[9月7日11:40.天候:晴 さいたま新都心・コクーン(ムービックス)]
〔「……ただ、これだけは覚えておいて。あなたが罪を犯したとき、その責任を取るのが、あなただとは限らないということ。思いがけないことで、あなたの犯した罪を償わされることもあるのよ。それは、その時に悔やんでも遅いから」〕(バンプレスト社製ゲームソフト“学校であった怖い話”より、仮面の少女のセリフ)
稲生とマリアは1番最初に映画を観に行った。
そこで観たのは、ミステリーホラーというジャンルのもの。
英語での副題は、“School Horror Stories.”とあった。
学校で怪談話を聞く集会をやったら、主人公が本当に遭遇してしまった怖い話とでもいうべき内容だった。
エンドロールまで流れた後で、場内が明るくなる。
稲生:「終わりましたね……」
マリア:「うん……」
稲生は食べ終わったポップコーンと飲み物のトレイを持って、マリアと一緒に外に出る。
稲生:「どうでした、マリアさん?」
稲生はトレイを片付けながら聞いた。
マリア:「面白かった。まるで、魔女の復讐のようだった。ネタとしては悪くない。私も何か復讐する機会があったら、ああいう仮面を被って現れてみようかな……」
稲生:「マリアさんだけは絶対に怒らせない方がいいってことですね」
マリア:「はは……」
稲生:「他には何かありましたか?」
マリア:「1番最初に出て来た女子高生。ほら、逆ギレしてカッターで主人公を襲おうとしたヤツ」
稲生:「はいはい。イジメられて自殺した男子高校生の姉で、主人公がその主犯格だと誤解した人。主人公は思いっ切り否定していたのに……」
マリア:「どことなく、アンナに似てる」
稲生:「あー!」
稲生はポンッと手を叩いた。
マリア:「もっとも、雰囲気が似ているというだけであって、もし本当にあいつが復讐で動こうとしたなら、刃物なんて使わないけどね」
稲生:「魔法による呪いですか。怖いですねぇ……」
マリア:「魔女なんて、そんなもんだよ。私だって、獄卒をそれで呪い殺そうとしたことがある」
稲生:「キノね……」
マリアが使ったのはイリーナから固く使用を禁じられた魔法だった。
マリアはこっそり使ったつもりだったが、当然そんなの誤魔化し切れるはずもなく、すぐイリーナにバレた。
普段は目を細くしているイリーナも、この時ばかりはカッと両目を開き(稲生からは『御開眼』と呼ばれている)、マリアに往復ビンタを食らわせた後で、マスターの資格を剥奪した。
今では“魔の者”との戦いに、魔女達の中で1番優勢に働いた功績が表彰され、大師匠直々にマスターの資格を再度与えられている。
稲生:「じゃあ、次は買い物に行きますか。またイオンにします?」
マリア:「そうだね」
[同日12:10.天候:晴 さいたま新都心駅西口→国際興業バス車内]
バス停に移動した2人。
まだ残暑は厳しく、バスを待つまでの間は暑い。
こんな時、あえて魔道師のローブを羽織ると涼しくなる。
防寒着にもなるし、その逆の効用もある。
だが、傍目から見ると暑そうな恰好に見えるだろう。
着ている本人達には涼しいのだが。
待っているうちに、バスがやってくる。
ごく普通のノンステップバスだ。
『イオン与野SC』と書かれている。
乗り込んで、2人席に座る。
アイドリングストップの為、発車直前にならないとエンジンが掛からない。
つまり、エアコンが入らないということだ。
マリアはローブの中から、シネコンで買ったパンフレットを取り出した。
魔道師は予言者でもあるせいか、ネタバレは全然OKなのだが、まだ見習の稲生はそれは解せないらしい。
さすがに終わった後で、パンフレットを買っていたが。
前に一緒に映画を観に行った時、ネタバレの宝庫であるパンフレットをマリアが気にせず先に購入していたことが稲生には驚きだった。
マリア:「悪魔も登場するような話があると聞いていたんだけど、結局は悪霊ばっかりだったな」
稲生:「そうですね。原作のゲームなんかじゃ、他にもバッドエンド直行の選択肢とかあるみたいですよ」
マリア:「そうなんだ」
1:バスから降りる。
2:そのままバスに乗り続ける。
3:そんなことよりプロテインだ!
マリア:「……何だ、今のフザけた選択肢は?」
稲生:「こっちの選択肢は、あまり重要そうじゃないですねぇ……。例のゲームなんかでも、どれを選んでも結局同じってのがありますからね」
マリア:「なるほど」
そんなことを話している間に、バスのエンジンが掛かる。
頭上のクーラー吹き出しスポットからは、それまでの熱い空気を吹き飛ばすかのように、強風が吹いてきた。
窓側に座るマリアの頭にまともに掛かり、肩の所まで伸ばした金髪がゆらゆら揺れる。
〔「お待たせ致しました。白鍬電建住宅経由、北浦和駅行き、発車致します」〕
〔ドアが閉まります。ご注意ください〕
旧式のブザーが鳴り響いて、引き戸が閉まる。
すぐにバスが走り出した。
〔毎度、国際興業バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスはイオンモール与野、白鍬電建住宅経由、北浦和駅西口行きです。次は北与野駅入口、北与野駅入口。……〕
マリア:「私はスクールメイトを全員復讐の対象とした。私に直接危害を加えた者はもちろんのこと、それを見てるだけのヤツらも含めてね」
稲生:「はい」
マリア:「この『花子さん』とやらは、きちんと実行犯の……だけど、その息子や娘達に手を下すというやり方をしたんだな」
稲生:「そうですね。多分、僕は主人公のように生き残れなかった気がします」
マリア:「そう?」
稲生:「マリアさんはどう思いますか?」
マリア:「私は……復讐者の方だが、甘いなと思った。私がやり過ぎだったのか?私なら、間接的に関わった者や傍観者も全員道連れだけど……」
稲生:「じゃなくて、本当に無関係の主人公に対してですよ」
マリア:「……?」
稲生:「あの『花子さん』が出してきた質問には、ミスリードも含まれていました。それに僕はまんまとハメられたでしょう。それに対して、マリアさんは何も違和感はありませんでしたか?」
マリア:「……無い。あんな回りくどい復讐なんてしないで、直接やればいいのにって思ってた。……勇太は、あれか?この復讐者は無関係な人間をも道連れにしようと思っていたということか?」
稲生:「そうです。それは……却って、罪を深めるだけだなと思いました」
マリア:「魔女達にも聞かせてやりなよ。私もきっとそうだ。勇太に言われるまで気が付かなかった。……私は多分もう無いだろうけど、もし私が誰かに復讐しようとする時、勇太も立ち会ってほしい。私がやり過ぎないように、セーブしてほしい。わがままだと思うけど、いいかな?」
稲生:「いいですよ。無いことを祈りまけど」
マリア:「ああ。多分無いと思うけどね」
バスはさいたま新都心駅から離れ、残暑の厳しい日差しの下、西に向かって進んだ。
〔「……ただ、これだけは覚えておいて。あなたが罪を犯したとき、その責任を取るのが、あなただとは限らないということ。思いがけないことで、あなたの犯した罪を償わされることもあるのよ。それは、その時に悔やんでも遅いから」〕(バンプレスト社製ゲームソフト“学校であった怖い話”より、仮面の少女のセリフ)
稲生とマリアは1番最初に映画を観に行った。
そこで観たのは、ミステリーホラーというジャンルのもの。
英語での副題は、“School Horror Stories.”とあった。
学校で怪談話を聞く集会をやったら、主人公が本当に遭遇してしまった怖い話とでもいうべき内容だった。
エンドロールまで流れた後で、場内が明るくなる。
稲生:「終わりましたね……」
マリア:「うん……」
稲生は食べ終わったポップコーンと飲み物のトレイを持って、マリアと一緒に外に出る。
稲生:「どうでした、マリアさん?」
稲生はトレイを片付けながら聞いた。
マリア:「面白かった。まるで、魔女の復讐のようだった。ネタとしては悪くない。私も何か復讐する機会があったら、ああいう仮面を被って現れてみようかな……」
稲生:「マリアさんだけは絶対に怒らせない方がいいってことですね」
マリア:「はは……」
稲生:「他には何かありましたか?」
マリア:「1番最初に出て来た女子高生。ほら、逆ギレしてカッターで主人公を襲おうとしたヤツ」
稲生:「はいはい。イジメられて自殺した男子高校生の姉で、主人公がその主犯格だと誤解した人。主人公は思いっ切り否定していたのに……」
マリア:「どことなく、アンナに似てる」
稲生:「あー!」
稲生はポンッと手を叩いた。
マリア:「もっとも、雰囲気が似ているというだけであって、もし本当にあいつが復讐で動こうとしたなら、刃物なんて使わないけどね」
稲生:「魔法による呪いですか。怖いですねぇ……」
マリア:「魔女なんて、そんなもんだよ。私だって、獄卒をそれで呪い殺そうとしたことがある」
稲生:「キノね……」
マリアが使ったのはイリーナから固く使用を禁じられた魔法だった。
マリアはこっそり使ったつもりだったが、当然そんなの誤魔化し切れるはずもなく、すぐイリーナにバレた。
普段は目を細くしているイリーナも、この時ばかりはカッと両目を開き(稲生からは『御開眼』と呼ばれている)、マリアに往復ビンタを食らわせた後で、マスターの資格を剥奪した。
今では“魔の者”との戦いに、魔女達の中で1番優勢に働いた功績が表彰され、大師匠直々にマスターの資格を再度与えられている。
稲生:「じゃあ、次は買い物に行きますか。またイオンにします?」
マリア:「そうだね」
[同日12:10.天候:晴 さいたま新都心駅西口→国際興業バス車内]
バス停に移動した2人。
まだ残暑は厳しく、バスを待つまでの間は暑い。
こんな時、あえて魔道師のローブを羽織ると涼しくなる。
防寒着にもなるし、その逆の効用もある。
だが、傍目から見ると暑そうな恰好に見えるだろう。
着ている本人達には涼しいのだが。
待っているうちに、バスがやってくる。
ごく普通のノンステップバスだ。
『イオン与野SC』と書かれている。
乗り込んで、2人席に座る。
アイドリングストップの為、発車直前にならないとエンジンが掛からない。
つまり、エアコンが入らないということだ。
マリアはローブの中から、シネコンで買ったパンフレットを取り出した。
魔道師は予言者でもあるせいか、ネタバレは全然OKなのだが、まだ見習の稲生はそれは解せないらしい。
さすがに終わった後で、パンフレットを買っていたが。
前に一緒に映画を観に行った時、ネタバレの宝庫であるパンフレットをマリアが気にせず先に購入していたことが稲生には驚きだった。
マリア:「悪魔も登場するような話があると聞いていたんだけど、結局は悪霊ばっかりだったな」
稲生:「そうですね。原作のゲームなんかじゃ、他にもバッドエンド直行の選択肢とかあるみたいですよ」
マリア:「そうなんだ」
1:バスから降りる。
2:そのままバスに乗り続ける。
3:そんなことよりプロテインだ!
マリア:「……何だ、今のフザけた選択肢は?」
稲生:「こっちの選択肢は、あまり重要そうじゃないですねぇ……。例のゲームなんかでも、どれを選んでも結局同じってのがありますからね」
マリア:「なるほど」
そんなことを話している間に、バスのエンジンが掛かる。
頭上のクーラー吹き出しスポットからは、それまでの熱い空気を吹き飛ばすかのように、強風が吹いてきた。
窓側に座るマリアの頭にまともに掛かり、肩の所まで伸ばした金髪がゆらゆら揺れる。
〔「お待たせ致しました。白鍬電建住宅経由、北浦和駅行き、発車致します」〕
〔ドアが閉まります。ご注意ください〕
旧式のブザーが鳴り響いて、引き戸が閉まる。
すぐにバスが走り出した。
〔毎度、国際興業バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスはイオンモール与野、白鍬電建住宅経由、北浦和駅西口行きです。次は北与野駅入口、北与野駅入口。……〕
マリア:「私はスクールメイトを全員復讐の対象とした。私に直接危害を加えた者はもちろんのこと、それを見てるだけのヤツらも含めてね」
稲生:「はい」
マリア:「この『花子さん』とやらは、きちんと実行犯の……だけど、その息子や娘達に手を下すというやり方をしたんだな」
稲生:「そうですね。多分、僕は主人公のように生き残れなかった気がします」
マリア:「そう?」
稲生:「マリアさんはどう思いますか?」
マリア:「私は……復讐者の方だが、甘いなと思った。私がやり過ぎだったのか?私なら、間接的に関わった者や傍観者も全員道連れだけど……」
稲生:「じゃなくて、本当に無関係の主人公に対してですよ」
マリア:「……?」
稲生:「あの『花子さん』が出してきた質問には、ミスリードも含まれていました。それに僕はまんまとハメられたでしょう。それに対して、マリアさんは何も違和感はありませんでしたか?」
マリア:「……無い。あんな回りくどい復讐なんてしないで、直接やればいいのにって思ってた。……勇太は、あれか?この復讐者は無関係な人間をも道連れにしようと思っていたということか?」
稲生:「そうです。それは……却って、罪を深めるだけだなと思いました」
マリア:「魔女達にも聞かせてやりなよ。私もきっとそうだ。勇太に言われるまで気が付かなかった。……私は多分もう無いだろうけど、もし私が誰かに復讐しようとする時、勇太も立ち会ってほしい。私がやり過ぎないように、セーブしてほしい。わがままだと思うけど、いいかな?」
稲生:「いいですよ。無いことを祈りまけど」
マリア:「ああ。多分無いと思うけどね」
バスはさいたま新都心駅から離れ、残暑の厳しい日差しの下、西に向かって進んだ。