への関心が強くなる。既に採用されて実績を残した作品群なので、これから仕事を獲りにいくというような貪欲さが影を潜めてしまったということは多少あるのかもしれない。しかし、それよりも大きいのは、梅原氏が依頼人に対して抱く共感や敬意が作品の背後にあるということではないだろうか。

「どらく」の記事のなかで柄本明が語っていたが、人は他人の言うとおりには動かない。どれほど些細なことであっても、行動には意志を伴うので、必ず動作のなかに己が出てしまう。ましてや、グラフィックデザイナーというのは表現することを生業とする人だ。人一倍自我を主張するものなのではないか、と思ってしまうのだが、そうではないらしい。並の表現者なら、そこに自分が個性だと思うものや表現だと思うものを闇雲に並べて終わってしまうのだろう。梅原氏が並でないのは、仕事の根本であるはずの依頼人の自我を自分自身の自我を通して、世間に受け入れられやすい形に翻案しているところにあるのではないだろうか。自己を消すことで自己を表現している、と言ってもよいかもしれない。

それが可能なのは、依頼人その人やその生産品を理解しようとする姿勢と、理解した結果としての共感や敬意があるから、依頼人の思いを自分のそれに重ね合わせることができるのだろう。えてして、人は自分の自我を通そうとする割に、他人の自我を認めようとはしないものだ。他人を認め自分を認めてもらうという対称性が欠けているから、多くの人間関係はぎくしゃくしたものに陥るのだと思う。関係性における対称性は当事者間で完結するものではなく、そこからさらに発展する取っ掛かりをいくつも備えているものだ。この件でうまくいったから次はあの件を一緒にやってみよう、とか、これはああいう問題があったが、あの件ならうまくいくのではないか、というように。対称性と発展性の基になるのは、相手の手の内を想像する知性と感性だろう。自我を他人に尊重して欲しいと思うなら、自分が相手の自我の在り様を想像できなければ対称性は生れない。対称性があってこそ、信頼が生れ、そこからさらに関係が発展するのである。

それにしても、ここに紹介されているものはどれも試してみたいものばかりである。ものが本当に良いのか、梅原氏の作品が素晴らしいのか、その両方なのか。とりあえず、四万十ドラマのサイトで栗の渋皮煮を注文してみた。大方精糖生産組合の黒砂糖は「釜オーナー制度」というものがあるので、これを申し込んでみようかどうしようかと思案している。

ところで、この本で見つけたことなのだが、「馳走」というのは「馳」も「走」も食べることとは関係のなさそうな文字だ。それが「馳走」というのはもてなし料理の意味になる。なぜか。客においしいものを食べてもらおうと、食材を求めて走り回るから「馳走」なのだという。50年近くも生きてきて、そんなことも知らなかったし、考えたことすらなかった。もてなし料理というのは豪華な料理ということではなく、おいしいものを食べてもらおうと思って食材を集めて作った料理なのである。要は気持ちの問題だ。

いまどきのファミレスやファーストフードの料理はそれなりの味に仕上がっている。しかし、どういうわけか、食事をして店を後にするときに、心が満たされた感じがしないのは私だけだろうか。友人や知人の家で手料理を振舞われたり、手作りの弁当を用意してもらったとき、たとえ味そのものは凡庸でも、食べ終わって、なんともいえない幸福感に包まれるのは私だけだろうか。料理に限らず、物事はその動機が基礎にあって、その気持ちをどのように表現するか、ということで価値が決まるのではないだろうか。動機だけあっても、それを具体化できなければ相手に伝わらないし、どれほど技巧を凝らしてみても動機が不純なら、やはりそこには何も生れない。

なにはともあれ、栗の渋皮煮が楽しみだ。

新しい靴

2010年09月14日 | Weblog
しばらく前に靴を買った。靴にはいつも泣かされる。足の形が標準的な靴の型とは違うらしく、新しい靴が足に馴染むまでに苦痛に満ちた時間を送らなければならないことが多い。それで、経験から、なるべくそういうことが少ないブランドのものを買うようにしている。何足か持っている靴の殆どがヒロカワ製靴という会社の製品だ。今回も同じ会社の製品を選んだ。過去に何度か痛い思いをしているので、怖くて他の会社の靴を履くことができないのである。同じ会社の製品のなかでも、多少値段が張っても革の柔らかいものを選ぶようにしているのだが、それでも今回は初めて利用する店で、店員のアドバイスに従って、いつもより幅が詰まったものを買った所為か、馴染むまでに時間がかかっている。その店の人からは、「しばらくは、少し辛いかもしれませんが、そこを我慢すれば、足にぴったりくるようになります」と言われたのだが、確かに辛い。

過去においては、靴が足に合わずに巻き爪になって手術をするはめになったことも2回ある。このときはいずれも緩い靴を選んだのがよくなかった。今回はこれまでより念入りに選んで、足に合ったものを選んだつもりなのだが、結果としてはいつもより辛いので、少し大きめで、造りのしっかりした木製のシューキーパーを無印良品で買ってきて嵌めて、1ヶ月ほど放置してみた。放置といっても何もしないわけではなく、時々はクリームを塗り込んだりしていた。

その甲斐あってか、ようやく辛い思いをせずに履くことができるようになった。今日は通勤に履いてみた。職場に着いた後、席についている間は靴を脱いでいた。そして、今日のところは特に苦痛無く帰宅することができた。まずは、短い時間、短い距離から始めて、少しずつ慣らしていくようにするつもりでいる。

昔、英国貴族の家には、主人のために新しい背広や靴を馴らしておく係の人がいたそうだ。背広はいいとして、靴の担当の人は何か特別なことをしたのだろうか。靴を磨く方法については、いろいろ解説や技についての情報が入手可能だが、靴を馴らすことについては情報が見つからない。結局、自分の足に合わせなければ意味がないのだから、自分で履く以外には特別なことは無いのかもしれない。英国貴族の屋敷で靴を馴らすことを担当していた人は、いったいどのようなことをして馴らしていたのだろう。

仕事考

2010年09月13日 | Weblog
住処にテレビがなく、新聞も購読していない、ということはこれまでに何度も書いている。それでもたまにウエッブサイトでニュースを見たりする。かつて新聞を購読していた頃、最後のページの文化欄から読み始め、社会面に目を通して、特に訃報は念入りに読み、訃報をスクラップしていた時期もあったほどだ。それから2面に移り、「首相官邸」という前の日の首相の動向を見て、あとはその日の気分でいろいろ見て、最後に1面に辿りつくというのが自分としての普通の読み方だった。絶対に読まなかったのは社説とコラム。あの上から目線の文章はどうにも好きになれなかった。

さて、今ウエッブサイトで見ているニュースだが、必ず見るサイトは朝日新聞の「どらく」、そのなかでも「ひとインタビュー」は楽しみにしている。今最新の記事は柄本明のインタビューだ。毎回、それなりに面白い言葉を目にすることができるのは、記者の力量に負うところもあるのだろうし、インタビューされる人の個性にもよるのだろう。それにしても、今回はいつになく面白かった。

インタビューは彼が映画「悪人」に出演していることから、その役のことから始まっているのだが、話の主題は役者という仕事のことに移っていく。以下、注目した彼の言葉を引用しておく。

「誰かに何かを伝えようとした途端、そこでぶつかり合い、「なかなか伝えられないもんだ」と勉強するわけでしょう。表現しようとして逆に表現できないことに気づくこともあるし。結局、ずっとその繰り返しなんですよ、人生って。人間は欲望のかたまりで絶対満足なんてしない。不満と不安を抱えてずっと生きていく生き物でね。」

「僕は、職業っていうのは人を狂わすって感じがしてならないんだよね。社会はよく「自分の職業に誇りを持て」とか言うでしょ。その感覚が何とも人を狂わせるっていう気がしてしまう。」

「自分のやっていることはすばらしいと思った瞬間に、人はダメになってしまう。」

「人間の大事な何かっていうのは、そのアマチュア性にあると思うんです。これをやることでお客が来るとか、お金がもうかるとか、そういう邪念のないところで、純粋にとにかくやりたいから突き進む、突き詰めていく。そういうアマチュア性があるからこそ、プロとしての仕事ができるんじゃないかと。」

俳優というのは特に決まった定年のようなものはないが、給与生活者というのは定年というものがあるし、私のような業界では50歳くらいを過ぎればいつ解雇されても不思議は無い。ある程度の年齢に達すれば、意識するかしないかは個人差があるにしても、自ずと目の前にある仕事の終わりが見えてしまう。企業組織に属していれば、結局はその所属組織の信用と資本力の下で活動するので、自活する力というのはよほど自分で意識的に養成しない限りは培うことができない。そうした状況下で、用が済んだからといって、わずかばかりの退職金を掴まされて放り出されても途方に暮れるばかりだろう。組織のなかで機能単位としてしか生きてきこなかった身が、突然に社会のなかで個人として生きることになっても、そう柔軟に対応できるはずもない。なかには最期まで切り替えることができずに終わる人も多いと聞く。老人ホームで「部長」とか「専務」とか、その人の定年時点での呼称で呼び合う人たちが本当にいるのだそうだ。その時点で半ば痴呆が入っているのだろうが、「部長」だの「専務」だのという幻想看板にしがみついていないと、それが滑稽なこととは知りつつも、不確実性に満ちた現実社会のなかで自己というものを保持して生きていることができないという事情も理解できないわけではない。

自分が何者かである、という確信が自我とか自己とかいうものなのだろうが、それはあくまで自分自身の心情の問題であって、世間ではただそこにいる人というだけのことだ。人の一生というのは、結局は自分が何者でもないこと、自分が世の中というものを何も理解できていなかったということを悟って最期を迎えるのが真っ当な在り方だろう。人は生まれることは選べないが、生れればいつかは最期を迎えることは決まっている。その終わりへ向けてどのように着地するかということが、生きるということだから、「メメントモリ」などと言う人もいるわけだ。

生きる上では、生活の糧を得ることが大きな課題となるので、そこに仕事というものが必要になる。つまり、仕事は生と死の間をつなぐ手段なのだが、手段であるはずのことが自己目的化するというのはよくあることで、そこに柄本氏の言う「職業が人を狂わす」という現象が現れることになるのだろう。

仕事に普遍性があれば、仕事と人生を同一視しても特に支障はないのだろうが、「死ぬまで現役」というのは世にあるどの職業に関しても言えることではない。私のような企業人はマシなほうで、プロスポーツのように現役期間が短いものを職業にしてしまうと、短期間に一生分の糧を得るということが、意識するとしないとにかかわらず宿命付けられてしまっているかのように思い込んでしまうものなのではないだろうか。だから、そこに八百長だの賭博だのといったものが入り込む隙ができるのだろう。スポーツや芸能でしばしば話題になる薬物の問題も、それで生理的な快楽を得るということもあるのだろうが、その流通に関わることで本業以外の収入を得るといった経済的動機が強く働いているにちがいない。

逆に、職人と呼ばれるような人たちの世界になると、仕事と人生はほぼ重なるくらいに息の長いものになる。長い分、所得の獲得機会も単位時間あたりに換算すれば希薄化されたものになり、結果として必要以上に長い修行期間を余儀なくされるというようなことも起こるのだろう。確かに、人の感覚や動作のすべてを言語化して表現することはできない。「職人芸」と呼ばれる匠の世界が、勘とか微妙な感覚のような非言語要素という習得に時間を要するものに支えられているのは、それが必要だからでもあり、またそうした時間をかけて伝承することが許容されるだけの余裕のある時間軸を持った世界でのみ成り立つものだということでもある。

世界はおそらく人間が知覚できるよりも遥かに多くのことで成り立っている。人間はそのなかから人間として生きるに足るだけのものだけ感じ取ればよいわけで、そのように五感プラスアルファが出来上がっている。同じように犬には犬の世界があり、ゴキブリにはゴキブリの世界が広がっている。それを、人間の五感が全てとの前提で、それらを機械に置き換えれば、職人技など無くても同じくらい完成度の高いものが製造できる、という考え方でこれまでの社会は歩んできた。機械という再現性のあるものを使って大量生産を行えば、生産性が向上する分、生産物の単価は下がる。物価の低下は実質所得の向上でもある。その結果、我々の世界は、例えば100年前に比べれば便利になったかもしれない。しかし、便利になった、ということは、豊かになった、と言い換えることができるだろうか。

おそらく機械や生産システムを考え出した人たちは自分の仕事に満足しているはずだ。生産性の向上は自分の仕事の成果であり、その結果として自分が所属する企業組織の収益は向上し、自分の所得にも成果は反映されたことと思う。ひとりひとりがそれぞれの使命に忠実にそれぞれの世界での最適性を追求し、それぞれの組織がそれぞれに恩恵に浴した。どこにもおかしなところはない。しかし、全体として、我々はどれほど豊かになり、どれほど幸せになったのだろうか。

話が拡散してきたので、今日はもう書くのを止める。

ところで、「どらく」のこのシリーズで堀ちえみが登場した回があるのだが、その直後に彼女の離婚が公表された。インタビューの時点で既に離婚は秒読みだったはずだが、その離婚相手との出会いのことなどを楽しそうに語っていたりする。別に隠すほどのことでもないと思うのだが、芸能人というのは私生活を晒すことも商売のうちなので、晒すのにも適切な方法というものがあって、無闇に晒すわけにはいかないということなのだろう。離婚理由として夫婦間の所得格差が軋轢を生んだというようなことも言われているようだが、芸能人の高額所得の裏づけとなる価値とは一体何なのだろう。なにはともあれ、いろいろな意味でたいへんな仕事だとは思う。

能を観る

2010年09月12日 | Weblog
初めてというものを観た。9月8日付「出会い」に登場する彫刻家先生が出演するというので、これも縁かもしれないと思い観に行くことにしたのである。たまたま今日、会場へ向かう途中、千駄ヶ谷駅を出たところで彫刻家先生と出くわし、能楽堂まで話しをしながら歩いたのだが、そのなかで先生が子供の頃から能が好きだったこと、今日の「紅葉狩」でシテを務める金春憲和氏が先生の幼馴染であること、といった事情を知った。

以前の勤務先で、社員旅行に修善寺の「あさば」を借り切るというところがあり、そこは敷地内に能舞台があることでも有名な旅館だった。そこで能を観たことはないのだが、能舞台の構造というものにはかねてから興味があり、規模は違うけれど茶室のしつらえに通じる数々の見立てで成り立っているところが面白いと思っていた。また、「あさば」からの帰りには伊豆箱根鉄道を三島田町で下車して佐野美術館に立ち寄ることにしていたので、そこで流されている能についてのVTRや展示の能面を通じて多少なりとも興味はあった。能の演目についても白州正子の著作などで多少の知識はあるものの、見ると聞くとでは大違いだ。演劇は原作や台本や役者といった個々の要素も大事だろうが、パッケージとしての仕上がりが結局は全てだろう。

演劇は能や歌舞伎のような古典芸能から現代劇まで様々なジャンルがあるが、程度の差こそあれ、見立ての組み合わせだと思う。現実の世界のある特定の部分を取り出し、そこに秘められている人間とか人生といったもののなかのある特定の事柄を作者の視点から描き出すのが演劇ではないだろうか。能の場合は、それが成立した当時の表現技法の制約のなかで、見立ての占める割合が多くなるため、その形式や個々の表現そのものがひとつの言語として機能しているということだろう。だから、形式や表現についての言語的約束事について観劇する側もリテラシーを持ち合わせていないと、舞台上の展開が理解できないということになる。能の場合は古典ということで、時代背景が現代とは異なることが最初から承知されているので、何の準備もなく観に出かけてしまっては何も得るところがない、というのは感覚的に了解できる。しかし、見る側にリテラシーが必要なのは現代の演劇や映画、文学にも共通したことだろう。そして、そのリテラシーを持つということは、新たな言語についての知識を持つということでもある。極端に言えば、新たに外国語を習得するくらいの心積もりで演劇や文学に対峙しないと、その本当の面白さというようなものがわからないのではないだろうか。

今回、私にとっての能観劇のためのリテラシーは、これまで50年近く生きてきたなかで意識するとしないとにかかわらず積み上げられてきた浅薄な知識や観念の断片と、能楽堂に用意されている演目解説だけである。幸い、いずれの演目もよく知られたものであったので、舞台で何が起こっているのかさっぱりわからない、というようなことにはならずに済んだ。

考えてみれば、リテラシーが要求されるのは演劇だけではなく、日常生活すべてにおいても言えることだろう。他者と関わるときに、相手の全てが理解できるわけもなく、自分の言いたいことが全て伝わることもない。互いに相手の表現することについての文法のようなものを知らなければ、永久にわかり合うことはない。相手の立つ土俵がどのようなものなのか、それを知るには自分が様々な土俵に立ってみるという経験を積む以外に方法は無いだろう。経験を積むことによって、人は初めて想像力を獲得するのである。経験を超えた発想というのはありえないのだから。演劇を観る態度というのは、生きる姿勢にも通じることなのだと思った次第だ。

金春会定期能 演目

安宅
焼栗
半蔀
(休憩15分)
紅葉狩

開演 12:30
閉演 17:30

会場 国立能楽堂

散歩して

2010年09月11日 | Weblog
久しぶりに予定の無い土曜日だったので、散歩がてら小石川の橙灯というカフェにお邪魔した。ここはハニービーンズの羽生田さんから教えてもらった店で、9月8日付「出会い」のなかで触れている、あの日にワークショップが開催されるはずであったカフェだ。歩いて行けない距離ではないのだが、歩くには少し暑すぎると感じられたので、地下鉄も利用した。

たまに雑誌などでも特集されたりしているが、東京は坂が多い。私が今暮らしている巣鴨地蔵通りは洪積台地上にある。ここから路地を歩いて大塚駅へ向かって下っていく。北大塚1丁目あたりは比較的立派な構えの家並みが続く。きょろきょろとそうした屋敷を眺めながら歩くのだが、なかには人が住んでいる気配の無い家もある。表札が外され、郵便受けにガムテープが貼られているが、比較的見た目の状態は良く、退去後間もない印象だ。どのようないきさつがあってこのようなことになったのか、余計なことなのだがあれこれと想像してしまう。ほどなく坂道は終わり都電の線路のところに出る。大塚駅前を底にして、南大塚通りを丸の内線の新大塚駅を目指して登る。南大塚3丁目交差点から西へ登る通りなどは雰囲気のよい並木道で、かつてはそれなりの街並みであったことが推察される。

新大塚から丸の内線に乗って次の茗荷谷で下車。春日通を渡り、交番の横から延びる緑深い湯立坂を下る。ここではマンション建設を巡り反対運動が行われているらしく、反対を訴える幟や看板が出ている。景観や住環境を巡り、そこにマンションのような大規模建築物を建設しようとするデベロッパーと地域住民との間で紛争が発生することは珍しいことではない。ただ、反対運動の結果として開発が中断あるいは断念されることよりも、そのまま強行されることのほうが多いという印象がある。強行されることが多いからこそ、似たような紛争が後を絶たないということでもあるのだろう。湯立坂マンションの反対運動がどのような争点を持っているのか知らないが、例えば、景観を守れ、とか、環境を守れ、というような、どちらかというと情緒的で合理性に欠けるものであったりすると、やはり反対住民側には不利であるように思う。マンションが建設されることによって、個別具体的にどのような不利益を既存住民が被るのか、ということを数量的に評価し立証するということを積み上げた上で、だからマンション建設や景観変更は不当である、という結論を導くものでないと、行政や司法は動きようがないだろう。個人の間のこととは違って、公のことというのは数値化して表現するというプロセスが不可欠だ。言葉というのは通じているようで通じない。共通言語としての数値というものが、通じない言葉を抱えたものを包括した存在である公に方向を与えるのは仕方の無いことだと思う。

そんなことを考えながら坂を下り、千川通りを右に折れて路地をふたつ越えたところのビルの2階が橙灯だ。通りに看板が出ていないので、通りがかりにふらりと入る、ということは想像できない。偶然にも同じビルの1階でコーヒーを売っているらしく、通りに「Coffee」と書いた幟が出ているので、そこで足を止め、ビルの上に向かう階段を覗いてみることになり、そこの踊り場に目をやって初めて錆びた鉄板に「橙灯」と刳り貫いた看板を発見する。

階段を上がると入り口のドアがあるが、ガラス張りではないので中の様子はわからない。普通の住居か事務所のような様子だ。ノブに手をかけると抵抗なくドアが開くので、営業中であるらしいことがわかる。そこは住居の玄関のようで、履物を脱ぐようになっている。並んでいるスリッパはみたこともないデザインで、革製のようだ。
「こんにちは」
と声をかけると、奥から女性が現れた。中に入ってすぐのスペースはテーブル類が無く、梱包途中のダンボール箱が雑然とおかれている。そこを通り抜けて奥の部屋にテーブルが2つ3つある。カフェ、というより、単に住居を開放している、という感じだ。

店の作りもシンプルだがメニューもシンプルだ。シンプルだけど、おさえるべき説明はきちんと説明されている。よく、メニューを見てもそれだけではどのようなものなのか想像もつかないというようなことがあるが、ここのメニューはそこに書いてあるものがどのようなものなのか、容易に想像がつく。このあたりは、店を動かしている人の知性と感性に拠るところが大きいと思う。

そのメニューの中からエチオピア・モカと人参などを使った甘さを抑えたというケーキのアイスクリーム添えを注文する。コーヒーは球状の器で出された。一口飲んだだけで、いかにもネルドリップという感じのする濃厚な味わいだ。カフェはたくさんあるけれど、こういうコーヒー豆の持つものを出し尽くしたような深い味のコーヒーを飲める店は多くはない。私はこういうコーヒーが大好きだが、ここまで濃厚にすると、この味を支持する人と否定的な人とに極端に分かれてしまうように思う。ちょうど「バグダッド・カフェ」のなかのカフェでの場面のようなイメージだ。ある客はおいしいと思い、別の客は濃すぎて飲めない。無難に万人受けするようなものを狙えば、スタバのようなものに落ち着くのが現実だろう。あらためて「おいしい」ものを作る難しさとか、商売の難しさを感じてしまう。

スリップウエアの皿に盛られたキャロットケーキとアイスクリームもインパクトがある。特に、スリップウエアの皿は、自分が陶芸や焼き物が好きだからという所為もあるだろうが、目が釘付けになった。キャロットケーキもアイスクリームも自家製で甘さは抑えられている。これも好みの分かれるところだろうが、私は好きだ。

スウィートとコーヒーを頂いてから、コーヒーとスリップウエアの話で店の人との会話が始まる。話題は焼き物のこと、この店の器の仕入先のこと、この店で開かれているワークショップのこと、旅行のこと、など際限が無い。他に客がいないということもあり2時間近くも話し込んでしまった。

店を出て、だいぶ日が傾いていたので、歩いて巣鴨に戻ることも考えたが、この後実家に出かけることもあるので、無理はせずに茗荷谷から地下鉄に乗り、後楽園で南北線に乗り換えて駒込で下車、そこから歩いて巣鴨に戻った。途中、旧丹羽家腕木門と同家住宅蔵というものを発見。公園のようなところに門と蔵だけが残されていて、門のほうは豊島区指定有形文化財、蔵のほうが国登録有形文化財になっている。住宅街のなかに唐突に門と蔵だけがある、というのは景観としては面白い。

染井霊園のなかを突っ切って巣鴨の住処に着く頃にはすっかり日も暮れていた。散歩にでかけて人と知り合うというのは、たいへん愉快なことだ。

三菱が夢見た美術館

2010年09月10日 | Weblog
少しばかり自意識過剰なタイトルだと思うのは私だけだろうか。三菱一号館美術館で開催中の開館記念展第二弾は岩崎家と三菱ゆかりのコレクションの展示だ。それほど大きくもない展示スペースに、絵画、古書、屏風、茶道具、ポスターと脈絡無く並べたら、ただの野暮だ。オフィス街に採算度外視の美術館を建てようと企画しながら果たせなかった「夢」が今ようやく実現しました、というが、だから何なのだろう。三菱グループの創始者たる岩崎家の人々はそういう文化人だったのですよ、と強調したいのは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に描かれている岩崎弥太郎のイメージをひっくり返したいから、と思うのは穿ちすぎだろうか。

ひとつひとつの作品はどれも一見の価値のあるものばかりである。いわゆるコレクターのお宅にお邪魔をして、こんな雰囲気で蒐集品を拝見させていただくというのなら、これで十分だろう。しかし、「美術館」と名乗って客から木戸銭を取るのなら、もう少し頭を使った展示をしないと、ちょっと寂しい。今回の展示は静嘉堂や東洋文庫の収蔵品が目立つのだが、三菱グループのなかで複数の文化施設を運営するからには、それらの役割分担というものがあってしかるべきだろう。今回の企画は何を見せたいのか、何を語りたいのか、というところが感じられない。日本を代表する企業グループの美術館がただの成金趣味というのでは、景気低迷が長期化して日本経済の地盤沈下をひしひしと感じているなかであるだけに、一層がっかりさせられる。

開館記念第一弾のマネ展が良かっただけに、第二弾でいきなりこけてしまっては残念だ。岩崎と言えば、上野の岩崎邸も悪趣味だ。金をかけているのはよくわかるが、美意識が感じられない。こうしたものを見ると、「竜馬がゆく」は歴史小説であってノンフィクションではないのだが、岩崎という人はほんとうにああいう人だったのではないかと、妙に納得ししてしまう。

今回の展示のなかで面白いと思ったのは日本郵船とキリンビールのポスターのコーナーだ。どちらの会社のポスターも、作られた当時において世界のどこに出しても恥ずかしくない出来映えだったと思う。下手に中途半端な絵画や骨董を並べるよりも、会場全部を使って三菱グループのポスターの秀作ばかりを集めたほうが余程面白いものになったのではないだろうか。明治維新のどさくさのなかで生れた企業はいくらもあるが、今日に至る巨大企業グループを成したのは三菱と安田くらいのものだろう。他は三井や住友のような明治以前からのエスタブリッシュメントか、自動車や電機のようなコアとなる製品を元に勃興した企業グループ群が現在のこの国の中核を担っている。明治というたかだか45年ほどの時代に一気に急成長を遂げたというのは、やはり経営者の尋常ではない才覚があったということだろう。その才気の片鱗が商売道具である商業ポスターに表れているように思う。

帰りにミュージアムショップでポスター集でも買おうと思ったのだが、そういうものは売っていなかった。何故無いのだろうかと不思議に思う。是非出版して欲しいと思う。できれば大判で、カラーで、細々とした背景説明やデータも盛り込んで、売価1万円以内で、なんとかならないものだろうか。

モノサシを持つということ

2010年09月09日 | Weblog
「おまんのモノサシ持ちや!」という本を読んだ。以前、似たようなタイトルで「ひとりよがりのものさし」というのを読んだこともある。「おまんの」は高知県在住のデザイナー、梅原真を取り上げた日経ビジネスオンラインの連載記事をまとめたものである。「ひとりよがり」のほうは目白で古道具屋を営む坂田和實が「芸術新潮」に連載していたものをまとめたものだ。片や記者がまとめたもので、片や本人が書いているという違いはあるが、どちらも豊かさとか幸せというものについての話であるように思う。

ジャーナリストの文章というのは、人を食っているように感じられて、好きにはなれないのだが、「おまんの」も例外ではない。その所為もあるのか、興味深い内容なのだが、その割には自分の琴線に触れる記述が少ない。それでも梅原という人には興味をそそられたので、ご本人の言葉が聞きたいと思って検索をしたら、「ニッポンの風景をつくりなおせ」という著作があったので、今日、いつも利用している書店に発注した。

ところで、「おまんの」のエッセンスと思われた箇所を引用すると以下の3箇所を挙げることができる。

ものが溢れている今、「モノ」や「コト」の情報はストレートには消費者の心には届かない。だが、「モノ」や「コト」と消費者をつなぐコミュニケーションのパイプを広げれば、消費者が商品を認知し、コミュニケーションのスイッチがオンになる可能性は増える。このコミュニケーションのパイプを広げる有効なツールがデザイン――と梅原は考える。
(篠原匡「おまんのモノサシ持ちや!」日本経済新聞社 103頁)

「…商売はこころざし。顔と顔を突き合わせてこいつはエエな、と思うたところから商売は始まるんじゃ。自分の考え方や人格を表明せんと、誰がものを買うてくれるか」
(同上 159頁)

「豊かさとは、自分のモノサシを持つこと。押しつけられた価値観でなく、自分のモノサシを持つこと。それが、幸せに生きるということやと思う」
(同上 228頁)

「ひとりよがりのものさし」のほうからは以下を引用させていただく。

僕とあなたは違う人間。同じものを同じくらい好きということはありえない。
(坂田和實「ひとりよがりのものさし」新潮社 15頁)

ソバチョコは骨董の入門編だとよく言われるけれど、トンデモナイ。こういう数が多く、一見何ともない物の選択こそ、その人の人間性が表れる。だからソバチョコは楽しい物ではあるけれど、一番怖い物でもある。
(同上 57頁)

自我という禁断の実を食べてしまった僕達近代人は、ものを創り出して行く時に、自己表現ということを避けて通るのは難しいのかもしれないが、この道は孤独で、厳しくて、ひとり天才だけが生き残れる道でもあるのだろう。
(同上 61頁)

自分のモノサシを持て、と言うのはたやすいが、モノサシを持つにはたくさんのものに出会わなければ目盛を打つ基準を考え出すことができない。世間の既存の価値観を知ることも必要だし、逆に、偏見や予断を排して、あるものをあるがままに見るという訓練も必要だろう。よほど特異な人でない限り、我々は自分の身の回りのものを見るときに、どうしても習慣と安直さに流されがちになるものだ。例えば、値段とかブランドとかメディアで紹介されていたというような誰が考え出したかよくわからないけれど具体的な記号に目を奪われて、ものそのものを見る眼は霞んでしまう。

結局、たくさんのものを見て、その背後にある物語を聞いて、それを作る人の想いを知るというような経験を積むことでしか、我々は自分のモノサシというものを持つことはできないのではないだろうか。それはつまり、自分のなかのコミュニケーションの経験の厚みということだ。

経験というのは体験とは違う。何かに触れたという体験をしたとき、その体験について理解し、そのことを了解するということだ。つまり、考えるという行為抜きに経験するということはありえない。多くのものに触れ、多くの人と交流し、そこで向かい合っているものや人についてあれこれ考えるということをしなければ、コミュニケーションを経験したことにはならない。

そう考えると、自分のモノサシを持つのは至難の技だ。しかし、少なくとも自分のモノサシを持とうという意志があれば、ものや人を前にしたときに相手を理解しようと意識するはずだ。そういうことを積み重ねていけば、多少は自分のものの考え方の軸足のようなものが築きあげられて、世界が少しははっきりと見えるようになるのかもしれない。

出会い

2010年09月08日 | Weblog
久しぶりの雨だ。今日は木工の日で、ぐい飲み3個を収める木箱を作り始める日だったので、材料となるホウの木を持参しなければならなかった。それでも木工への往復の時はそれほど雨脚も強くはなかった。雨脚が弱い所為かもしれないが、これまで暑い日が続いていたので、久しぶりの雨が慈雨のように感じられて心地よかった。多少荷物が多くても、傘をさして歩くのは楽しくさえあった。

午後1時半頃に住処に戻り、生協の宅配荷物を取り込み、そのなかにあった玉蜀黍を蒸して食べ、午後2時半頃に出かけようとする頃、雨はバケツをひっくり返したような激しさになっていた。住処の前の地蔵通りは川のようで、出かけるのをやめようかとも考えた。しかし、これから会うことになっている人は、ある人から紹介された彫刻家で、今日が初対面だったので、雨くらいで面会を止めるわけにもいかない。タオルと替えの靴下をカバンに入れ、川のような地蔵通りに踏み出し、なるべく商店の軒下を歩くようにしたのだが、巣鴨駅に着く頃には膝から下がびしょ濡れになっていた。

駅の案内ではかなり運休や遅延が発生しているようだったが、山手線は動いていた。これほど激しい雨でなければ、歩いて行くことのできる距離なのだが、電車に乗る。大塚駅から外に出ると、さっきまでの激しい雨が嘘のように、小雨に変わっていた。南口のロータリーを突っ切り、都電の線路を横断して鳥居のある通りを行く。最初の交差点を左に折れたところにある靴屋に入る。店の人に来店の趣旨を伝えると、レジの裏にある階段へ案内された。その階段を5階まで登りきったところがペントハウスで、そこでその彫刻家先生が主催するワークショップが行われていた。

「行われていた」と言っても、参加者はひとり。木のスプーンのようなものを作っている。このワークショップは、普段は小石川にあるカフェで行われているのだが、今日はそのカフェの都合が悪く、彫刻家先生の作業場にこうして集合することになったのである。先生や参加者と話をしているうちに別の参加者がひとりまたひとりと現れて、結局4人になった。若い女性2人と60歳前後の男性2人だ。彫刻家先生は20代。なんとなく弛緩した雰囲気で、参加者それぞれが思い思いに手を動かしている。女性は2人とも木彫で、1人はスプーンのようなもの、もう1人は仏像を彫っている。男性は1人が粘土を捏ね、もう1人は木を鋸で切り始めた。なんだか妙に心地よい雰囲気だ。

1時間ほど見学させてもらいながら、先生や参加者の人たちと楽しく話しをさせていただいた。これから果たしてこの人たちとの関係が深くなるのか、これで終わるのか、今のところはわからない。彫刻家先生は能の役者でもあるそうで、今度の日曜に国立能楽堂で行われる金春会の定期能でツレのひとりとして「紅葉狩」に出演するそうだ。能は以前から一度観てみたいと思っていたので、ちょうど良い機会だから観に行くつもりでいる。

今回、彫刻家先生を紹介してくれたのは、いつも利用しているコーヒー豆店の羽生田さんだ。一体、どのように私のことを伝えたのか知らないのだが、今日、彫刻家先生は初対面の挨拶をした後、私に「作家の方ですか」と尋ねてきた。「陶芸をやる人」という紹介をしたようだ。羽生田さんは、知り合いのカフェのオーナーからこの先生を紹介されたらしい。本当は、そのカフェのオーナーを紹介して頂くはずだった。そのきっかけとしてワークショップとその主催者を紹介していただくということだった。今回はそのメインであるはずのカフェが抜けてしまったが、いずれ近いうちにそのカフェにもお邪魔するつもりでいる。いずれにしても、珈琲、ものづくり、というようなキーワードが今回の出会いの背景に見え隠れしている。仕事とは全く関係のないところで、今まさに自分が取り組んでいる領域で構築されるかもしれない人間関係を前にしている。そう思うと、自分がやりたいと思っていることが、ほんの少しだけ実現に向けて動き出したような気がして、多少の緊張を交えながらも嬉しく感じられる。

大雨が降って涼しくなったり、新しい人たちとの出会いがあったり、今日は愉快な日だ。

進歩することしないこと

2010年09月07日 | Weblog
陶芸は今日から新しい技法に挑戦。これまでは、ある程度の大きさの粘土塊から複数の中小型の器を挽いていたが、今日から取り組むのは「一個挽き」といって、一塊の粘土で一つのものを挽くというものだ。轆轤の上に粘土を引き伸ばして、その上に板を載せて固定する。板が水平になるよう調整した上に、粘土を固定して挽くのである。粘土塊の大きさがそのまま一つの作品の大きさになるので、より大きな作品を作るのに適した方法だ。最初の課題は皿。最初に先生が説明をしながら挽くのを観察し、その後、3つ自分で挽いた。最後のものは、挽いた皿の直径がさらに2センチほど大きくなる仕上げの技法の説明で、先生の手が入れられたが、概ね良好な評価をいただいた。これまでには無かったことだが、具体的に20個同じ物を挽くという課題を与えられた。これをクリアすると次の課題に進むということだ。

以前にも書いた通り、今の自分の生活のなかで陶芸が唯一「進歩」とか「成長」に関連する分野である。木工や茶道も楽しいが、それまでできなかったことができるようになったり、知らなかったことを身を以って知ったり、という経験では陶芸ほどのものは無い。思い起こせば、軽い気持ちで始めたことだが、思いもよらぬ大きな展開になるような予感がする。

ところで、今日は午後に歯科治療があった。奥歯の詰め物の一部が欠けてしまい、その詰め物を丸ごと入れ替えたのである。既に10日ほど前に型取りをしており、今日は出来上がったセラミックスの詰め物を埋め込む。歯科治療の前なので、当然、歯を磨いてから治療に臨むのだが、ニンニクを使った料理を食べてしまったのは、まずかったかもしれないと反省している。

陶芸教室が10時半から1時までなのだが、片付けをしていると教室を出るのは1時半くらいになってしまう。歯科の予約は3時半なので、炊事をしていると間に合わないかもしれないと思い、昼は外食にした。巣鴨駅近くの「ハンガラム」という韓国料理店で冷麺のセットを食べた。本場韓国のようなわけにはいかないが、韓国料理らしく突き出しが4種類あり、メインの冷麺が出てくる。キムチやカクテキなどは唐辛子に気をとられてそれほど気にならないが、おそらくしっかりとニンニクが入っているのだろう。歯科で口をあけたとき、自分の口からそのニンニク臭が発散しているのが感じられ、ちょっと恥ずかしかった。歯を磨いても、胃のなかから漏れ出る臭いは抑えることができない。

歯は、今回の詰め物欠損があってもなくても、半年毎に定期健診を受けており、今時分がちょうど定期健診の時期でもある。今回の治療に際して定期健診も受け、そこで微細ながらも虫歯が発見された。虫歯とはここ数年間は無縁だったのだが、歯磨きがおろそかになっていたのだろう。なにかをしながら歯を磨くということが定着しつつあったので、これを機にかつてのように鏡を見ながらきちんと磨くという習慣に戻さないといけない。こうした日々の生活習慣にも進歩が必要だ。

ところで、写真の皿は今日焼きあがった小皿。直径約15cm。大きな粘土塊から5つほど挽いたうちのひとつ。土は赤土。透明釉をかけて還元焼成。

家ですること

2010年09月06日 | Weblog
今日、カイロプラクティックの施術を受けながら、リタイヤ後に何をして日々過ごすかとい話題になった。先生曰く「私、家でじっとしていられないヒトなんですよ」というのである。

私は結婚していた頃は家に居るのが嫌で、六本木ヒルズのライブラリー会員になって、仕事の後、そこで時間をつぶして、家人が寝静まった頃に帰宅するというようなことをしていた。今は、そんな面倒なことをする必要はなく、巣鴨の住処でいくらでも時間を過ごすことができる。

それで、先生の話に「私は家にいるのが好きですよ」と応えた。すると「何をして過ごすんですか」と尋ねられる。「本なんかを読んだり、ものを書いたり、いくらでも時間はつぶせます」と私。先生はそういうことができないのだそうだ。そういうこともあって、自分でできる仕事として、会社を辞めて、訓練を受けて、カイロを始めたという。

先日、留学先で一緒だった友人と日本橋の肉鮮問屋佐々木という店で昼食を共にしたとき、別れ際に聞かれたのは「オマエ、何をしているときが一番楽しい?」だった。「一番」と言われると返事に困るのだが、「楽しいことならいろいろあるよ」とあやふやな答えを返してその場は別れた。

彼はこれまでに2回、うつ病で休職を余儀なくされている。留学時代は私のほうが1年上の学年にいたので、あまり生活が重なっていないのだが、バイタリティに溢れた人、という印象がある。帰国後も東洋経済の懸賞論文に応募して、見事に高橋亀吉賞を射止めてみたりもする。仕事も順調なように見えていたのだが、少し頑張り過ぎてしまったのかもしれない。基本が真面目な奴なので、なんでも真正面から受け止め、受け止めきれなくなって、コケてしまうということなのだろう。

カイロの先生も留学時代の友人も私と同世代なので、老後の暮らしは等しく大きな課題ではある。しかし、その受け止め方は、それぞれの人生観や生活観によって違いがある。昔ならば、勤め先に定年まで勤務して、それなりの退職金と年金を手にして、老後を送るというようなことができたのだろう。私たちの世代は、当面の所得を確保するという極めて現実的な課題を抱えている。なによりも雇用や仕事の確保が最優先であり、とても「老後」などという先のことを思い巡らす余裕がない。かといって、思い煩ってどうなるものでもない。

それで私は今をいかに楽しく過ごすかということに重点を置いて暮らしている。楽しいことしかしないようにする、と心がけているので、こんなことをやってみようとか、あんなことを考えてみよう、というようなことで毎日が過ぎていく。行き詰ってどうしようもなくなったら、そのときは死んでしまうつもりでいる。死んだときになるべく周囲の迷惑にならないような準備も少しずつやっている。そんな具合で日々を過ごしているので、家にいてもやってみたいことがたくさんあって楽しい。

そもそも、家にいることが楽しくなくて、家とは一体何なのだろう?

会員になるということ

2010年09月05日 | Weblog
7月に日本民藝館の「友の会」会員になったのだが、これまで会員の特権を行使する機会に恵まれていなかった。今日は開催中の特別展「日本の染」の最終日だったので、出かけてきた。

決まっているわけではないのだろうが、民藝館の企画展は2-3ヶ月を単位に行われているようだ。今年4月以降では「朝鮮陶磁」が4月1日から6月27日、今日観てきた「日本の染」が7月6日から9月5日、次回の「河井寛次郎」が9月14日から11月23日、「日本の古人形」が来年1月9日から3月21日という具合だ。この他に、12月に公募展があり、それを含めると1年に5つの企画展が開催されるということになる。全てを1回ずつ観れば会費5,000円でトントンだ。

会員のキャッシュフローという点では毎回の入館料を年単位でまとめて払うか、各回毎に払うかという違いでしかないが、会員制度の趣旨としては、民藝館設立趣旨への賛同の意思表示という意味がある。この点では、自分が好きなものを守りたいという素朴な思いを表明する手段である。また、動機は会費の元を取るというセコイものであっても、結果としてそれまで意識の範囲外であったけれども、実際に目にしたら好きになったとか面白かったというような、自分の世界を広げる効用というものもある。

現時点でこうした会員になっているのは日本民藝館だけなのだが、過去においては東京国立博物館の賛助会員、友の会会員、出光美術館の水曜会員、英国Tate Galleryのmemberがある。東博の賛助会員は会費5万円だが、企画展の内覧会に参加できる上に、企画展の図録を頂くことができるという特典があるので、決して高いとは思わない。ちょうど賛助会員だったときにダ・ヴィンチの「受胎告知」が来日して、このときは通常1回の内覧会が2回あり、2回とも参加して舐めるように眺めることがきたという金銭には換えがたい経験ができた。Tateも内覧会への参加ができたが、東京の美術館のように企画展に入場規制が必要なほどの人出があるということはないので、内覧会のご利益は東博ほどでは無い。

今、会員になることを検討しているのは、アダチ伝統木版画技術保存財団の賛助会員と冷泉家時雨亭文庫会員だ。どちらも美術館の類ではなく、趣旨への賛同という意味なので、入館料が無料になるというような直接的な恩恵が無い。しかし、自分が好きなことに対し、自分が何かをできないかと考えたときに、そのことに関する団体組織の会員になるというは、わかりやすい意志表示だと思うのである。東博については、去年は友の会会員だったのだが、友の会だと内覧会には参加できない。入館料や企画展の入場料が無料になっても、あの混雑からは逃れることができないのなら、会員にならずとも自分の都合の良いときに入場料を払って入館したほうがよいのではないかと思い、今年は会員にならなかった。賛助会員のほうは、内覧会の時間が平日午後5時頃からなので、会員であった頃の職場では、1時間ほど仕事を抜けて、内覧会を眺めてから、何事も無かったかのように職場に戻るという芸当ができたのだが、今の職場はそういう雰囲気ではないので、考慮の対象外だ。東博ほどの巨大組織なら、会員制度の趣旨への賛同もへったくれも無いだろう。

美術館の類ではないが、単に「お得」というだけなら、過去に経験したなかでは飯田橋ギンレイホールのシネマクラブが一押しだ。この映画館で上映される映画は観て損のない良質の作品ばかりなので、映画が好きだという人に対しては、絶対的な自信を持ってお勧めできる。では、なぜ自分が今は会員ではないかというと、ここで観ることができるような作品に対する興味が薄れているからだ。最近、映画そのものへの関心が薄れてしまい、今年はこの8ヶ月の間にわずか13本しか観ていない。

ところで、日本民藝館での「日本の染」だが、色彩が豊かなものよりは、藍だけの濃淡によるものに心惹かれるものが多かった。また、役者衣裳についていた染みにも惹かれた。ちょうど腋の部分と背中の真ん中あたりに薄茶の染みがあって、一見してそれが汗によるものと思われた。その瞬間、舞台の上で汗を散らしながら演じている役者の姿が浮かび上がるような心持を覚えた。古着や古布の面白いところは、それが使われていたときの風景を空想するところにある。もちろん、長年の使用を経て色褪せた布の風情が持つ味わいというものもあるのだが、古いものだけが持つ歴史を、言語を経ずに直接感性で捉える楽しさというものが、古い布にはあるように思う。そういう点でも、古い布は旗のようなものよりは衣類のほうが楽しい。完全な形のものよりは、繕ってあるもののほうが面白い。ものを眺める楽しさは、空想の世界に遊ぶ楽しさでもある。

Ambivalent Images

2010年09月04日 | Weblog
留学先の日本人同窓会組織の幹事が、趣味の絵画の個展を開くというので拝見してきた。彼は大学卒業後、美大に入りなおそうかと考えたそうだが、周囲の反対で内定していた企業に入社したという経歴の持ち主だ。留学先では日本人初のvaledictorianに選ばれるという偉業を成し遂げ、帰国後の仕事のほうも順調とのことだが、もうひとつの趣味である釣りのほうはご苦労されているらしい。いずれにしても、留学先を奇跡的に修了し、これまで一貫して八方塞の私とは好対照の人物だ。彼の作品は以前にACTのアートフェスティバルで初めて拝見し、今回は2回目である。最初に拝見したときのことはこのブログの6月26日付「表現者たち」に書いた。

さて、彼の作品だが、絵画というよりは模様のようなもので、イメージとしてはマーク・ロスコーの作品を挙げることができるだろう。地塗り以外は筆を使わず、板にアクリル絵の具を乗せて、それを紙に圧着させることを繰り返しながらひとつの作品をつくりあげている。異なる色彩の組み合わせもあるが、同じ系統の色を明暗や絵の具の量を変化させながら重ねていくことで、奥行きのある平面が生み出される。今回の個展ではA4ほどの小さな作品群もあったが、大きな作品のほうが奥行きというか、そこにある異次元空間の雰囲気というようなものがあって面白い。私のギャラリー・カフェが実現した暁には、是非とも店内に飾りたい作品もある。

彼の作品は彼自身のサイトで紹介している。また、このブログと同じgooに彼のブログもある。こちらも楽しいものだ。

ところで、自分のギャラリー・カフェという妄想が膨らんでいて、BGMに使う音楽のことなどもけっこう真剣に考えている。先日アマゾンで注文したCDが今日届いたのだが、これはなかなかよいと思っている。鶴澤清治「一撥一心」である。妄想が膨らむというのは現実からの逃避なのだろうが、妄想が実現するには宝くじにでも当たらない限りは無理だろうし、そもそも宝くじというものを買ったことがないし、これからも買わないだろうから、妄想は予見しうる将来において妄想のままである。尤も、妄想を語るのも、それはそれとして楽しいことではある。

オーガニックとかヘルシーとか

2010年09月03日 | Weblog
野暮用で昼間に出かける用事があったので、遅めの昼食を職場近くのカフェで食べた。料理の説明書きに「オーガニック」だの「ヘルシー」だのという文言が踊っているのだが、こういうものを目にするたびに苦笑が漏れてしまう。客に出す料理が、客の健康を気遣ったものであるのは当然のことだろう。それを殊更に強調することの下品さのようなものを感じてしまう。また、客のほうも「オーガニック」だの「フェアトレード」だのという触れ込みのものを、そういうものを口にすることで何か良いことをしているかのような幻想を抱く向きが少なくないようだ。ある種のブランド信仰のようなものだろう。以前にコーヒー豆の業者の人と話をしたときに、「オーガニック」とか「フェアトレード」といったことを謳うと確実に購入する顧客層がある、と語っていたのをふと思い出した。

このカフェは上場企業が経営しているものなので、利益を追求しなければならないという宿命を負っている。株式を公開するということは利益成長を義務付けられているようなものなので、なりふり構わず商売に邁進しなければならず、上品だの下品だのと気にしている余裕はないだろう。確かに、農薬や化学肥料を大量に使って作られたものをイメージすれば、あたかもその農薬を食べるかのような印象を持ってしまうものだし、それは健康に良くないと感じるものだ。幾多の公害事件や食の安全に対する脅威を経験してきた消費者にとって、そうした安全イメージが魅力的に感じられることは至極自然なことだ。

しかし、有機農法というのは必ずしも農薬や化学肥料を使わないというものではない。使用量を抑制する努力をしているということで、その分、生育が自然に近くなり、収穫までの手間隙も余計にかかるので、見た目は少し悪くなることもある上にコストもかかる。味のほうは、有機農法のほうが常に無条件に美味しい、というわけにもいかないという現実もある。そうしたものを使った料理を売るのだから、敢えて「オーガニック」とか「ヘルシー」というイメージを強調して、いかにも特別なものという雰囲気を出さないと消費者に対してコスト高を正当化しにくいという事情は理解できる。

ただ、本当に食の安全を考えるのなら、自分で何か農作物を栽培してみなければ「考えた」ことにはならない。プランターでちょっとしたものを作ってみるだけで、種を蒔いて収穫するまでにどれほど手間がかかるものか、病気や害虫のリスクを効果的に低減させることがどれほど難しいか、という印象くらいは感じることができるだろう。自分では農に関することを何も経験せずに食の安全など語ることはできまい。人の発想は経験を超えることはできないのだから。私は農作物という、安価でなければ社会が成立しない経済の基幹商品において、それを作ることが生業として成立するほど安定的に大量に生産するという仕組みを確立するには、農薬や化学肥料は不可欠だと思う。食の安全とかエコロジーに関心があって、しかもそれを生活のなかで実践するだけの余裕のある人だけが、農薬と化学肥料に支えられた仕組みをやや外れて多少のプレミアムの付いた「オーガニック」や「ヘルシー」という商品で生活を彩ることができるのである。つまり、一般に言われているような「オーガニック」や「ヘルシー」はファッションなのだ。

食の安全というのは、誰もが考え実践しなければならない当たり前のことなのに、それを殊更に強調すると、その当たり前であるはずのことがブランドのような錦の御旗になってしまうというところに、滑稽と恐怖がある。

「フェアトレード」も似たようなものだろう。「フェア」は誰にとって「フェア」なのか、ということを果たしてどれほどの人が考えているだろう。私が「フェアトレード」と関わるのはコーヒーの分野だけなのだが、「フェアトレード」を謳った豆でおいしいと思ったものに出会ったことがない。これは別の機会があれば、考えてみたい。

設立趣意書 更新1

2010年09月02日 | Weblog
7月2日に書いた「設立趣意書」の具体的なイメージというところに少し手を入れた。

店の名前:
 二つ案があり、片方は志を表現したもの、もう片方はおちゃらけたもの

取り扱い商品:
 原則として手仕事の製品
 作るための技法も重視するが、それ以上に、何故それを作ったのかという物語に注目
 顧客参加型イベントも行いたい

 例えば、取り扱い商品の製作者による物語りやワークショップ
 店舗立地の地元の人や通りすがりの人による楽器の演奏や講演、朗読
 なんでもよいが、聴く人や観る人を元気にするようなこと

対象顧客層:
 独自の視点を持ち、且つ、他人の視点も尊重できる人

店舗の立地:
 不便でないが、コストもかからない場所
 こんなところにこんな店が、という意外性のある場所

会員制:
 任意だが会費を徴収し、会報を発行する
 会費は年間1,200円程度に抑えて敷居は低くする
 会費の徴収方法はクレジットカードからの自動引落し
 会報は月刊 広告を取れるくらいの内容を目指す(別に広告は取れなくてもよい)

その他:
ウエッブサイトは用意するが、ネット販売はやらない。実物を見ないで買おうと思うような発想の客を排除することと、生身の人間どうしの付き合いを基本にするため。

あくまでも趣旨としては半径25㎞の世界を変えること。そのためには、ここに来ることで気持ちが前向きになるような何かを発見できる場でありたい。それは物であるかもしれないし、そこで出会った人であるかもしれないし、その場の空気かもしれない。世界を変えるのは結局のところ、人と人との出会い以外には無いように思うのである。そういう観点で取り扱い商品やイベントを考えていきたい。

富士山大噴火

2010年09月01日 | Weblog
先月29日にスマトラの休火山が400年ぶりに噴火したというニュースを見て、富士山が最後に噴火したのはいつのことだったのだろうと調べてみた。1707年の「宝永大噴火」と呼ばれるものが直近の大きな噴火なのだそうだ。その後、小さなものがいくつかあって、徐々に落ち着いて今日に至っているらしい。しかし、「落ち着いて」というのは火山であることを止めてしまったということではないようで、最近も富士山の火山活動を示す地殻変動が観測されているという。

富士山が噴火する、というとこの世の終わりのような気がするのだが、1707年といえばそれほど遠い昔のことのようには思われない、のは私だけだろうか。宝永大噴火でどれほどの被害があったのか知らないが、そういう大事件以降も、こうして日本の歴史は続いている。富士山のひとつやふたつが噴火したといっても、それほど大きなことではないのかもしれない。尤も、日本中の火山という火山がいっぺんに噴火して日本列島が沈没した、というようなことにでもなれば、少しは話題になるかもしれない。それでもやがて忘れ去られるだろう。何百年か後、大英博物館あたりで「かつて、日本という国があった」というような企画展が開催されて、そこそこ入場者を集めるようなことになるだろうか。

マグマの流れの辺縁の淀みが少しずつ大きくなるとか、地殻のひずみが蓄積されるとか、ある方向性を持った変化が継続して、それを取り巻く全体の様相との間に齟齬や対立が生じると、そこにあったはずの均衡が破れてしまう。地殻のひずみのように、問題の所在がわかっていても手の施しようがないことというのは身の回りにいくらでもある。我々の日常というのは大小様々な無数の破綻と再生で成り立っているのだが、破綻と再生との間にバランスが保たれている限りにおいては、全体として不都合が無いのだろう。どちらが勝ってしまっても、何かとんでもない不都合に発展してしまう。その微妙な均衡を図るのが知恵であり文明であり文化なのではないだろうか。それは地道なことのようにも見えるが、我々の手の届かない世界に属することも多いのだから、地道だけではどうにもならないこともあるだろう。時には飛んでしまうことも必要かもしれない。