「ダメです!そっちは行けません!」
「はあ?」
南側の廊下を通ろうとしたユタと威吹。
しかし、メアリーが断固拒否してきた。
「玄関に行くには、こちら側の方が近いだろう?」
「ダメなんです。私、明るい所が……」
「ふうん……。じゃあ、鍵を寄越してもらうしかないな?」
威吹は面倒臭そうに言った。
「まあまあ、威吹。少し遠回りになるけど、北側の廊下を通ろう。確か、そこからでも玄関には行ける」
「ユタがそう言うのなら……」
「ごめんねぇ。威吹、時々気が短くなる時があるんだ」
ユタは済まなそうに言った。
「いえ……」
北側の廊下は確かに日が差しにくいせいか、薄暗い。
「この通路から玄関に行けますわ」
メアリーはニコリと笑った。
「ふん……」
威吹は妖刀を持って、峰の部分を左肩にトントンと当てていた。
「ユタ。玄関に行く前に、ちょっと寄りたい所がある」
「トイレ?」
「違う。こっちだ」
威吹が向かった先は、先ほどの殺風景な部屋。
「メアリーとやら。この部屋には入れるか?」
「ここは……ジルコニアの部屋?」
「人形のくせに個室を与えられているとは、贅沢な人形だな」
威吹は鼻を鳴らした。
「威吹、一対何を……?確かこの部屋は……」
「シッ!」
ユタが何か喋ろうとするのを、威吹は遮った。
「お前の仲間がこの部屋で待ってるぞ?」
「ジルコニアが?」
「ああ。先に入ってみろ」
「……?」
メアリーはジルコニアの部屋のドアを開けた。
「!!!」
本来なら薄暗い部屋だった。
だが、天井が抜け、真上の2階の部屋の床も抜けてしまっていた。
なので、今は2階の天窓からの日光が直接この部屋を照らしていた。
人間のユタでさえ、その眩しさに思わず目を細めるほど。
「とっとと入れ!」
威吹はメアリーの背中を蹴り押した。
「ぅきゃああああっ!!眩しいぃいいいぃぃぃぃっ!!!」
メアリーは両手で顔を押さえ、床をのたうち回った。
「い、威吹?」
「どうもおかしいとは思っていたが、あの人形……」
「うっ!?」
メアリーの姿形が変わって行く。
見る見るうちに、身長2メートルくらいの大男……というか、まるで赤鬼のようだった。
「鬼族の者か!?」
威吹は妖刀を構えた。
「何故だ?何故、正体が分かった?」
「あのミク人形ともまた違う、本当の妖怪の臭いがしたからだ。お前、人形ではなかったな?」
「死ねぇえい!!」
赤鬼は威吹の質問にまともに答えようとはせず、威吹に向かって空中から出した金棒を手に襲ってきた。
「どうやらキノの仲間でも無さそうだから、地獄界に送っても恨まれまい」
威吹は赤鬼の攻撃を何回か交わした。
「臭いが全然違う。地獄界の獄卒にすら成り得なかったヤツだろう。ユタは下がってて」
威吹は妖刀を構え直し、更に向かってきた赤鬼の攻撃を素早く交わす。
力自慢の赤鬼だから、トゲ付きの金棒とまともにやり合うのは危険だ。
しかし、ミク人形とは違い、赤鬼は金属バットの何倍もの大きさのある金棒を軽々と振るった。
「差し詰め、ミク人形が『中堅』、お前が『大将』といったところか」
分かりやすく言えば、ミク人形が中ボスで、この赤鬼がこのダンジョン(?)のボスということだ。
「だが、弱い」
赤鬼が威吹の頭に金棒を振り落した。
「えっ!?」
威吹は何故か避けず、金棒の直撃を受けた。
「ええーっ!?」
ユタは驚いた。が、
「くっ……!」
赤鬼は威吹を倒したというより、むしろ、やられたという顔をした。
赤鬼が倒したはずの威吹は残像。本体は、
「でやあーっ!!」
その背後に回っていて、赤鬼の首を刎ね飛ばした。
「やった!……けど、スプラッター!」
威吹は妖刀に付いた血のりを拭いたが、
「ユタ。まだ油断してはいけない」
「えっ?でも……」
「首と胴体が離れても、ある程度動けるのが鬼というヤツだ。そこは妖狐と違う」
そう言った後で、
「玄関の鍵だけ頂いて行くぞ」
「そんなものは……無い」
「うわっ!」
ゴロッと赤鬼の頭部が動き、それが喋った。
「なに!?どういうことだ!?」
威吹は赤鬼を睨みつけた。
「このオレを完全に倒さねば、あの玄関のドアは開かぬ……」
「げっ!?」
すると、赤鬼の頭部が浮かび上がった。
このまま離れた胴体と再びくっつくのかと思ったが、そうではなく、胴体は起き上がって……また新たな頭部が生えた。
「何だ、これ!?」
ユタが飛び上がらんばかりに驚く。
「ほお……」
威吹は侮蔑を込めた意味で、目を細めた。
浮かんでいる頭部の口からは、炎を吐いてきた。
「最近の鬼族の中には、炎を吐くヤツがいるのか」
「感心してる場合じゃないよ、威吹!」
「まあまあ、ユタ。炎の攻撃ってのは、こうやって使うんだよ!」
威吹は浮かんでいる頭部に向かって、左手を突き出した。
「狐火(強)!」
左手から青白い炎が火炎放射器のように発射され、赤鬼の頭部をその炎で包み込んだ。
赤鬼が鬼火のような赤い炎を吐き出したのとは、随分と対照的だ。
久しぶりに見る、威吹の妖術だった。
頭部は黒焦げになって、床に転げ落ちた。
「狐火(強)!」
「!!!」
威吹はもう1発、赤鬼本体に向かって狐火を放った。
赤鬼は金棒で受け止めたが金棒が灼熱化し、とても持っていられない温度まで上がり、赤鬼は金棒を手放さざるを得なかった。
「お前を地獄に送る前に、ユタが何か話がありそうだ。少しだけ寿命を延ばしてやろう」
「な、何だ?」
「マリアさんとイリーナさんを殺したのは誰!?」
ユタが赤鬼に聞いた。
「ああ、それは……オレだ」
赤鬼は、しれっと答えた。
「!!!」
「オレが妖力を放って、まずはミカエラ(ミク人形)を操った。マリアンナは完全にミカエラを信用しきっていたから、殺すのは簡単だった。イリーナを殺したのは知らん。誰かが便乗して殺したのでは?」
威吹は鼻で笑った。
「喰えぬ女達だったから、お前如きにできるとは思えんな。ユタ、これはやはりあの……ユタ!?」
「くっ……くく……!!」
ユタの変貌ぶりに、威吹は絶句した。
(怒髪衝天!?)
その熟語が頭に浮かんだ。そして、急に訪れる恐怖。ユタの怒りの矛先が赤鬼に向いているのは間違いない。
だが、威吹は自分にもそれが向けられているのではないかと錯覚して、体が震えた。足がガクガク震え、失禁を何とか堪える代わり、持っていた妖刀を落とすほどだった。
「は……はは……ははははは……」
威吹は半狂乱というか、その場に座り込んで、乾いた笑いを繰り返すしかできなかった。
「はぁ……はぁ……」
同じ部屋には肩で息をするユタ。
そしてもう1つは、消し炭と化した赤鬼だったものがいた。
「……威吹」
「はっ!……な、何でござる?」
思わず侍言葉が出てしまった。
「これで、玄関のドアは開いたんだよね?」
「そ、そのはずでござ……そのはずだ……そのはず……」
「大丈夫かい?妖力、使い過ぎた?」
ユタは腰が抜けて立てなくなっている威吹に手を貸した。
「そ、そうかもね……」
威吹はユタの手を借りて、やっと立ち上がった。
(オレは、とんでもない人間を“獲物”にしてしまったのかもしれない……)
威吹はそんなことを考えていた。
(いや!それでいいんだ!こういう人間は滅多にいないぞ!)
威吹は不安を振り払った。
そうしているうちに、玄関に着いた。
「じゃあ、開けてみるよ」
「あ、いや、ここは某(それがし)……もとい、ボクが開けよう。いきなり、外から極悪妖怪が飛び込んで来たら危険だ」
「そう?」
威吹はドアノブを回した。
ガチャ……。
「開いた!」
「やった!これで外に出られるよ!」
ギィィィと威吹はドアを開けた。
「!?」
「うあっ!?」
だが、外で待ち構えていた者がいた。それは……。
続く
「はあ?」
南側の廊下を通ろうとしたユタと威吹。
しかし、メアリーが断固拒否してきた。
「玄関に行くには、こちら側の方が近いだろう?」
「ダメなんです。私、明るい所が……」
「ふうん……。じゃあ、鍵を寄越してもらうしかないな?」
威吹は面倒臭そうに言った。
「まあまあ、威吹。少し遠回りになるけど、北側の廊下を通ろう。確か、そこからでも玄関には行ける」
「ユタがそう言うのなら……」
「ごめんねぇ。威吹、時々気が短くなる時があるんだ」
ユタは済まなそうに言った。
「いえ……」
北側の廊下は確かに日が差しにくいせいか、薄暗い。
「この通路から玄関に行けますわ」
メアリーはニコリと笑った。
「ふん……」
威吹は妖刀を持って、峰の部分を左肩にトントンと当てていた。
「ユタ。玄関に行く前に、ちょっと寄りたい所がある」
「トイレ?」
「違う。こっちだ」
威吹が向かった先は、先ほどの殺風景な部屋。
「メアリーとやら。この部屋には入れるか?」
「ここは……ジルコニアの部屋?」
「人形のくせに個室を与えられているとは、贅沢な人形だな」
威吹は鼻を鳴らした。
「威吹、一対何を……?確かこの部屋は……」
「シッ!」
ユタが何か喋ろうとするのを、威吹は遮った。
「お前の仲間がこの部屋で待ってるぞ?」
「ジルコニアが?」
「ああ。先に入ってみろ」
「……?」
メアリーはジルコニアの部屋のドアを開けた。
「!!!」
本来なら薄暗い部屋だった。
だが、天井が抜け、真上の2階の部屋の床も抜けてしまっていた。
なので、今は2階の天窓からの日光が直接この部屋を照らしていた。
人間のユタでさえ、その眩しさに思わず目を細めるほど。
「とっとと入れ!」
威吹はメアリーの背中を蹴り押した。
「ぅきゃああああっ!!眩しいぃいいいぃぃぃぃっ!!!」
メアリーは両手で顔を押さえ、床をのたうち回った。
「い、威吹?」
「どうもおかしいとは思っていたが、あの人形……」
「うっ!?」
メアリーの姿形が変わって行く。
見る見るうちに、身長2メートルくらいの大男……というか、まるで赤鬼のようだった。
「鬼族の者か!?」
威吹は妖刀を構えた。
「何故だ?何故、正体が分かった?」
「あのミク人形ともまた違う、本当の妖怪の臭いがしたからだ。お前、人形ではなかったな?」
「死ねぇえい!!」
赤鬼は威吹の質問にまともに答えようとはせず、威吹に向かって空中から出した金棒を手に襲ってきた。
「どうやらキノの仲間でも無さそうだから、地獄界に送っても恨まれまい」
威吹は赤鬼の攻撃を何回か交わした。
「臭いが全然違う。地獄界の獄卒にすら成り得なかったヤツだろう。ユタは下がってて」
威吹は妖刀を構え直し、更に向かってきた赤鬼の攻撃を素早く交わす。
力自慢の赤鬼だから、トゲ付きの金棒とまともにやり合うのは危険だ。
しかし、ミク人形とは違い、赤鬼は金属バットの何倍もの大きさのある金棒を軽々と振るった。
「差し詰め、ミク人形が『中堅』、お前が『大将』といったところか」
分かりやすく言えば、ミク人形が中ボスで、この赤鬼がこのダンジョン(?)のボスということだ。
「だが、弱い」
赤鬼が威吹の頭に金棒を振り落した。
「えっ!?」
威吹は何故か避けず、金棒の直撃を受けた。
「ええーっ!?」
ユタは驚いた。が、
「くっ……!」
赤鬼は威吹を倒したというより、むしろ、やられたという顔をした。
赤鬼が倒したはずの威吹は残像。本体は、
「でやあーっ!!」
その背後に回っていて、赤鬼の首を刎ね飛ばした。
「やった!……けど、スプラッター!」
威吹は妖刀に付いた血のりを拭いたが、
「ユタ。まだ油断してはいけない」
「えっ?でも……」
「首と胴体が離れても、ある程度動けるのが鬼というヤツだ。そこは妖狐と違う」
そう言った後で、
「玄関の鍵だけ頂いて行くぞ」
「そんなものは……無い」
「うわっ!」
ゴロッと赤鬼の頭部が動き、それが喋った。
「なに!?どういうことだ!?」
威吹は赤鬼を睨みつけた。
「このオレを完全に倒さねば、あの玄関のドアは開かぬ……」
「げっ!?」
すると、赤鬼の頭部が浮かび上がった。
このまま離れた胴体と再びくっつくのかと思ったが、そうではなく、胴体は起き上がって……また新たな頭部が生えた。
「何だ、これ!?」
ユタが飛び上がらんばかりに驚く。
「ほお……」
威吹は侮蔑を込めた意味で、目を細めた。
浮かんでいる頭部の口からは、炎を吐いてきた。
「最近の鬼族の中には、炎を吐くヤツがいるのか」
「感心してる場合じゃないよ、威吹!」
「まあまあ、ユタ。炎の攻撃ってのは、こうやって使うんだよ!」
威吹は浮かんでいる頭部に向かって、左手を突き出した。
「狐火(強)!」
左手から青白い炎が火炎放射器のように発射され、赤鬼の頭部をその炎で包み込んだ。
赤鬼が鬼火のような赤い炎を吐き出したのとは、随分と対照的だ。
久しぶりに見る、威吹の妖術だった。
頭部は黒焦げになって、床に転げ落ちた。
「狐火(強)!」
「!!!」
威吹はもう1発、赤鬼本体に向かって狐火を放った。
赤鬼は金棒で受け止めたが金棒が灼熱化し、とても持っていられない温度まで上がり、赤鬼は金棒を手放さざるを得なかった。
「お前を地獄に送る前に、ユタが何か話がありそうだ。少しだけ寿命を延ばしてやろう」
「な、何だ?」
「マリアさんとイリーナさんを殺したのは誰!?」
ユタが赤鬼に聞いた。
「ああ、それは……オレだ」
赤鬼は、しれっと答えた。
「!!!」
「オレが妖力を放って、まずはミカエラ(ミク人形)を操った。マリアンナは完全にミカエラを信用しきっていたから、殺すのは簡単だった。イリーナを殺したのは知らん。誰かが便乗して殺したのでは?」
威吹は鼻で笑った。
「喰えぬ女達だったから、お前如きにできるとは思えんな。ユタ、これはやはりあの……ユタ!?」
「くっ……くく……!!」
ユタの変貌ぶりに、威吹は絶句した。
(怒髪衝天!?)
その熟語が頭に浮かんだ。そして、急に訪れる恐怖。ユタの怒りの矛先が赤鬼に向いているのは間違いない。
だが、威吹は自分にもそれが向けられているのではないかと錯覚して、体が震えた。足がガクガク震え、失禁を何とか堪える代わり、持っていた妖刀を落とすほどだった。
「は……はは……ははははは……」
威吹は半狂乱というか、その場に座り込んで、乾いた笑いを繰り返すしかできなかった。
「はぁ……はぁ……」
同じ部屋には肩で息をするユタ。
そしてもう1つは、消し炭と化した赤鬼だったものがいた。
「……威吹」
「はっ!……な、何でござる?」
思わず侍言葉が出てしまった。
「これで、玄関のドアは開いたんだよね?」
「そ、そのはずでござ……そのはずだ……そのはず……」
「大丈夫かい?妖力、使い過ぎた?」
ユタは腰が抜けて立てなくなっている威吹に手を貸した。
「そ、そうかもね……」
威吹はユタの手を借りて、やっと立ち上がった。
(オレは、とんでもない人間を“獲物”にしてしまったのかもしれない……)
威吹はそんなことを考えていた。
(いや!それでいいんだ!こういう人間は滅多にいないぞ!)
威吹は不安を振り払った。
そうしているうちに、玄関に着いた。
「じゃあ、開けてみるよ」
「あ、いや、ここは某(それがし)……もとい、ボクが開けよう。いきなり、外から極悪妖怪が飛び込んで来たら危険だ」
「そう?」
威吹はドアノブを回した。
ガチャ……。
「開いた!」
「やった!これで外に出られるよ!」
ギィィィと威吹はドアを開けた。
「!?」
「うあっ!?」
だが、外で待ち構えていた者がいた。それは……。
続く