報恩坊の怪しい偽作家!

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“私立探偵 愛原学” 第3章 「叫喚」 3

2016-07-09 22:25:15 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[6月25日06:00.天候:霧雨 某県霧生市 興雲山大山寺・大講堂]

 私と高橋は霧生市郊外の山あいにある大寺院、大山寺を訪れた。
 この境内の裏手にヘリポートがあり、そこから救助隊のヘリが出ているという話を聞いたからだ。
 寺の関係者であり、『衛士』の腕章を着けた守衛の増田春彦氏から情報を聞くことができたのだが……。

「ヘリポートには行けない!?どういうことですか?」
「うむ……。実は、数日前の土砂崩れで道が塞がれてしまってな、とても徒歩で行ける状態では無いんだ」
「でも、交番のファックスには、ヘリコプターが離着陸するからと書いてあるのに……」
 私は霞台団地交番で入手したファックスを増田氏に見せた。
 増田氏は齢70歳かそれに近い老齢だ。
 恰好は警備員のそれで、長いことこの寺で寺院衛士を務めてきたのだろうが、寄る年波には勝てないようだ。
 ポケットから老眼鏡を出してそれを掛け、ファックスに目を通した。
「うむ……。確かにそう書いてあるが、実はヘリコプターはただの1度も飛んで来ておらんよ」
「ええっ!?」
「これを見なさい」
 増田氏は監視カメラのモニタを操作した。
 一際大きなモニタに、何かが映る。
「これは大本堂裏手の映像だ。この通り、道が塞がれているのが分かるだろう?」
「た、確かに……」
 むしろ、道があったことさえ、言われなければ分からないほどだ。
「で、これがヘリポートの映像だ」
 今度はヘリポートの映像が出て来た。
「拡大せんでも、そこの小さいモニタで逐一確認はできる。だが、私は外で異変が起きてから、ずっとこの警備室に立て籠もっていたのだが、ただの1度もヘリコプターが飛んできたところを見ていないのだ」
「どういうことなんだ?」
「爺さんは何も聞いてないのか?」
「おいおい、高橋さんや。私はまだ爺さんと呼ばれる年齢では無いぞ?もっとも、だいぶ白髪は増えたがな」
「すいません、言葉遣いがなってなくて……。増田さんは本当に何も知らないんですか?」
「ここに立て籠もっていたせいなのか、あいにくな。ヘリコプター云々の話も、愛原さん達から聞いたのが初めてだ」
「うーん……」
 一体、どういうことなのだろう?
 土砂崩れが起きたので、どうせ避難民など来ないと諦めて中止したのか、それとも……。
「このヘリポートに行って、空に向かって合図してみてはどうでしょう?」
 と、高橋。
「何だって?」
「本当は信号弾とか花火とか打ち上げればいいんでしょうが……」
「そんなもの都合良くあるわけないだろう」
「車から発煙筒、何個か頂いて来て、空に向かって合図するというのは?」
「なるほど。それは行けるかもしれない」
 だけど、そんなんでヘリコプターが来るだろうか?
 実はもっと他に、良い合図方法があるのかもしれないが……。
 あとの問題が……。
「増田さん、ヘリポートに行く手段は、本当に崩れた道しか無いんですか?」
「実は、もう1つある。だが、こちらもこちらで問題があるんだ」
「何ですか、それは?」
「私は今、大本堂の裏手にあると言った。それなら、大本堂の中を通れば良い」
「ですよね!」
「だが、肝心の鍵が無いのだ」
「えっ!?」
「ここは警備室だろう、爺さん?何で鍵が無い?」
「大本堂という所は、この大山寺の寺宝を収めている蔵でな、鍵は浅井御主管しか持っておらんのだ」
「浅井……誰だって?」
「浅井昭道御主管。この大山寺の御住職にして、新日蓮宗の総監をも務めていらっしゃる御方だ。異変が発生してからというもの、鍵を持たれたまま行方が分からなくなってのぅ……。この山内の、どこかにいらっしゃるとは思うのだが……」
「カメラで分からないのか?」
「それが、何度も確認しているのだが、カメラの映らない所に隠れていらっしゃるのだろう。どこだか全く分からん」
「俺達で探してこようか?ヘリポートに行ったとしても、発煙筒用意しなきゃいけないしな」
「うん。確か駐車場に、乗り捨てられてる車が何台かあったから、そこから頂戴してこよう」
「いかんいかん。せっかく安全な場所に来られたんだ。救助が来るまで、ここに隠れていた方が良い」
「いや、その可能性は望み薄ですよ、増田さん」
「なに?」
「私達は昨夜、市街地で異変に巻き込まれました。そして、警察が全滅して行く様子を目の当たりにしたんです。こうしている間にも、どんどん生存者がいなくなってしまう。そうなると……町の外はどうなっているか分かりませんが、きっと自衛隊とかも出動しているはずです。生存者ゼロと見なされて、ゾンビなどの化け物を掃討することが優先となるでしょう。最悪その状態になると、私達も流れ弾に当たる恐れがあるわけです。だったら、一刻も早く町の外に出た方が良いというのが私の考えなんです」
「俺も先生の考えに従います。サツが全滅するような状態で、のんびりしたくないです」
「あなた達は勇敢だのぅ……」
「増田さんは、どうしてここに立て籠もろうと思ったんですか?異変が始まった当初は、まだまだ生存者も多かった。その人達と一緒に逃げても良かったのでは?」
「私はこう見えても、この大山寺を守ることが使命の衛士だ。御僧侶方や寺族、そして御信徒方を置いて、さっさと逃げるわけには行かなかったのだよ」
「なるほど」
「それに、さっきも言ったように、御主管がまだ見つかっておらん。御主管もきっと、どこかの堂宇に避難されて、救助を待っておられるはずだ。それなのに、私1人だけ逃げるわけにはいかなかったのだ」
「御立派です。では、やっぱり私達がその浅井御主管を捜してきましょう」
「なに?」
「浅井御主管を救助すれば、増田さんも安心して避難できるでしょう?」
「御主管の命(めい)があればな……」
「じゃ、決まりですね。それにしても、随分と広いお寺です。増田さんは、御主管がどの建物に避難されてるか、想像つかないんですか?」
「う、うむ……。他の人達を避難させるのに精一杯だったからな……。御主管がいらっしゃらないことに気づいたのは、その後のことだ。確か、大坊を出られた所までは確認できたのだが……」
「大坊?」
「御主管が寝泊まりされておられる坊舎のことだ。それだけではなく、修行僧達もまたここで寝泊まりしている」
「そこにはいないんだな?」
「映像を確認したが、戻って来られた様子が無い。恐らく、それ以外の坊舎におられると思う。……すまんな。あまりにも、断片的過ぎて」
「まあ、しょうがないです。じゃあ高橋君、行こうか」
「はい」
「せっかくこの安全な場所に来たのだから、少し休んでから行ったらどうだ?」
「そんなヒマはありません。こうしている間にも、生存者が化け物に殺されたりしてるんです」
「そうか。じゃあ、これを持って行きなさい」
 増田氏は私達にカードキーとマスターキーを持って来た。
「この寺も用心の為に、重要な所は電子ロックを掛けている。本当はマスターカードもマスターキーも部外者に貸し出ししてはいかんのだが、この事態となっては仕方が無い。持って行くと良い」
「これで全ての電子ロックと鍵を開けられるわけですね」
「うむ。但し、大本堂の鍵だけは開かん」
「分かりました」
「あとは、これだな」
 携帯型の無線機。
「巡回用のヤツだが、十分使えるだろう。もし仮に電波状況が悪くて受信できないというのであれば、内線電話もある。それで掛けると良い。ここの番号は110番または119番だ」
「警察と消防みたいですね」
 私達は早速、それらを頂戴した。
「境内に何か、特殊部隊員の死体とかがありましたが、何だか分かりますか?」
「いや、私も知らん。自衛隊か機動隊かと思ったのだが、化け物にあっさりやられてしまった。だからこそ、ここに立て籠もろうと思ったんだがな」
「まあ、ある程度は正解だったようだな」
「高橋君、手分けして探そう。その方が効率的だ」
「分かりました」
「何かヤバそうな状況になったら、無理するんじゃないぞ」
「もちろんです」

 私達は警備室をあとにし、大本堂の鍵を持つという浅井主管を捜すことにした。
コメント (5)
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