報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“ユタと愉快な仲間たち” 「信濃路夜行」

2014-03-26 20:04:48 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 前回の続きです。

[23:50.JR新宿駅9番線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]

〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。9番線に停車中の列車は、23時54分発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。発車まで、しばらくお待ちください〕

 ホームには古めかしい国鉄型の特急車両が停車していた。
 威吹はホームの自動販売機で、自分とユタの分のペットボトルを買いながら、何度もそれが冥界鉄道公社の車両ではないことを気にしていた。
(大丈夫だよな。地獄界や魔界に行く冥鉄ではないよな)
 鉄ヲタではない威吹にとっては、雰囲気的にユタと魔界に行く時に乗車した電車とよく似た電車だったので、何となく気になるのだった。
 冥鉄車両の場合、行き先表示には何も表示していない、もしくは種別(急行とか特急とか)しか表示していない場合が多い。
 また、車体全体も色がくすんでいて、何より利用客は亡者ばかりである。
「ユタぁ、戻ったよ」
「ありがとう」

〔「ご案内致します。この電車は23時54分発、中央本線、大糸線周りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。6両編成全部の車両が指定席です。指定席券をお持ちでないお客様は、ご乗車になれません。……」〕

 特急用の車両なので座席はリクライニングシートである。
「それにしても、マリアさんの屋敷、引っ越したんだなぁ……」
 ユタは手持ちのスマホから、マリアの屋敷の位置情報を確認した。
「魔道師ともなると、屋敷ごと引っ越すことも簡単なんだね」
「しかし、信州から出ないのが不思議だ」
「何か、事情があるんじゃない?」
「そんなことは無いだろう」
 ユタは脱いだコートをひざ掛け代わりにした。
 夜行バスなら毛布は基本標準装備だが、臨時の夜行列車では望むべくも無い。
「照明は暗くなるのかな?」
「どうだかねぇ……。そういう設定はできそうだけど……」

〔「お待たせ致しました。臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行き、まもなく発車致します。次の停車は、立川です」〕

「何だか、魔界に行きそうな電車だから、少し緊張したよ」
 と、威吹。
「まあ、今や189系なんて、乗る機会無いしね。冥鉄に引き取られて運転されても、おかしくは無いか」
 電車は定刻通りに新宿駅をゆっくりとした足取りで発車した。

〔♪♪(“信濃の国”???)♪♪。「大変お待たせ致しました。本日もご利用頂きまして、ありがとうございます。中央本線、大糸線周りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。只今、新宿の駅を23時54分、定刻に発車致しました。これから先、立川、八王子、大月、塩山、甲府、小淵沢、富士見、茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷、塩尻、松本、豊科、穂高、信濃大町、神城、終点白馬の順に止まります。……」〕

 快速ではあるが、停車駅は昼間の“あずさ”並みである。

〔「……松本には明朝4時32分……信濃大町には明朝5時11分……終点白馬には明朝5時40分、明朝5時40分の到着予定です。電車は6両編成での運転です。……」〕

「まさかユタ、帰りもこれ?」
 威吹は今更ながらハッと気づいて、ユタに聞いた。
「んー、そうしたいところなんだけど、何故だか“ムーンライト信州”って、下りしか運転してないんだ。わざわざ号数振ってるくせにね。帰りは昼間に鈍行乗り継いで帰ることになるだろうね」
「ユタ……苦行が好きだね」
「バカ言っちゃいけない。末法の世の中において、苦行は無意味だよ」
 無論ユタの鈍行乗り鉄の旅は楽しみであって、苦行などでは全く無い。
「もっとも、ここでまたハンコが2つ押されるから、あんまり意味無いんだ」
「えっ?」
「奮発して特急に乗ってもいいけどさ」
 ユタは“青春18きっぷ”を取り出した。
 1枚の横長のキップに、既に大宮駅の改札口で赤いスタンプが2つ押されている。
 ユタと威吹、2人分だ。
「もうすぐ日付が変わるから、また検札(車内改札)でハンコを2つ押されることになるんだ」
「すると、欄は残り1つ……」
「そう。だから残り1個は別の機会に使うとして、帰りは特急でも高速バスいいんだけどね」
「むむ……」

[日付が変わった0:15.快速“ムーンライト信州”81号1号車内 ユタ&威吹]

「はい、ご面倒様です。恐れ入ります。乗車券、指定席券を拝見させて頂きます」
 ユタの予想通り、車掌がやってきて、検札が始まった。
「はい、ありがとうございます。……はい、すいません。……はい、ありがとうございます」
 そして、これまたユタの予想通り、空欄2ヶ所に車掌が何かを記入した。
『26年3月○×日8421Mレチ』
 と、書かれている。
 日付変更線が列車内の場合、車掌がこのように記入する。
 指定席券の方は、普通の青いスタンプ。
「ね?」
「さすがユタだ。しかし、便利な時代だ」
 威吹はニヤッと笑った。
 利用者層はユタと同じく学生が多いように見える。
 ユタのように“青春18きっぷ”利用者が多かった。
「そうかい?夜行列車が無くなって、却って不便な気がしたけどな……」
「何て贅沢なんだ」
「ははは……」

 八王子を過ぎた辺りで、車内が減光される。
 すると、あちらこちらから聞こえて来た話し声が、途端に聞こえなくなった。
「多分、今度は松本の手前辺りで明るくなるだろうね」
 と、ユタは窓のカーテンを閉めながら言った。
「寝るのかい?」
「ああ。お休み」
「お休み」
 ユタと威吹は、シートピッチの拡大されたリクライニングシートを倒した。
「マリアさん、早く会いたいな……」
「…………」

[02:00.同列車内 威吹邪甲]

 列車がどこかの駅に停車した。
 夜中は車内放送が無いし、ほとんどの窓にはカーテンが引かれているので、どこの駅だか分からない。
 威吹はそっと席を立つと、デッキに出た。トイレに行くわけではない。
 デッキに出ると同時に、乗降ドアが閉まり、再び列車が走り出した。ドアの窓から目をやると、『塩山』という駅名看板が見えた。
 『しおやま』ではなく、『えんざん』と読む。

 威吹がデッキに出たのは、トイレでも気分転換の為でもなかった。
{「先生、聞こえますか?カンジです」}
「ああ。定時連絡、ありがとう」
{「いいえ」}
 ようやく、ガラケーの通話だけなら使えるようになった威吹だった。
「今、塩山という駅を出たところだ。今のところ、異常無し。そっちはどうだ?」
{「こちらも平和そのものです。まるで、先生のお出かけに合わせたかのようですよ」}
「しかし、油断してはいかんぞ」
{「ハイ。中央本線沿線もまた高等妖怪が縄張り争いをしている所ですので、先生もお気をつけください」}
「ちょっと待て。そんなのオレ、初耳だぞ?」
{「雪女郎連合会の組織率が低い、つまり『はぐれ雪』という気性も性格も悪い雪女が跋扈しているのも中央本線沿線ですし、黒狐(色黒のタチの悪い妖狐)が跋扈しているのもその沿線だったはずです」}
「中山道の間違いじゃないのか?……あ、だが、上諏訪・下諏訪って……中山道か」
{「先生なら大丈夫ですよ」}
「お前、そういうことは先に言うんだ」
{「すいません。稲生さんも眠れない状態ですか?」}
「いや……。意外とユタ、よく寝てる」
{「きっと悪い妖怪達も、S級の稲生さんや先生に遠慮してるんですよ」}
「そんなことは無いと思うが……。ユタのヤツ、寝言で魔道師に会いたいと言っている」
{「さすが稲生さん、一途ですね」}
「人間の女ならいくらでも後押ししてやるところだが、本当に残念だ」
{「どうなさいます?」}
「ユタの希望通りにするしかあるまい。ここでヘタに手や口を出して、ユタの機嫌を損ねるわけにはいかん」
{「このまま屈されるんですか?」}
「事情は向こうにも話しておくつもりだ。幸いにもユタが惚れている魔道師も、あまり色恋にはスレていないようだからな」
{「なるほど。先生、頑張ってください。流血の惨は稲生さんも望まれていないはずですから、どうか1つ……」}
「分かってる。じゃあ、切るぞ。……ああ」
 威吹は電話を切った。
「全く……」
 座席に戻る前に、トイレで用を済ませる威吹だった。
                                      続く
コメント (3)
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“ユタと愉快な仲間たち” 「魔道師の悩み」

2014-03-26 02:53:23 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月のある日 21:00.長野県内某所のマリア邸 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]

 マリアは屋敷の地下で、魔術の練習をしていた。
 しかし、なかなか上手く行かない。
「精が出るわね」
「師匠!」
 いつの間にか背後に回っていた師匠、イリーナ・レヴィア・ブリジッドに声を掛けられ、思わず持っていた魔道書を落とすところだった。
「やっと熱心に始めたって感じ?」
「はい。その……あの……」
 何故か、しどろもどろだった。
「明日は久しぶりの来客があるから、今から緊張しているのかしら?」
「そ、そんなことは……!」
 しかし、マリアの顔が赤みを増した。
 明らかに図星を突かれたという感じだった。
「んー、もう少し、心の方も鍛えた方がいいかなぁ……。まあ、それは後々でいいか。で、誰が来るの?(だいたい知ってるけど)」
「それは……」

[同日22:45.JR大宮駅埼京線ホーム 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]

〔まもなく20番線に、りんかい線直通、通勤快速、新木場行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。次は、武蔵浦和に止まります〕

 もうそろそろ終電車を意識し始める頃の埼京線ホーム。
 ここにS級の霊力を持つ人間と、2人の妖狐がいた。
「おっ、りんかい線の車両が来た」
「ではな、カンジ。オレはユタに同行するので、しばらくの間、留守を頼む」
「お任せ下さい。先生方も気をつけて」
「ああ」
 電車が地下ホームに滑り込んでくる。
 平日ではあるが、大学が春休みのため、ユタは威吹を伴って、こんな夜更けに出かけようとしていた。

〔大宮、大宮。ご乗車、ありがとうございます。次は、武蔵浦和に止まります〕

 ガラガラの車両に乗り込む。
 ユタはキャリーバックを手に、威吹は風呂敷包みを手にしていた。

〔20番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
〔「通勤快速、新木場行き、ドアが閉まります」〕

 ドアが閉まって電車が走り出すと、ユタはホームで見送るカンジに手を振った。
 カンジも手を振り返してくれた。

〔「本日も埼京線をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車はりんかい線直通、通勤快速の新木場行きです。停車駅は武蔵浦和、赤羽、十条、板橋、池袋、新宿、渋谷、恵比寿、大崎の順に止まります。次は、武蔵浦和です。……」〕

 電車が走り出すと、ユタはポケットの中から、1枚の横長な乗車券を取り出した。
 そこには、こう書かれていた。『青春18きっぷ』と。
 そして、更に別のキップを出してみる。指定席券のようで、そこには“ムーンライト信州”と書かれていた。
「だいぶ前、初めて屋敷を訪れたは違う行路だったね?」
「あの時は昼移動で、特急なんか乗ったりしたからな。それと比べれば(気持ち的にも)余裕があるし。ああ、そうそう。威吹、マリアさんとケンカしたりしたらダメだよ?」
「あの魔女が何もしてこなかったらな?」
「魔女じゃなくて、魔道師だよ。大丈夫だって。せいぜい、イリーナさんが来るくらいだろう」
「喰えぬ女達だから、尚更タチが悪い」
「あんまり悪口言わない方がいいよ。きっと、水晶玉か何かで見てるよ?」
 ユタは節電で間引きされている、蛍光灯が歯抜け状態の天井を見上げた。

[同日同時刻 マリアの屋敷 マリア&イリーナ]

「ちっ、バレてたか」
 イリーナは苦笑いした。
「喰えないのは、お互いさまだと思うけどね」
「はあ……。あの、師匠、私は……」
「ん?」
「まだ魔術が未熟の私が、人間の男などに……」
「心配無いって。あなたはまだ人間の心、気持ちが残っている貴重な時期なのよ?これからもっともっと長い時間を生きる間に、そんなものは無くなってしまう。だから、今のうちに人間だった頃の名残を楽しみなさい。正式に“後継者”になったら、楽しむ余裕も無くなると思うから」
「はい……」
「別に稲生君、嫌いってわけじゃないでしょう?」
「ええ、まあ……」
「1人、何か余計なのが付いてくるみたいだけど、それは気にしないで。いざとなったら、私が相手するから」
 イリーナは表情の硬い弟子に対し、にこやかな顔を崩さなかった。
(私も……“後継者”になれば、ああいう顔ができるようになるのだろうか……?)

[同日23:17.JR新宿駅 ユタ、威吹]

〔「まもなく新宿、新宿です。お出口は、左側に変わります。各路線お乗り換えのお客様、最終電車の時間にご注意ください。新宿の次は、渋谷に止まります」〕

「うん、ここだ」
 線形が悪いというより、埼京線(湘南新宿ライン)のホームが狭いせいか、電車は速度を落として入線した。

〔しんじゅく~、新宿~。ご乗車、ありがとうございます。次は、渋谷に止まります〕

 ユタはキャリーバックを引きながら、電車を降りた。
「えーと……“ムーンライト信州”は……」
 階段を上って、コンコースの上にある発車票を確認しなくてはならなかった。
「9番線か。快速だけど、堂々と特急ホームから出るんだ」
 ユタは早速、9番線へ向かった。
 威吹は後からついて行くといった恰好だった。
「夜行列車なんて、久しぶりに乗るよ」
「そうかい?」
「この前乗った時は、いつだったかな……」
 ユタが思い出していると、
「……冥界鉄道公社」
 威吹がポツリと言った。
「ユタとボクとで魔界に行く時に乗った……」
「今は無き、583系で運転してたねぇ……。あれ、夜行かぁ……」
 ユタはしみじみと言う。
「今にして思えば、魔界に行って帰って来れた人間なんて、ユタが初めてだよ。さすがは、特級霊力だ」
「そ、そうかな?」
 ユタは少し照れた顔を浮かべた。
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