Bud Powell / Bud Powell Trio ( 米 Roost RLP 412 )
ノーグランの打鍵が覚束ない演奏と時期的に隣接する1953年の演奏で、こちらもかなりひどい演奏をしている。 シングル・ノートでのアドリブラインは
少なく、ただコードを鳴らし続けることに終始し、そうやって時間を稼ぎながら曲の終わりが来るのをじっと待っているような雰囲気がある。
聴いていて、この時のパウエルは脳の思考回路が停止していたんだなということが生々しく肌で感じとれる。 記憶の中に眠る主旋律のコード進行に合わせて、
本能的に、無意識的に、和音を鳴らしてなんとか曲について行っているような感じだ。 端的に言って、これはひどい演奏だろうと思う。
ただ、不思議なことに、そうやってパウエルが鳴らすコードを聴いているうちに、こちらが勝手に頭の中でアドリブ・ラインを作って演奏に追従するように
なっているのに気が付く。 こちらの脳が演奏に欠けているものを無自覚のうちに補完していくような感じで、そうやって自分がこの演奏に同化していくのを
感じる。 そして、いつの間にかこの演奏の中に自分が引きずり込まれてしまっているのに気付く。
それにパウエルが鳴らす和音には、なんだか雷鳴のような衝撃がある。 比喩としてのそれではなく、物理的にこちらの頭の中に衝撃が伝わるし、肌にも
ビリビリと感じるものがある。 このレコードはルーストの10インチの割にはピアノの音がクリアに鳴るせいもあるだろうけれど、コード1つで聴き手に直に
張り手を喰らわせるようなこんな演奏は他にはないのだ。
何より信じ難いのは、こういう外形上はガタガタの演奏がレコードとして正規に商品化されているということだ。 現在、誰かがスタジオでこんな演奏をして、
それを録り直しもさせず、編集もせず、そのまま新作としてリリースすることができるレーベルが果たしてどこかにあるだろうか。
そして、それ以前に、こういう演奏をやってのけてしまうような音楽家はどこかにいるのだろうか。