[5月15日10:30.天候:晴 長野県北部某山中 マリアの屋敷]
それは春からまもなく夏になろうとしていた時のこと……。
稲生は屋敷に届いた郵便物の整理をしていた。
そんなもの屋敷のメイド人形の仕事ではないかと思われるだろうが、メイド人形がいなければ、本来は弟子の役目である。
やはりズバ抜けて、イリーナ宛の手紙が多い。
尚、宛先にはどのように書かれているのか、本当に郵便物が日本郵政によって届くのかどうかは不明である。
「ん?」
そんな中、稲生宛の手紙が届いているのに気づいた。
それは往復はがき。
「ふーん……」
それは稲生が卒業した高校、東京中央学園上野高校の同窓会のお知らせだった。
卒業してからまだ5〜6年ほどしか経っていないが、早くも第1回目の同窓会が行われるようである。
開催日を見ると、それは7月下旬。
ちょうど現役生達が夏休みに入る頃である。
そういえば確かに、終業式の後で卒業生達が同窓会に訪れていたような気がする。
その日に行われる理由としては、終業式ならば先生達も全員集まっているからだろうということらしい。
「なるほどねぇ……」
稲生的には顕正会の勧誘に没頭してしまったり、その過程で初恋の人を事故で失ったりと散々な高校時代だったが、顕正会活動から実質離れた3年生からの1年間はまあまあだったと思っている。
因みに日蓮正宗正証寺へは、大学入学後すぐの御受誡である。
稲生はマリア宛の手紙を持って行った。
「マリアさん宛の手紙です」
「ありがとう。そこに置いといて」
「はい」
稲生は指定された机の上にマリアの手紙を置いた。
「マリアさんもマスター(1人前)になってから、手紙の数が増えましたね。『仕事』の依頼ですか?」
「……ではないな。1人前になったことで、より師匠と近しい立場になったってことで、むしろ師匠への取り次ぎ依頼が多くなったってことだよ。……ま、ある意味仕事と言えば仕事か……」
マリアは自嘲気味に笑った。
だがすぐに無表情に戻って、
「用向きはそれだけ?」
「あ、はい。……あ、いえ、その……」
「? 何だ?用があるなら早く言って」
マリアは首を傾げた。
「実は僕にも手紙が届いてまして……」
「それで?……ん?まさか、まだ見習なのに『仕事』の依頼が来たのか?」
「あ、いや!そういうわけじゃありません!」
「はっきり言って!」
「えっと……ですね……あっ!」
するとマリアの自信作のメイド人形、ミカエラは人形形態でいたのだが、その姿のまま稲生の後ろに回り、パッと稲生が後ろに隠していた往復はがきを奪い取った。
「あっ、ちょっと待って!」
そしてそれを主人であるマリアの所へ持って行く。
「ただのハガキじゃないか。これが一体……」
マリアはその中を読んでしまった。
「ドウソウカイ?何だこれは?ケンショー会の親戚か?」
「違います!……僕の卒業した高校の卒業生が集まって……まあ、パーティーをしようという話です」
「いいじゃないか。何で隠す必要がある?」
「いやあ……。僕、まだ見習で、まだまだ修行しないといけないのに、こういう所に行ってる場合じゃないだろうと思いまして」
「まあ、アナスタシア組やポーリン組だったら、妥当な考えだろうな。だけど、うちの師匠はそんなことでいちいち目くじら立てる人じゃないと思うぞ?」
「そうですか?まずはその前に、マリアさんに相談しようと思いまして……」
「どういうパーティーなのかは知らないが、ユウタが行きたいんだったらいいと思う。ハイスクールのOB達が集まって、ただパーティーをするだけなんだろう?」
「そうです」
「それなら別に、私はいいと思う」
「そうですか。良かった……」
「まあ、確かに一応、師匠にも聞いておいた方がいいかもな」
「先生、次はいつ頃来るでしょうか?」
「噂をすれば何とやらってヤツで、今日中に来るんじゃない?」
「そんな簡単に……」
[同日15:00.天候:晴 同場所]
「やほー♪お茶の時間に合わせて来たよ〜♪」
「……簡単に来た」
「ほらね?」
「んー?もしかして、先生の噂してたのかなぁ?」
イリーナは目を細めたまま、着ていた紺色のローブを脱いだ。
その下は薄紫色のドレスコートになっている。
「ユウタが師匠に相談したいことがあるらしいですよ」
と、マリアが言った。
「なぁに?マリア以外に好きな人できちゃった?」
「!!!」
次の瞬間、マリアのコメカミにビキッと怒筋が立った。
イリーナと稲生、双方を睨みつける。
「なワケないじゃないですか!何言ってるんですか、先生!」
「……だよねー!ユウタ君に限って、そんなこと無いもんねー」
「当たり前ですよ!」
「というわけで、一件落着ぅ。お茶ちょうだい」
「…………」
マリアはまだ険しい顔をしながらも、無言でメイド人形達に合図した。
「あ、先生宛の手紙が沢山届いてまして、先生のお部屋に入れておきました」
と、稲生。
「あー、いつも済まないねぇ。私にとっては、ほとんどダイレクトメールみたいものだから要らないんだけどねぇ……」
「ええっ?」
そんなことを喋っていると、今度は人間形態になったミカエラが紅茶を持って来た。
緑色の長い髪をツインテールにしている為、稲生からは『初音ミク』と呼ばれ、それとよく似た人形だから、『ミク人形』とも呼ばれる。
「……それで、ユウタ君は何を相談したいの?」
「あ、はい。実は午前中、こういうハガキが届きまして……」
ユウタは往復ハガキを差し出した。
「おー!同窓会か〜!いいねぇ!」
「でも僕は修行中の身ですので、そういう所にホイホイ行くのはどうかと思いまして……」
「大丈夫だよ。ユウタ君は普段から真面目にやってるし、素質もある。同窓会に行ったくらいで修行が遅れるほどヤワじゃないってことは、スカウトした私が1番よく知ってるよ」
「……ということは!?」
「人間時代の思い出は大切にね」
「ありがとうございます!」
稲生は喜んで往復ハガキの返信用の部分にある『出席』に丸を付け、早速同窓会の事務局宛てに送ったのだった。
……と、この日はこれで終わったのだが、同窓会が近づくにつれ、段々とイリーナ組の間に不穏な空気が流れて来た。
それは……。
それは春からまもなく夏になろうとしていた時のこと……。
稲生は屋敷に届いた郵便物の整理をしていた。
そんなもの屋敷のメイド人形の仕事ではないかと思われるだろうが、メイド人形がいなければ、本来は弟子の役目である。
やはりズバ抜けて、イリーナ宛の手紙が多い。
尚、宛先にはどのように書かれているのか、本当に郵便物が日本郵政によって届くのかどうかは不明である。
「ん?」
そんな中、稲生宛の手紙が届いているのに気づいた。
それは往復はがき。
「ふーん……」
それは稲生が卒業した高校、東京中央学園上野高校の同窓会のお知らせだった。
卒業してからまだ5〜6年ほどしか経っていないが、早くも第1回目の同窓会が行われるようである。
開催日を見ると、それは7月下旬。
ちょうど現役生達が夏休みに入る頃である。
そういえば確かに、終業式の後で卒業生達が同窓会に訪れていたような気がする。
その日に行われる理由としては、終業式ならば先生達も全員集まっているからだろうということらしい。
「なるほどねぇ……」
稲生的には顕正会の勧誘に没頭してしまったり、その過程で初恋の人を事故で失ったりと散々な高校時代だったが、顕正会活動から実質離れた3年生からの1年間はまあまあだったと思っている。
因みに日蓮正宗正証寺へは、大学入学後すぐの御受誡である。
稲生はマリア宛の手紙を持って行った。
「マリアさん宛の手紙です」
「ありがとう。そこに置いといて」
「はい」
稲生は指定された机の上にマリアの手紙を置いた。
「マリアさんもマスター(1人前)になってから、手紙の数が増えましたね。『仕事』の依頼ですか?」
「……ではないな。1人前になったことで、より師匠と近しい立場になったってことで、むしろ師匠への取り次ぎ依頼が多くなったってことだよ。……ま、ある意味仕事と言えば仕事か……」
マリアは自嘲気味に笑った。
だがすぐに無表情に戻って、
「用向きはそれだけ?」
「あ、はい。……あ、いえ、その……」
「? 何だ?用があるなら早く言って」
マリアは首を傾げた。
「実は僕にも手紙が届いてまして……」
「それで?……ん?まさか、まだ見習なのに『仕事』の依頼が来たのか?」
「あ、いや!そういうわけじゃありません!」
「はっきり言って!」
「えっと……ですね……あっ!」
するとマリアの自信作のメイド人形、ミカエラは人形形態でいたのだが、その姿のまま稲生の後ろに回り、パッと稲生が後ろに隠していた往復はがきを奪い取った。
「あっ、ちょっと待って!」
そしてそれを主人であるマリアの所へ持って行く。
「ただのハガキじゃないか。これが一体……」
マリアはその中を読んでしまった。
「ドウソウカイ?何だこれは?ケンショー会の親戚か?」
「違います!……僕の卒業した高校の卒業生が集まって……まあ、パーティーをしようという話です」
「いいじゃないか。何で隠す必要がある?」
「いやあ……。僕、まだ見習で、まだまだ修行しないといけないのに、こういう所に行ってる場合じゃないだろうと思いまして」
「まあ、アナスタシア組やポーリン組だったら、妥当な考えだろうな。だけど、うちの師匠はそんなことでいちいち目くじら立てる人じゃないと思うぞ?」
「そうですか?まずはその前に、マリアさんに相談しようと思いまして……」
「どういうパーティーなのかは知らないが、ユウタが行きたいんだったらいいと思う。ハイスクールのOB達が集まって、ただパーティーをするだけなんだろう?」
「そうです」
「それなら別に、私はいいと思う」
「そうですか。良かった……」
「まあ、確かに一応、師匠にも聞いておいた方がいいかもな」
「先生、次はいつ頃来るでしょうか?」
「噂をすれば何とやらってヤツで、今日中に来るんじゃない?」
「そんな簡単に……」
[同日15:00.天候:晴 同場所]
「やほー♪お茶の時間に合わせて来たよ〜♪」
「……簡単に来た」
「ほらね?」
「んー?もしかして、先生の噂してたのかなぁ?」
イリーナは目を細めたまま、着ていた紺色のローブを脱いだ。
その下は薄紫色のドレスコートになっている。
「ユウタが師匠に相談したいことがあるらしいですよ」
と、マリアが言った。
「なぁに?マリア以外に好きな人できちゃった?」
「!!!」
次の瞬間、マリアのコメカミにビキッと怒筋が立った。
イリーナと稲生、双方を睨みつける。
「なワケないじゃないですか!何言ってるんですか、先生!」
「……だよねー!ユウタ君に限って、そんなこと無いもんねー」
「当たり前ですよ!」
「というわけで、一件落着ぅ。お茶ちょうだい」
「…………」
マリアはまだ険しい顔をしながらも、無言でメイド人形達に合図した。
「あ、先生宛の手紙が沢山届いてまして、先生のお部屋に入れておきました」
と、稲生。
「あー、いつも済まないねぇ。私にとっては、ほとんどダイレクトメールみたいものだから要らないんだけどねぇ……」
「ええっ?」
そんなことを喋っていると、今度は人間形態になったミカエラが紅茶を持って来た。
緑色の長い髪をツインテールにしている為、稲生からは『初音ミク』と呼ばれ、それとよく似た人形だから、『ミク人形』とも呼ばれる。
「……それで、ユウタ君は何を相談したいの?」
「あ、はい。実は午前中、こういうハガキが届きまして……」
ユウタは往復ハガキを差し出した。
「おー!同窓会か〜!いいねぇ!」
「でも僕は修行中の身ですので、そういう所にホイホイ行くのはどうかと思いまして……」
「大丈夫だよ。ユウタ君は普段から真面目にやってるし、素質もある。同窓会に行ったくらいで修行が遅れるほどヤワじゃないってことは、スカウトした私が1番よく知ってるよ」
「……ということは!?」
「人間時代の思い出は大切にね」
「ありがとうございます!」
稲生は喜んで往復ハガキの返信用の部分にある『出席』に丸を付け、早速同窓会の事務局宛てに送ったのだった。
……と、この日はこれで終わったのだが、同窓会が近づくにつれ、段々とイリーナ組の間に不穏な空気が流れて来た。
それは……。