前回の続き。
ユタと威吹は室内の惨状に目を疑った。
ユタの場合は一瞬、思考が停止するほどだった。
ドアを開けて、左の壁にそれはいた。
マリアンナ・ベルゼ・スカーレット。『人形使い』の異名を持ち、手持ちの人形を自在に操る魔道師。
しかしそれは一流の魔道師になるための布石に過ぎず、最終的には師匠イリーナのような『クロック・ワーカー(時を操る者)』になるという。
ユタとは実年齢も近く、彼は徐々に惹かれていた。
今回の旅の目的は、正しくそれに基づくもの。
しかしそれが、こんな事態に陥ることになろうとは……。
マリアは上半身を壁にし、その胸には大きなサーベルが突き刺さっていた。
恐らくサーベルは彼女の小柄な体を突き抜け、壁に突き刺さっているのだろう。
そこから大量のおびただしい血が流れ出し、血だまりを作っていた。
そう、威吹が嗅ぎ取っていた血生臭い臭いとは、正にマリアの血の臭いだったのだ。
「ま……マリア……さん?」
ユタはフラフラと糸の切れた操り人形のように、亡骸と化した若い女魔道師に近づいた。
「何で……どうして……こんなことに……!」
ユタはマリアのだらりと垂れた右腕を掴んだ。
その腕にはもはや生気は無く、冷たい蝋人形のようだった。
「今日……言うつもりだったのに……!会って……それから……『好きだ』って、言うつもりだったのに!」
それから、部屋中にユタの絶叫が響いた。
「…………」
部屋の入口近くで威吹はその様子を見ながら、右手を口に当てていた。
人喰い妖怪だった彼が、今更こんな死体を見て気分が悪くなったわけではない。
泣き叫ぶユタに心打たれて、もらい泣きを堪えているわけでもない。
少なくとも江戸時代から生きる威吹には、確かに西洋妖怪のことなど(威吹にとっては、魔道師はもはや西洋妖怪扱い)よくは知らないが、しかしこうも呆気なく殺されるものなのだろうか。
周囲には、争ったような形跡が無いわけではない。
魔道書は散乱しているが、調度品が全て散乱しているわけでもない。
窓ガラスが割れているわけでも、壁に穴が開いているわけでもない。
この魔道師も、なかなか戦闘は派手だということは威吹は知っている。
小さな体に不釣合いの大きな武器を持った人形を何体も駆使して、敵に立ち向かうのだ。
その間、全く無防備になるので、そこが弱点だとされている。
マリアもそれは分かっていて、サッカーにおけるゴールキーパーのような役割の人形を配置するようになったという。
戦闘が激化すると分かれば、それ以外にストッパーやスイーパーも配置して、マリアの護衛に当たらせる。
(そこまでして、これか……)
一体、どんな敵がこの屋敷に来たというのだろう?
いや、それ以前に、もっと不可解なことがある。
(人形はどこ行った!?)
人形使いの屋敷だ。さすがにエントランスホールにはいないが、少なくともここまで来る間の廊下には何体もの人形が転がっている。
そしてこの部屋だって、所狭しと人形が寛いでいるはずだが、全く1体も見かけないのだ。
(人形達はどこに行ったんだ?)
威吹は様子を探るため、他の部屋に行ってみることにした。
(あいつの師匠もだ!)
廊下に出た時、さっきのリビングから鈍い音が聞こえた。
「何だ?」
威吹が部屋を覗き込んだ時、後頭部に強い衝撃が走った。
「しまっ……!」
人生で幾度と無い大泣きをしたユタは、部屋の入口で何か起きたことに気づいて、やっと泣き止んだ。
「威吹!?」
今、正に威吹が床に倒れるところだった。
「威吹!どうしたんだ!?」
「ふふふふ……ははははは………」
その背後にいたのは、
「初音……ミク……!?」
今や強い妖力を身に付け、常にマリアに抱きかかえられている人形がいる。
緑色の長い髪をツインテールにし、フランス人形の衣装を身にまとった人形だ。
背中にはぜんまいが付いていたが、実はぜんまいに見せかけた鍵であり、それはイリーナによって取り外されている。
髪の色と髪型、顔が似ていて、今やピアノ弾きの個体の演奏に合わせて歌を歌うようになったので、ユタが『初音ミク』と名付け、定着した。
その“初音ミク”が邪悪な笑みを浮かべ、死神が持つような大きな鎌を手にして、ゆっくりと室内に入ってきた。
明らかにミク人形は大型化していた。
それまでは赤ん坊くらいの大きさだったのに、今では小学校に入ったばかりくらいの少女の大きさになっている。
しかしそれでも、その身長の何倍もある大きな鎌を抱える姿は異様だ。
「死ねっ!」
ミク人形はユタに鎌を振り落した。
振り落したというよりは、引力に任せて落としたという感じか。
ユタはミク人形の攻撃を交わしたが、マリアの死体に当たり、弾みで死体は完全に床に崩れ落ちた。
「お前がマリアさんを殺したのか!?」
ミク人形は口頭で答えることは無かったが、その代わりに口元を歪める笑みを浮かべたことで肯定したようだった。
「何でだ!マリアさんはお前の主人だろう!?」
マリアは今度はふわりと飛び上がると、鎌を振り上げてユタの首を狙ってきた。
「くっ……くそぉっ!!」
ユタはこの部屋から離脱を余儀なくされた。
「威吹!必ず助けに来るから!」
ユタは恐らくは意識を失っているだけであろう威吹に言うと、部屋を飛び出した。
エントランスホールに行って、玄関のドアを開けようとする。
「うっ!?」
しかし、ドアが開かなかった。
鍵が掛かっているわけではないようだが、まるでドアそのものが開くことを拒むように頑として開こうとしなかった。
ドンッ!
「!?」
ユタの頭上を飛び越えて、大鎌の頭がドアを突いた。振り向くと、快楽的な笑みを浮かべたミク人形がそこにいた。
「っえい!!」
ユタは小さな体のミク人形に体当たりした。
「きゃっ!!」
初めてそこでミク人形は笑みが無くなり、小さい叫び声を上げて倒れ込んだ。
(他の出入口があるはずだ!そこから……!)
どうしてミク人形は生みの親であり、1番に可愛がってくれていたマリアを殺してしまったのだろう。
そして、あの大きさだ。
魔力に応じて大きくなる人形だとは聞いていないが、一体……。
(イリーナさんはどこに行ったんだろう?イリーナさんだったら、ミクでも簡単に倒せるはずなのに……)
ユタはミク人形の追っ手を振り切る為に、とにかく屋敷の奥へ向かった。
この時点では屋敷の中で起きている事態など、まだ全て知らずに……。
ユタと威吹は室内の惨状に目を疑った。
ユタの場合は一瞬、思考が停止するほどだった。
ドアを開けて、左の壁にそれはいた。
マリアンナ・ベルゼ・スカーレット。『人形使い』の異名を持ち、手持ちの人形を自在に操る魔道師。
しかしそれは一流の魔道師になるための布石に過ぎず、最終的には師匠イリーナのような『クロック・ワーカー(時を操る者)』になるという。
ユタとは実年齢も近く、彼は徐々に惹かれていた。
今回の旅の目的は、正しくそれに基づくもの。
しかしそれが、こんな事態に陥ることになろうとは……。
マリアは上半身を壁にし、その胸には大きなサーベルが突き刺さっていた。
恐らくサーベルは彼女の小柄な体を突き抜け、壁に突き刺さっているのだろう。
そこから大量のおびただしい血が流れ出し、血だまりを作っていた。
そう、威吹が嗅ぎ取っていた血生臭い臭いとは、正にマリアの血の臭いだったのだ。
「ま……マリア……さん?」
ユタはフラフラと糸の切れた操り人形のように、亡骸と化した若い女魔道師に近づいた。
「何で……どうして……こんなことに……!」
ユタはマリアのだらりと垂れた右腕を掴んだ。
その腕にはもはや生気は無く、冷たい蝋人形のようだった。
「今日……言うつもりだったのに……!会って……それから……『好きだ』って、言うつもりだったのに!」
それから、部屋中にユタの絶叫が響いた。
「…………」
部屋の入口近くで威吹はその様子を見ながら、右手を口に当てていた。
人喰い妖怪だった彼が、今更こんな死体を見て気分が悪くなったわけではない。
泣き叫ぶユタに心打たれて、もらい泣きを堪えているわけでもない。
少なくとも江戸時代から生きる威吹には、確かに西洋妖怪のことなど(威吹にとっては、魔道師はもはや西洋妖怪扱い)よくは知らないが、しかしこうも呆気なく殺されるものなのだろうか。
周囲には、争ったような形跡が無いわけではない。
魔道書は散乱しているが、調度品が全て散乱しているわけでもない。
窓ガラスが割れているわけでも、壁に穴が開いているわけでもない。
この魔道師も、なかなか戦闘は派手だということは威吹は知っている。
小さな体に不釣合いの大きな武器を持った人形を何体も駆使して、敵に立ち向かうのだ。
その間、全く無防備になるので、そこが弱点だとされている。
マリアもそれは分かっていて、サッカーにおけるゴールキーパーのような役割の人形を配置するようになったという。
戦闘が激化すると分かれば、それ以外にストッパーやスイーパーも配置して、マリアの護衛に当たらせる。
(そこまでして、これか……)
一体、どんな敵がこの屋敷に来たというのだろう?
いや、それ以前に、もっと不可解なことがある。
(人形はどこ行った!?)
人形使いの屋敷だ。さすがにエントランスホールにはいないが、少なくともここまで来る間の廊下には何体もの人形が転がっている。
そしてこの部屋だって、所狭しと人形が寛いでいるはずだが、全く1体も見かけないのだ。
(人形達はどこに行ったんだ?)
威吹は様子を探るため、他の部屋に行ってみることにした。
(あいつの師匠もだ!)
廊下に出た時、さっきのリビングから鈍い音が聞こえた。
「何だ?」
威吹が部屋を覗き込んだ時、後頭部に強い衝撃が走った。
「しまっ……!」
人生で幾度と無い大泣きをしたユタは、部屋の入口で何か起きたことに気づいて、やっと泣き止んだ。
「威吹!?」
今、正に威吹が床に倒れるところだった。
「威吹!どうしたんだ!?」
「ふふふふ……ははははは………」
その背後にいたのは、
「初音……ミク……!?」
今や強い妖力を身に付け、常にマリアに抱きかかえられている人形がいる。
緑色の長い髪をツインテールにし、フランス人形の衣装を身にまとった人形だ。
背中にはぜんまいが付いていたが、実はぜんまいに見せかけた鍵であり、それはイリーナによって取り外されている。
髪の色と髪型、顔が似ていて、今やピアノ弾きの個体の演奏に合わせて歌を歌うようになったので、ユタが『初音ミク』と名付け、定着した。
その“初音ミク”が邪悪な笑みを浮かべ、死神が持つような大きな鎌を手にして、ゆっくりと室内に入ってきた。
明らかにミク人形は大型化していた。
それまでは赤ん坊くらいの大きさだったのに、今では小学校に入ったばかりくらいの少女の大きさになっている。
しかしそれでも、その身長の何倍もある大きな鎌を抱える姿は異様だ。
「死ねっ!」
ミク人形はユタに鎌を振り落した。
振り落したというよりは、引力に任せて落としたという感じか。
ユタはミク人形の攻撃を交わしたが、マリアの死体に当たり、弾みで死体は完全に床に崩れ落ちた。
「お前がマリアさんを殺したのか!?」
ミク人形は口頭で答えることは無かったが、その代わりに口元を歪める笑みを浮かべたことで肯定したようだった。
「何でだ!マリアさんはお前の主人だろう!?」
マリアは今度はふわりと飛び上がると、鎌を振り上げてユタの首を狙ってきた。
「くっ……くそぉっ!!」
ユタはこの部屋から離脱を余儀なくされた。
「威吹!必ず助けに来るから!」
ユタは恐らくは意識を失っているだけであろう威吹に言うと、部屋を飛び出した。
エントランスホールに行って、玄関のドアを開けようとする。
「うっ!?」
しかし、ドアが開かなかった。
鍵が掛かっているわけではないようだが、まるでドアそのものが開くことを拒むように頑として開こうとしなかった。
ドンッ!
「!?」
ユタの頭上を飛び越えて、大鎌の頭がドアを突いた。振り向くと、快楽的な笑みを浮かべたミク人形がそこにいた。
「っえい!!」
ユタは小さな体のミク人形に体当たりした。
「きゃっ!!」
初めてそこでミク人形は笑みが無くなり、小さい叫び声を上げて倒れ込んだ。
(他の出入口があるはずだ!そこから……!)
どうしてミク人形は生みの親であり、1番に可愛がってくれていたマリアを殺してしまったのだろう。
そして、あの大きさだ。
魔力に応じて大きくなる人形だとは聞いていないが、一体……。
(イリーナさんはどこに行ったんだろう?イリーナさんだったら、ミクでも簡単に倒せるはずなのに……)
ユタはミク人形の追っ手を振り切る為に、とにかく屋敷の奥へ向かった。
この時点では屋敷の中で起きている事態など、まだ全て知らずに……。