報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“Gynoid Multitype Cindy” 「ロイド達の一夜」

2016-06-02 22:46:49 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月16日23:00.天候:晴 アメリカ合衆国アーカンソー州リトルロック・市街地のホテル]

「まだ“起きて”たの?早いとこ“寝”なさい」
 シンディはリンとレンの部屋に入った。
 双子のボーカロイドは、部屋のテレビを観ていた。
「シンディ。いや、新しいバッテリーを入れてくれたおかげで、そんなに減ってはいないんだ」
「リンも」
「そりゃまあ、アタシもついさっき充電が終わったところだけどね……」
「シンディは社長達についていなくていいの?」
「せっかくの旅行なんだもの。事件も解決したことだし、今夜は夫婦水入らずの夜ね」
「でも、まだ油断できないんでしょう?」
「まあ、社長達の部屋、隣だし。いざとなったら、壁ブチ破ってでも駆け付けるわよ」
 シンディは片目を瞑った。
「ルディはアタシが頭を撃ち抜いてやったし、後でクエントがそいつの燃料電池をスッカラカンにしてやったから、もう動けないからね。ジャニスはエミリーがダメージを与えてくれたみたいだけど、結局、社長達がトドメを刺したって感じ」
「社長が!?」
「社長だけじゃなく、クエントもアリス博士も平賀博士も……」
「凄いね!社長、マルチタイプに立ち向かうなんて」
「ええ。ジャニスの敗因は、人間をナメたことよ。エミリーをバッテリー切れに追い込んで勝ったと思ったのはいいけど、それで油断したのが大きな原因ね」
「社長達、強いもんね」
「うん!」
「ていうか……」
「ん?」
 シンディは贖罪の為、前期型のメモリーをあえて残されている。
 敷島も生身の人間だ。
 自分の装備している銃火器で簡単に屠れるはずなのに、何故か敷島にはそれができる確率を計算すると、とても低く出るのだ。
「とにかく、あなた達も社長達の言う事をよく聞くのよ?」
「もっちろん!」
「当然だよ」
「どれ……」
「『寝る』の?」
「その前に体を洗いたい。あの戦いの後で、ろくに“洗浄”してないの」
 シンディはそう言って、自分の着ている服を脱ぎ始めた。
「あぁあ、ほら、レン!向こう向いてて!」
「う、うん!」
 リンが慌てて双子の弟を、明後日の方向に向けさせる。
「あー、そうだったわね。ゴメンね。気が利かなくて」
 それでもシンディはワンピースは脱いで、同じ色のビキニだけになると、その恰好のままバスルームに入った。

 シャワーで体を洗っていると、
{「シンディ。無事か?」}
 エミリーから通信が来た。
「姉さん」
{「やっと・修理が・終わった」}
「もう!?姉さん、かなり損傷してたって聞いたけど……?」
{「プロフェッサー平賀と・ヘルプの・スタッフさん達の・おかげだ」}
「ま、平賀教授の腕前なら、納得行く所はあるけどね」
{「シンディは・どうだ?」}
「私は姉さんほどやられたわけじゃないから。すぐに終わったよ」
{「そう、か」}
「姉さんが動けなくなった後、社長達がジャニスに総攻撃したんだってね。信じられないわ」
{「私は・役立たず・だ。申し訳無い」}
「そんなことないよ。誰も姉さんが『役立たず』だなんて言ってないよ」
{「そうか?」}
「そうだよ。姉さん、今は平賀教授の護衛中なんでしょう?」
{「プロフェッサー平賀と・ミズ鳥柴は・お休み中だ」}
「鳥柴さんと同じホテルなの?大丈夫?」
{「? 何が?」}
「いや、奈津子博士にバレたら……」}
{「同じ・部屋に・泊まっている・わけでは・ない」}
「大丈夫なの?」
{「お前が・敷島社長の・『護衛』を・しているのと・同じように・私も・プロフェッサー平賀の・『護衛』を・ドクター奈津子より・仰せ使って・いる」}
「あ、そういうことなの」
{「だから・心配無い」}
「そうね」
 平賀太一と奈津子では勤務している大学が違うが、研究内容は全く同じであり、奈津子はその大学の専任講師である。
{「鏡音リン・レンは?」}
「元気に稼働してるよ」
{「リン・レンこそ・むしろ・護衛を・強化した方が・良いかも・しれない」}
「油断はしないわ」

 そこで通信が終わった。
 シンディはアルバート常務の話を聞いていた。
 ボーカロイドに備わっている特殊な力を最大限に発揮させると、その力はマルチタイプ以上だと。
 電気信号を歌に換えて歌うことがそうであるとシンディも知っていた。
 前期型の時、それで痛い目を見たことがある。
 初音ミクがそれをやったものだから、前期型の時はミクを目の敵にしたものだ。
 だが、ミクだけではなかったということだ。
 東京決戦の時は、今の敷島エージェンシーの古参ボカロ全員が総出で電気信号の歌を歌い、バージョン3.0の軍団の指揮系統をメチャクチャにした。
 それへの対策は中堅型の4.0になっても、最新型の5.0になっても不可能であるという。
 ボカロの歌は聴いた人間を幸せにする。
 アイドルなら誰でもそれを目指すものだが、ボカロはそれを既に達成してしまっている。

 シンディは体を洗った後、いつものビキニを着用して、その上からバスローブを羽織った。
「おっ、シンディ。キレイになったね」
 リンが笑みを浮かべた。
「やっとキレイになったわ。……ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「なーに?」
「『上手く歌うんじゃなくて、心を込めて歌うよ』って歌詞、知ってる?」
「ああ!それ、みくみくの持ち歌だよ!」
「前にライブで披露してたね。でも、それがどうしたの?」
「上手く歌うんじゃなくて♪心を込めて歌うよ♪世界中でたった1人の♪キミの為にー♪」
 リンが試しに、シンディが気にした歌詞のワンフレーズを歌ってみた。
「リン、ミクのカバー曲できそうだね」
「最近、みくみくの歌のカバー歌ってばっかだもんね」
「知ってるわよ。でも、“千本桜 〜和楽ヴァージョン〜”は大好評だったじゃない」
 この双子のボカロ、14歳という低年齢設定の割には、こぶしの利いた歌い方もできる。
 初音ミクの持ち歌である“千本桜”を和風テイストにしたカバー曲は、双子のこぶしの利いた歌い方が好評であったという。
「まあね」
「社長が、僕達のこぶしが使えると気づいてくれたようです」
「こぶしか……」
 シンディは何か考えた。
「なに?どうしたの?」
(このコ達、こぶしを利かせると、何か変な信号が出るとか、そういうことなんだろうか……)
 シンディは、どうしてもアルバート常務の言っていたことが気になっていた。
 リンとレンを連れ去ったのは、たまたまだったのだろうか。
 もし今回来ていたのがMEIKOとかKAITOであっても、連れ去られていたのだろうかと……。
「シンディ?」
「あ、いや、何でもないわ。そうだ。『寝る』前に、少しカードゲームでもしましょうか」
「おおっ!?いいねぇ!」
 シンディは荷物の中から、トランプを出した。
「なになに?ポーカーでもやるの?」
「ブラックジャックなんてどう?」
「いいねぇ!」
(“大魔道師の弟子”、クイーン・アッツァー号のカジノに出てきた女ディーラー……w)
 レンはニヤッと笑った。
「社長からは起床時に、アタシ達のバッテリーが100%になっているようにしておきなさいっていう指示だから」
「はーい」

 後でシンディ達のメモリーがチェックされた時、
「まるで人間みたいなやり取りだなー」
 と、敷島がつぶやいていたという。
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“Gynoid Multitype Cindy” 「一方その頃……」

2016-06-01 20:08:24 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月16日23:00.天候:雨 アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市郊外 DC Inc.ヒューストン工場]

 エミリーはシンディよりも損傷が激しかった為、部品調達などが容易な工場に搬送された。
 幸い、人手も工場の従業員などを借りることができ、修理は順調に進んだ。
 工場に運び込まれたロイドはエミリーだけでなく、残骸となったジャニスとルディ、そしてマーティであった。
 ジャニスとルディにあっては社内でも公表されていたが、マーティはまだ実験中であった為か、知られていなかった。
 平賀はエミリーの修理を最優先にしても良い上、それに関する支援を受けられる代わり、ジャニス達の調査への協力を頼まれた。
 デイライト・アメリカにも研究者はいたのだが、あの騒ぎで大部分が殺されたり、重傷・重体になったりして、満足に調査できる状態ではなかったからだ。
「……これで良し。あとは、新しいバッテリーを装着して起動させるだけ」
 手伝いや見学していたデイライト社員からは歓声が上がった。
 充電済みの新しいバッテリーを装着して起動させると、エミリーが目を覚ました。
 そして起動時に行う、ロボット三原則の唱和を行う。
 これは特に規格で決まっているわけではないが、日本製の特徴である。
「お疲れさまでした、平賀教授」
 同じく立ち会いをしていた鳥柴が声を掛けてくる。
「すぐに宿舎に入ってお休みください」
「そうさせてもらいます。いや、さすがに30代に入ったばかりくらいまでは3徹(3日間徹夜)しても大丈夫だったのに、そろそろキツくなって来ましたよ」
「本来でしたらこの後、ジャニス達の調査のお手伝いをお願いをする所ですが、状況が状況なだけに、後日にしてもらうようお願いしておきました」
 と、鳥柴が言った。
「まあ、時間も時間というのもあるんですが」
「日本時間だと、真昼なんですがねぇ……」
 平賀が部屋の外に出ようとすると、エミリーがついて来ようとする。
「あ、エミリー。ちょっとタバコ吸って来るから、そこで待っててくれ。まだ、コードやらケーブルやら外してない」
「……イエス。プロフェッサー平賀」
 確かに、エミリーの体には何本かそれが繋がったままだった。
 エミリーは平賀達を見送ると、上半身を再び台の上に横たえた。
 シンディと交信しようとするが、シンディが応答しない。
 但し、接続はされるので、恐らく充電中なのだろう。
 GPSで追うと、アーカンソー州リトルロックにいることが分かった。
 製造されて間もない“ヒヨっ子”なら、慌てて姉妹機の所に駆け付けようとして一騒動起こすところだが、長年稼働して学習を重ねているエミリーなら、シンディの置かれている状況を“予想”でき、当たっていそうな確率の高い予想は深刻なものではない為、慌てる必要は無い。

 しばらくして平賀が戻ってくると、体中に接続されていたコードなどが外された。
「よし。すぐに服を着たら、出発するぞ」
「イエス」
 エミリーは修理中は全裸状態であり、渡されたいつものコスチュームを着た。
 基本的にシンディとは構造の同じ服だが、シンディが肘まで隠れる革手袋を嵌めるのに対し、エミリーは手首までの白い手袋(運転手やホテルのドアマンなどが着ける物)を着ける。
 以前はシンディと同じ革手袋を着けていたが、南里が在世していた頃、平賀が進言したことがあり、それが通った形だ。
 どうしても黒い革手袋は威圧感があり、エミリーを世の為・人の為に働かせるのなら、白手袋の方が良いと。
 シンディにあっては平賀の管理下に無い為、余計なことを言わないだけだ。
 ただ、敷島も薄々感じているのか、自分の会社で秘書として働かせている間は手袋を取らせている。
 ブースターを内蔵したブーツを履くと、
「お待たせ・しました」
「よし。じゃ、行こう」
 鳥柴が、
「夜のヒューストンも治安が悪いので、車でお送りします」
「お願いします。まあ、こっちには強力な護衛がいますけどね」
 平賀は後ろからついてくるエミリーのことを暗に言った。
「ギャングの1つや2つ、1日で潰せます」
「お任せ・ください」
「ま、まあ、取りあえずはホテルに入って、お休みください」

 キャデラックでホテルに送られたが、クエントは入院中である為、運転手は別の人物であった。
 確かに途中で、ストリートギャング……ではないだろうが、恐らく夜の町の治安を悪くしているであろう集団をちらほら見ることができた。
 先ほどのヒューストン工場は郊外にあるからまだいい上に、セキュリティもしっかりしている。
 ホテルも高級な部類に入り、ホテル荒らしに注意すれば良い。
「敷島さん達は、もう寝てるかな」
「イエス。シンディは・充電中と・思われます。それは・既に・敷島社長や・ドクター・アリスが・お休みに・なられている・公算に・なるかと」
「そうだな」
 ヒルトンホテルに入ると、その部屋は広く、エミリーを保管して寝るにはちょうど良かった。
「もうバッテリーは満タンに近いが、取りあえず、コードは繋いでおく。明日、100%の状態で動けるようにしておいてくれ」
「イエス。プロフェッサー平賀」
 エミリーはバスルームのバスタブに湯を張った。
 平賀の為に動くエミリーを見て、
「……うん。自分も、これでいいと思う」
 と、頷いた。
(アメリカ人の考えるマルチタイプは、日本人の自分らが考えるマルチタイプとは違うみたいだな。アルバート所長は、まるで自分達がマルチタイプをメイドロイドの代わりとして使うことを否定していたが、大いなる誤解だ。メイドロイドの仕事できるというだけで、それだけに使うというわけではないんだがな)
「プロフェッサー平賀、お湯の・温度は・42度で・よろしいですか?」
「それで頼む」
「イエス」
 もちろん、バスタブの蛇口に温度を調整できるスイッチがあるわけではない。
 エミリーが手を入れて、そのセンサーで温度を測っているのである。
「風呂上がりに、マッサージも頼む。さすがに、今回は疲れた」
「かしこまりました。お湯の・用意が・できました」
「うん。ありがとう」
 敷島は色々とビジネスマンとしての策略を練っているようであり、マルチタイプの研究を全てデイライト・ジャパンにさせるよう、重役に提案するつもりであるという。
 但し、敷島の立場はあくまで外部であるため、アリスにそれを言わせるつもりであるようだ。
 アルバート所長の失敗を見て、平賀もその方が良いと思うようになった。
(そもそも、人間そっくりのロイドを作るなんて発想、日本ならではだからな。確かに、日本に全て任せてもらった方がいいかもしれない)
 ロボット産業の草分け的企業であるデイライト・コーポレーションだったが、この事件でもって、人間型ロイドの開発には懲りただろうから……。
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“Gynoid Multitype Cindy” 「リトルロックの一夜」

2016-06-01 17:17:27 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月16日21:00.天候:晴 アメリカ合衆国アーカンソー州州都リトルロック・市街地のホテル]

 夜になってようやくボーカロイドの規格に合ったバッテリーが届き、これで鏡音リン・レンの再起動が可能になった。
「すいません、御迷惑をお掛けして……」
 レンが申し訳無そうに言った。
「いや、お前達のせいじゃない。とにかく、お前もリンもシンディも無事だったから、ここではもう何もすることが無いな」
「シンディは無事でしたか」
「ああ。今、俺の部屋で充電してる。この部屋はお前とリンで自由に使っていいから」
「ありがとうございます」
「じゃ、俺は下のレストランで夕食を取ってくる」
 シンディの修理とリン・レンの再起動に立ち会っていた為、遅い夕食となった。

 充電中のシンディを部屋に置いて、敷島とアリスはホテルのレストランへと向かった。
「リトルロックの治安も、あまり良くないから、夜は外に出ない方がいいね」
 と、アリス。
「シンディが動けない以上、今のアタシ達は丸腰のようなものだから」
「さすがにもう銃撃戦は勘弁だよ」
 レストランに入ると、敷島が頼んだのはビーフステーキ。
「アメリカに来てから、こればっかだ。そろそろ日本食が食べたいよ」
「気持ちは分かるわ。日本の方が食事は美味しいよね」
 しかし分厚いステーキを頼んだら、日本では数千円以上吹っ飛ぶのに、ここではそれ以下だ。
「レアで頼むよ、レアで。分かった?」
 敷島のしつこい注文をアリスが英訳する。
 アリスの英語を聞いたウェイターは、にこやかに頷いた。
「前に別のレストランでミディアムで頼んでみたら、ウェルダンで来やがった。今度はレアだぞ。アメリカ人ってのは、皆ウェルダンで食いたがるのか?」
「いや、そんなことは無いよ」
 さすがのアリスも眉を潜めた。
 赤ワインを口に運ぶ。
「アタシだって、焼き加減のマックスはミディアムだね」
「だよなぁ」
「ネイティブ・アメリカン(旧称、インディアン)なんかはウェルダンで食べたがるかもね」
「なるほど。こういう時、アメリカ文化のあれ……バーベキューなんかやってみると面白いだろうな。俺は絶対レアだから」
「そうだねぇ……。キース辺りはウェルダンで食べそうね」

 そんなことを話していると、早速、ステーキが運ばれてくる。
 アメリカはチップの文化であるので、ウェイターにはその時、チップを渡す。
 実際には、席に案内される前に渡すと良い席に案内してくれる。
 だが敷島は、この時点ではチップを渡さない。
 渡されないので、ウェイターは文字通り、そこで待たされることになる。
 敷島が何を意図しているのかというと、まずは肉のど真ん中をステーキナイフで真っ二つに切った。
 すると、
「やはり!」
 レアと注文した割には、中もしっかり焼けていた。
「ちょっと、さっきのウェイター呼んでくれ」
 敷島が注文を取ったウェイターを呼ぶと、
「私はレアと頼んだはずだ。覚えているね?」
 敷島があえてしつこく注文したのは、ウェイターに覚えさせる為であった。
 その為、ウェイターも、
「はて?何のことやら」
 と、トボけることができない。
「で、これはどう見てもウェルダンに見えるが、どうか?」
 敷島の“破折”に、反論不能のウェイターは顔色を変え、
「申し訳ありませんでした。ですが私は、ちゃんと厨房のコックに伝えてあります。すぐに替えをお持ちしますので、しばらくお待ちください」
 と、ウェイターはウェルダンに焼かれた肉を下げた。

 しばらくして、再び件のウェイターがステーキ肉を持って来る。
 神妙な面持ちで敷島の“精査”を、固唾を飲んで見守っている。
 敷島もまた神妙な面持ちで、ステーキ肉を真っ二つに切った。
 今度はちゃんと肉の内側には赤みが残っており、文字通り、『血のしたたるステーキ』が出来上がっていた。
「これならいいよ。ありがとう」
 敷島はニッコリ笑って、そのウェイターにチップを渡した。
 ウェイターもホッとした様子で、敷島からチップを受け取った。
「日本だと、逆にこうは行かないよなー」
「まあ、そうね」
 その理由は先述した通り、日本ではステーキ肉が高価である為、こういったやり直しをなるべくしたがらない(店の損益が大きい)傾向がある。
 その分、アメリカより丁寧な仕事はするのだが。
 また、アメリカはチップ制であり、飲食店の従業員は客からのチップが店からの給料よりも多い為、客の機嫌を損ねてチップが貰えないとなると大変だからである。
「シンディの調子はどうだ?」
「エミリーより損傷が小さくて済んだのが良かったね。あとは充電するだけよ」
「リンとレンも大丈夫そうだ。だが、もしかしすると、デイライト側からメモリーだのデータだのはコピーされたかもしれない」
「その可能性はあるね」
「なあ。アルバート常務の言っていた、『ボーカロイドの力を最大限に引き出すと、それはマルチイプよりも優れる』ってのは何なんだ?」
「ヒントは東京決戦よ」
「東京決戦?」
「タカオ。あなた、東京決戦を行う時、ボーカロイド達に何をしたかしら?」
「歌を歌わせたな。確か……ああっ!?」
「思い出した?」
「バージョン連中の制御をメチャクチャにする為に、あいつらにそういう電気信号を放つ歌を歌ってもらった。確か、“初音ミクの消失”だ」
「その通り、じー様が放ったバージョン3.0達は殆どが動きを止めたり、同士打ちをしたりしたでしょう?あの時、タカオはバスを強奪して、バージョン達の包囲網に突っ込んで行ったことが武勇伝になってるけど、本来それはできないことだよ?」
「強奪とか、人聞きの悪いことを言うなっ!無断拝借と言え!」
「似たようなものじゃない」
 尚、さすがに敷島もばつが悪かったのか、バージョン包囲網に突っ込んで全損させたバスにあっては、後にバス会社に弁償している。

 
(東京決戦時における前期型のシンディとバージョン3.0軍団。シンディの周辺にいた個体達は活動を続けたが、ボカロ達が電気信号の歌を歌った為、実際にテロ活動を行った数は激減したという)

「アルバート常務は、ボカロ達のそんな機能を何かに使おうとしたのか?」
「恐らく、そうだろうね。でも本人は死んだし、アルバート所長が口を割るかどうか……」
 アリスは首を傾げて、自分はミディアムに焼いてもらったステーキ肉を頬張った。
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“Gynoid Multitype Cindy” 「戦いの後」

2016-06-01 10:26:54 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月16日06:00.天候:晴 アメリカ合衆国アーカンソー州某所・DC Inc.アーカンソー研究所]

 敷島達の戦いの後、今度は地元の警察隊がやってきて、所内の捜索を開始した。
 そこでジャニスやルディに射殺されたと思われる研究員など、関係者の遺体を回収。
 また、屋上においてはアルバート・ブラックロード常務の遺体を回収した。
 アルバート・F・スノーウェル所長も、警察に逮捕された。
 シンディの目から撮影された映像と、屋上に設置されている監視カメラの映像から、アルバート所長が自身のコピーロボットを使って、常務を射殺したことが証拠となった。
「たかだか会社から独立する程度で、ここまで騒ぎを起こすことも無かったんじゃないのかい?」
 敷島は連行される直前のアルバート所長に言った。
 アリスが通訳する。
「……未だ世界の人々はマルチタイプの優秀さが分かっていない。演出を派手にやる必要があった。あなたのメイドロイドと同じ使い方では、世間は受け入れない」
「目立ったのはうちのエミリーとシンディで、ジャニスとルディは完全に悪役じゃないか。そんなんで……」
 するとアルバートはニヤリと笑った。
「“マルチタイプを世界一使いこなす男”が、ジャニスとルディをどのように扱ってくれるかの実験をしたかった。やはり、常務の言う通りだ。『所詮はそんなものか』」
「……デイライト・コーポレーション・アメリカは1度、業務停止処分食らった方がいいんじゃないのか?」
 敷島は頭痛のようなものを感じて言った。
「それが結論だ」
 アルバートは更に笑みを浮かべて大きく頷いた。
 そして、警察のヘリコプターに乗せられ、州警察の本部があるリトルロックへと飛び去って行った。
「多分、業務停止処分食らうでしょうね」
 アリスは腕組みをして深刻そうな顔をした。
「日本法人は、いっそのこと独立しちゃったら?日本法人は良識的なんだがなぁ……」
「いや、こっちも本当はそうだと思うよ。ただ、一部の役員とその部下が暴走しただけ」
「それを『自浄能力が無い』って言うんだよ」
「博士、社長……」
 シンディがゆっくり近づいて来た。
「おっ、シンディ。大丈夫だったか?」
「クエントが、ルディの燃料電池から、私に電気を回してくれたんです。今は、何とか30%ちょっとあります」
「そうか。後でちゃんと充電するからな」
「それより、姉さんは……」
「損傷が激しいから、平賀先生が鳥柴さんに頼んで、デイライト本社からヘリを1機飛ばしてもらった。ダラス支社も壊滅状態だから、クエントのツテでテキサス州のヒューストン工場まで搬送している。後で俺達も行こう」
 と、その時だった。
「ちょ、ちょっとそこの!日本のエージェント達!」
「ん?」
 警察隊の幹部が慌てて走って来た。
「ちょっと手伝って欲しいんだが!」
「何かあったの?」
 アリスが聞いた。
「地下階を捜査していたら、水没エリアに、変なマーメイドみたいなロボットが襲って来て大変なんだ!何とかしてくれよ!」
「水没エリアの変なマーメイドって、マーティのことか……」
「まだ稼働してたのね、あいつ」
「シンディ、できるか?」
「ええ。行ってきます。だいぶ弾を撃ち尽くしたので、弾薬をください」
「あの警察トラックの中に、マグナム弾でもマシンガン弾でもライフル弾でも何でもある。好きなだけ持って行ってくれ」
 警察隊幹部は、正面エントランス横に止まっている警察のトラックを指さした。
「弾薬を補充したら、すぐに来てくれ。こっちだ」
「! シンディ。ちょっと、その前に……」
 敷島は何か悪巧みを思いついたようだ。
 そして、シンディにそっと耳打ち。
「ええーっ?」
「どうせこの研究所は潰されるだろうし、デイライトさんも業務停止処分食らう運命だ。それを理由にギャランティ値引きされる思いするなら、こっちも先手を打つ」
「……どうなっても知らないよー」

 シンディは見事、マーティの『捕獲』に成功した。
 何の制御もされていない状態であったために暴走していたが、事件が起きる前までは大水槽内で研究員達に愛嬌を振り撒いていたらしい。
 今の暴走状態では、全く想像がつかないが。
「放してぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「うるさい!おとなしくしないと、『活け造り』にしちゃうよ!?」

 敷島:「あー、マーティに『観念したら豪勢に船盛にしておく』と伝えておいてくれ」
 アリス:「何よ、Funamoriって?……って、なに!?マーティを持って帰るの!?」
 敷島:「沖縄の美ら海水族館に10億円で売り付けてみる」
 アリス:「ムリムリ!!」

 潰れ掛かった会社から資産をネコババする火事場泥棒の敷島だった。

[同日15:00.アーカンソー州リトルロックシティ・市街地の某ホテル]

 取りあえず敷島とアリスは、デイライトが用意してくれたホテルに入って休むことにした。
 アリスは寝る間も惜しんで、シンディの修理を行った。
 恐らく今頃、平賀も同じことをしているだろう。
 鳥柴と連絡を取って、翌日、ニューヨークにあるデイライト本社に行くことになった。
 色々と重役が話をしたいらしい。
 尚、
{「マーティはお詫びとして差し上げるとのことです」}
「マジで!?本当にいいの!?タダで!?『1億ドル寄越せ』って言われるかと思った」
 輸送費くらいは自己負担かと思ったが、そもそも日本から連れて来たロイド達の往復輸送費はデイライト負担であるため、そこに抱き合わせすれば良いので、大して変わらないという。
{「ヒューストンから会社の飛行機を飛ばすことになりました。それでまず私と平賀教授が乗って、敷島社長とアリス主任のリトルロックへ向かいます。そこで合流してください。リトルロックのナショナル空港です。キースが迎えに行きますから」}
「分かりました」
 そしてリトルロックから、ニューヨークへ向かうらしい。
 尚、クエントはヘリでの特攻の際にケガを負った為、今は病院で療養中である。
 因みに敷島達は、部屋を2つ取ってもらった。
 1つは敷島とアリスの部屋で、もう1つはリンとレン用に取ってもらった。

 幸いにもリンとレンはバッテリーを破壊されていただけで、それ以外の損傷はほとんど無かった。
 もしかしたら、リンとレンを遠くに運ぶつもりだったのかもしれない。
 それこそ、外国とか。
 実際、敷島がマーティを運ぶ際にバッテリーを抜いている。
 マーティはさすがにまだデイライト社の所有なので、平賀達と同じくヒューストン工場に搬送されていった。
 ボーカロイドのバッテリーはマルチタイプとは規格が違う上、同じ規格のバッテリーが別の工場にある為、それ待ちである。

 いずれにせよ、後始末も大変だということだ。
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