[9月5日10:00.長野県北部某所・マリアの屋敷 稲生勇太]
稲生:「まだまだ暑いなぁ……っと、まだ長野は涼しい方なのか」
稲生は自室として与えられた部屋で、パソコンの画面を見ていた。
ネットで天気予報を見ている。
稲生:「っと!こうしてる場合じゃないな。弟子のうちは、何でも勉強勉強」
稲生は自分の部屋を出ると、書庫に向かった。
稲生に与えられている今の修行は、何故か魔道書が大量に保管されている書庫の整理であった。
大魔道師の屋敷なのだから、それに関する書物が大量に保管されているのは必然。
それにしても、その大事な書物の管理を新入り弟子にやらせるとは……。
恐らく、料理人の世界においては、この世界に入った者が1番最初にやる仕事が皿洗いと同じ意味を持つのだろう。
鍵も預かっている。
昼間でも薄暗い館内であり、その雰囲気はホラーチックなものだ。
だが住めば都とはよく言ったもので、今ではすっかり慣れてしまっている。
マリアが魔法で操る人形くらいしか、不思議なモノは闊歩していないので。
稲生:「うーん……。これも修行の一環なんだろうか?」
稲生が資料室に入る度に、書庫は本が散乱している。
多くはアルファベットで書かれているので、それを見てその順に整理すればいいのだが、中にはロシア語やラテン語のものもあり、それをアルファベットに翻訳するのも一苦労だ。
稲生:「タイトルの書いていないものは、『Unknown』にしておこう」
因みに魔道書の中で、タイトルの書いていない本(または非常に読みにくいもの)は、魔道師の間では危険な本扱いとなっている。
呪いの書といっても良い。
それを不用意に開くことは、死亡フラグ立てのバッドエンド直行だとされている。
本自体が低級悪魔の化けたもので、それは相手が人間だろうと魔道師だろうと、その本を開いた者に対して牙を剥く。
最近聞いた話では、それがいつしかバージョンアップして、VHSになったり、LDになったりしているらしい。
今のところ、DVDやBDにまで化けれるようになったという話は聞かないが、しかしそうなるのも時間の問題だろう。
書庫はほとんど窓が無いので、時計が無いと時間が全く分からない。
この部屋自体もまたホラーチックな雰囲気であるが、さすがの稲生ももう慣れた。
それから2時間後……。
稲生:「えーと……これは、Gか。G……っと」
ジリリリリリリ!
稲生:「おわっ!?」
突然、電話のベルが鳴った。
この屋敷には、要所要所に電話機が置いてある。
……のだが、それが洋風の古めかしい黒電話だったりするものだから、いきなりその古めかしいベルが鳴り出すとびっくりする。
それだけは、未だに慣れない。
稲生は急いで脚立から下りると、すぐに電話を取った。
稲生:「も、もしもし?」
マリア:「あー、勇太。そろそろお昼の時間だぞ」
稲生:「あ、はい。今行きます」
稲生は電話を切った。
それから資料室の外に出た。
資料室内そのものが暗い部屋だったせいか、薄暗い廊下であっても、とても眩しく感じる。
稲生はちゃんとこの屋敷の住人という扱いのおかげか、すんなりとマップ間移動……もとい、屋敷の中を移動できるが、もしも侵入者がこの屋敷を荒らそうとしてきた暁には、それこそホラーアドベンチャーのステージと化すだろうとの説明が稲生にされている。
隣の部屋に行こうにも、鍵が掛かっているだけというのは序の口。
仕掛けが施されていて、どこかでその仕掛けを解かないと開かないというドアもあったり。
最悪、この屋敷からは生きて出られないというわけである。
稲生は大食堂に向かった。
大食堂の大きなテーブルでは、1度に10人以上の者が並んで食事ができるようになっているが、今は稲生とマリアの2人だけである。
一応、この屋敷のオーナーはマリアということになってはいるが、それは名ばかりで、実際の主人はイリーナであり、マリアは住み込みの管理人というのが実情である。
ほとんどイリーナが不在である為、管理権を委託されているというもの。
稲生:「お待たせしました」
マリア:「ああ、勇太。ご苦労さん。だいぶ、整理のスピードが早くなったみたいだな」
稲生:「ええ。いい運動にもなりますよ」
マリア:「魔道書は無駄に大きいからな」
マリアの使役しているメイド人形が昼食を運んできた。
どうやら今日は、パスタのようだ。
稲生はミートソース、マリアはボンゴレだった。
稲生:「いただきます」
稲生がモクモクと食べていると、何かを思い出した。
マリア:「なに?何か面白い話?」
稲生:「ええ。実はこの前、大学の友達から電話があって……。東京に残っている友達同士で、合コンをやったそうです」
マリア:「合コン?何だそれ?」
稲生:「あー、えーと……。欧米では、よくホームパーティーやりますよね?」
マリア:「やるね」
稲生:「日本では、その習慣はあまり無いんです。その代わり、それを外の店でやるんですよ。居酒屋とか」
マリア:「あー、なるほど。アウトドアのパーティーか。勇太を誘わないとは……薄情じゃないか」
稲生:「まあ、僕は東京から離れたここに住んでますし……。で、面白いのは、このパスタなんですよ」
マリア:「パスタ?」
稲生:「バイキングって言って、日本には食べ放題の店があって、食べたい物を自分で取り分ける方式があるんです」
マリア:「ああ。確か、ホテルのレストランで、朝食の時とかそんなのあったな」
稲生:「参加した女性の中に、その大皿パスタを取り分けてくれないコがいたって、電話をくれた友達が怒ってましてね」
マリア:「自分で取り分ければいいだろう。女にやらせるつもりか?というか、逆に取り分けてあげないのか?」
ダンテ一門の中には、極端なフェミニストが存在する。
そんな魔女にあっては、男の魔道師が存在すること自体に反対なのだそうだ。
他門からも批判されるほど男女比率が偏っているダンテ一門、その理由はそこにある。
マリアも一時期その仲間であったが、稲生との交流を経て、それは脱している。
……それに関するトラブルもあったわけだが。
稲生:「僕もそう思ったんですが、真相はこうだったそうです」
マリア:「?」
稲生:「自分でその大皿パスタを独り占めにして、誰にも分けなかったんだそうです」
マリア:「何人分ものパスタを1人で食べただって?」
稲生:「はい」
マリア:「……あー、それならその友人は怒って良し」
稲生:「ホームパーティーでも、大皿に盛ったパスタを出してくる家があると思うんですが……」
マリア:「うん。あるだろうね」
稲生:「つまりはその女の子、それを誰にも分けずに1人で食べちゃったというわけです」
マリア:「ダンテ一門のパーティーでそんなことしたら、黒コゲになるぞ」
稲生:「ですよねぇ……。ホテルニューオータニの時だって、高い所にあった食べ物をアナスタシア先生が取ってくれましたし……」
欧米人の率が9割を超えるダンテ一門においては、往々にして長身である者が多い。
イリーナもそうだし、アナスタシアもそうだった。
共に身長は175センチ超えである。
ロシア人だから高いのだろうか。
その時、エントランスホールの方から、メイド人形のダニエラがやってきた。
常に無表情かつ無口であるが、時たま感情豊かな表情も見せることがある(それでも無口ではあるが)。
手には午前中に届いた郵便物を持っている。
郵便物の仕分けもメイド人形達が行っているが、多くはイリーナ宛のもの。
残りはマリアと稲生宛であるが、その中に目を引く1通の手紙があった。
稲生:「アナスタシア先生からですよ!?」
マリア:「……うちの師匠宛じゃないのか?」
マリアは不快そうな顔をした。
稲生:「いや、僕達宛のようです。ほら、もしイリーナ先生宛だったら、ロシア人同士、ロシア語で書くものでしょう?これは日本語で書かれています」
マリア:「大師匠様との約束を破って、勇太を勧誘か?後でうちの師匠に言い付けてやる!」
稲生:「違うかもしれませんよ。いくら何でも、大師匠様との約束を破るなんてことは……。食べ終わった後で、確認してみます」
マリア:「私も一緒に見る。大魔道師クラスが送って来る手紙だ。どんな魔法が仕掛けられてるか、分かったものじゃない」
稲生:「そうですね」
取りあえずは、昼食を先に済ませることにした。
稲生:「まだまだ暑いなぁ……っと、まだ長野は涼しい方なのか」
稲生は自室として与えられた部屋で、パソコンの画面を見ていた。
ネットで天気予報を見ている。
稲生:「っと!こうしてる場合じゃないな。弟子のうちは、何でも勉強勉強」
稲生は自分の部屋を出ると、書庫に向かった。
稲生に与えられている今の修行は、何故か魔道書が大量に保管されている書庫の整理であった。
大魔道師の屋敷なのだから、それに関する書物が大量に保管されているのは必然。
それにしても、その大事な書物の管理を新入り弟子にやらせるとは……。
恐らく、料理人の世界においては、この世界に入った者が1番最初にやる仕事が皿洗いと同じ意味を持つのだろう。
鍵も預かっている。
昼間でも薄暗い館内であり、その雰囲気はホラーチックなものだ。
だが住めば都とはよく言ったもので、今ではすっかり慣れてしまっている。
マリアが魔法で操る人形くらいしか、不思議なモノは闊歩していないので。
稲生:「うーん……。これも修行の一環なんだろうか?」
稲生が資料室に入る度に、書庫は本が散乱している。
多くはアルファベットで書かれているので、それを見てその順に整理すればいいのだが、中にはロシア語やラテン語のものもあり、それをアルファベットに翻訳するのも一苦労だ。
稲生:「タイトルの書いていないものは、『Unknown』にしておこう」
因みに魔道書の中で、タイトルの書いていない本(または非常に読みにくいもの)は、魔道師の間では危険な本扱いとなっている。
呪いの書といっても良い。
それを不用意に開くことは、死亡フラグ立てのバッドエンド直行だとされている。
本自体が低級悪魔の化けたもので、それは相手が人間だろうと魔道師だろうと、その本を開いた者に対して牙を剥く。
最近聞いた話では、それがいつしかバージョンアップして、VHSになったり、LDになったりしているらしい。
今のところ、DVDやBDにまで化けれるようになったという話は聞かないが、しかしそうなるのも時間の問題だろう。
書庫はほとんど窓が無いので、時計が無いと時間が全く分からない。
この部屋自体もまたホラーチックな雰囲気であるが、さすがの稲生ももう慣れた。
それから2時間後……。
稲生:「えーと……これは、Gか。G……っと」
ジリリリリリリ!
稲生:「おわっ!?」
突然、電話のベルが鳴った。
この屋敷には、要所要所に電話機が置いてある。
……のだが、それが洋風の古めかしい黒電話だったりするものだから、いきなりその古めかしいベルが鳴り出すとびっくりする。
それだけは、未だに慣れない。
稲生は急いで脚立から下りると、すぐに電話を取った。
稲生:「も、もしもし?」
マリア:「あー、勇太。そろそろお昼の時間だぞ」
稲生:「あ、はい。今行きます」
稲生は電話を切った。
それから資料室の外に出た。
資料室内そのものが暗い部屋だったせいか、薄暗い廊下であっても、とても眩しく感じる。
稲生はちゃんとこの屋敷の住人という扱いのおかげか、すんなりとマップ間移動……もとい、屋敷の中を移動できるが、もしも侵入者がこの屋敷を荒らそうとしてきた暁には、それこそホラーアドベンチャーのステージと化すだろうとの説明が稲生にされている。
隣の部屋に行こうにも、鍵が掛かっているだけというのは序の口。
仕掛けが施されていて、どこかでその仕掛けを解かないと開かないというドアもあったり。
最悪、この屋敷からは生きて出られないというわけである。
稲生は大食堂に向かった。
大食堂の大きなテーブルでは、1度に10人以上の者が並んで食事ができるようになっているが、今は稲生とマリアの2人だけである。
一応、この屋敷のオーナーはマリアということになってはいるが、それは名ばかりで、実際の主人はイリーナであり、マリアは住み込みの管理人というのが実情である。
ほとんどイリーナが不在である為、管理権を委託されているというもの。
稲生:「お待たせしました」
マリア:「ああ、勇太。ご苦労さん。だいぶ、整理のスピードが早くなったみたいだな」
稲生:「ええ。いい運動にもなりますよ」
マリア:「魔道書は無駄に大きいからな」
マリアの使役しているメイド人形が昼食を運んできた。
どうやら今日は、パスタのようだ。
稲生はミートソース、マリアはボンゴレだった。
稲生:「いただきます」
稲生がモクモクと食べていると、何かを思い出した。
マリア:「なに?何か面白い話?」
稲生:「ええ。実はこの前、大学の友達から電話があって……。東京に残っている友達同士で、合コンをやったそうです」
マリア:「合コン?何だそれ?」
稲生:「あー、えーと……。欧米では、よくホームパーティーやりますよね?」
マリア:「やるね」
稲生:「日本では、その習慣はあまり無いんです。その代わり、それを外の店でやるんですよ。居酒屋とか」
マリア:「あー、なるほど。アウトドアのパーティーか。勇太を誘わないとは……薄情じゃないか」
稲生:「まあ、僕は東京から離れたここに住んでますし……。で、面白いのは、このパスタなんですよ」
マリア:「パスタ?」
稲生:「バイキングって言って、日本には食べ放題の店があって、食べたい物を自分で取り分ける方式があるんです」
マリア:「ああ。確か、ホテルのレストランで、朝食の時とかそんなのあったな」
稲生:「参加した女性の中に、その大皿パスタを取り分けてくれないコがいたって、電話をくれた友達が怒ってましてね」
マリア:「自分で取り分ければいいだろう。女にやらせるつもりか?というか、逆に取り分けてあげないのか?」
ダンテ一門の中には、極端なフェミニストが存在する。
そんな魔女にあっては、男の魔道師が存在すること自体に反対なのだそうだ。
他門からも批判されるほど男女比率が偏っているダンテ一門、その理由はそこにある。
マリアも一時期その仲間であったが、稲生との交流を経て、それは脱している。
……それに関するトラブルもあったわけだが。
稲生:「僕もそう思ったんですが、真相はこうだったそうです」
マリア:「?」
稲生:「自分でその大皿パスタを独り占めにして、誰にも分けなかったんだそうです」
マリア:「何人分ものパスタを1人で食べただって?」
稲生:「はい」
マリア:「……あー、それならその友人は怒って良し」
稲生:「ホームパーティーでも、大皿に盛ったパスタを出してくる家があると思うんですが……」
マリア:「うん。あるだろうね」
稲生:「つまりはその女の子、それを誰にも分けずに1人で食べちゃったというわけです」
マリア:「ダンテ一門のパーティーでそんなことしたら、黒コゲになるぞ」
稲生:「ですよねぇ……。ホテルニューオータニの時だって、高い所にあった食べ物をアナスタシア先生が取ってくれましたし……」
欧米人の率が9割を超えるダンテ一門においては、往々にして長身である者が多い。
イリーナもそうだし、アナスタシアもそうだった。
共に身長は175センチ超えである。
ロシア人だから高いのだろうか。
その時、エントランスホールの方から、メイド人形のダニエラがやってきた。
常に無表情かつ無口であるが、時たま感情豊かな表情も見せることがある(それでも無口ではあるが)。
手には午前中に届いた郵便物を持っている。
郵便物の仕分けもメイド人形達が行っているが、多くはイリーナ宛のもの。
残りはマリアと稲生宛であるが、その中に目を引く1通の手紙があった。
稲生:「アナスタシア先生からですよ!?」
マリア:「……うちの師匠宛じゃないのか?」
マリアは不快そうな顔をした。
稲生:「いや、僕達宛のようです。ほら、もしイリーナ先生宛だったら、ロシア人同士、ロシア語で書くものでしょう?これは日本語で書かれています」
マリア:「大師匠様との約束を破って、勇太を勧誘か?後でうちの師匠に言い付けてやる!」
稲生:「違うかもしれませんよ。いくら何でも、大師匠様との約束を破るなんてことは……。食べ終わった後で、確認してみます」
マリア:「私も一緒に見る。大魔道師クラスが送って来る手紙だ。どんな魔法が仕掛けられてるか、分かったものじゃない」
稲生:「そうですね」
取りあえずは、昼食を先に済ませることにした。