たにしのアブク 風綴り

87歳になります。独り徘徊と追慕の日々は永く切ない。

面白くって、可笑しな物語―村上元三「河童将軍」

2021-10-19 17:47:10 | 本・読書
令和3年10月20日 秋が深まってきました。 
桜の木の葉が黄茶色に代わり、風に舞って落ちています。
久しぶりに大型活字で読む時代小説レビューです。

今回の物語小説は「河童将軍」です。
村上元三の「変化(へんげ)もの」三題シリーズの一遍です。
侍の落第生が縁あった河童の総大将になった話です。
可笑しくって、面白く、笑えた物語でした。
なんとなく既視感やリアル感を覚えました。
人間社会のパロディ小説とも読めました。

「たにしの爺」左目に障害があって、
図書館から借りてくる「大型活字本」をもっぱら読みます。
中でも「時代小説」が大好きです。
出版年は古いですが、とにかく読んで楽しい。



主人公は坂巻太郎蔵源貫之(さかまきたろうみなもとのつらゆき)、
元は印旛・白井の城主原式部少輔の家臣であって、
落城のとき18歳だった。後に徳川方の家臣になって、
関ヶ原の合戦では30人ほどの卒の大将で活躍したが、
故あって、恩賞から外されて浪人の身になっていた。

そんなわけで、坂巻太郎蔵は印旛沼のほとりで、
コイやフナ、ナマズを捕って生計にしていた。
恩賞から外れたのは太郎蔵に原因があった。

「大酒飲みで女に目がない」その上、怠け者で、
陣中での乱行ぶりが祟って、主から縁を切られてしまった。
故郷下総の白井で「河原漁師」に身をやつしていた。
それでも、自分は侍なのだという自負だけは失うまいと、
かつて奉公していた白井の城を崇める日々を送っていた。

沼で捕ったコイフナ、ナマズは乾魚にして売ったりしていた。
あるとき、干し魚が朝になると減っていることに気づいた。
よく見ると足指の間に水かきの付いた足跡が残っていた。

こやつ「カワウソ」めと思い、ある朝、監視していると、
二本足で立っている人間のような素っ裸が干し魚を食べている。
「おのれ」と飛び出し棒で殴りつけた。
棒は撥ね退けられて、一個の「河童」が立っていた。



顔の真ん中にくちばしが突き出ている。
手が恐ろしく長くて、膝下まで伸びている。
太郎蔵、息をのんだまま身動きもできないでいた。
取っ組み合いの上、ようやく組み伏せて押さえつけた。
そのとき、河童の身体から妙な響きを発した。

太郎蔵の鼻孔に嫌な臭気が流れ込んできた。
気が遠くなるような臭気を嗅ぐと、全身がマヒ状態になり、
悪夢の中に引き込まれるような、身体から力が抜けていった。


手賀の丘公園から眺めた手賀沼

泥沼の中をあがき廻り、気が付いたときに、自分の身体から、
全身の肉と骨が溶け失せて、皮の下は空気ばかりになって、
おまけに、あの嫌な臭いが身体から発している自分が、
漁師小屋の床に横たわっていることに気付いた。

床の脇に嫌な臭いを発する女の姿をした河童が座っていた。
「わたくしは」あなた様に悪戯をした河童の妹ですと言った。
その度に、あの嫌な臭気が太郎蔵の鼻孔に流れ込んできた。

「自分たちは……」河童の女が言った。
利根川の上流、榛名山の麓を流れる鳥川の縁に棲んでいた「河童の一族」であって、
私の名は「河女」だという。
私たちは、人間に悪戯をしたために鳥川を遂われ、
利根川に移り棲んでいたところ、
利根川に古くから住む「水虎・すいこ」一族に、
邪魔者あつかいにされ、迫害を受け数日前から、
この印旛沼に逃げ込んできました。

私たち関東に棲む河童は、背中に甲羅はなく、性質も大人しい。
水中の魚やシジミ貝を食用にしている。
ただ時々、人間の尻子玉を頂く癖がある。

水虎は河童と同じ形をしている上に、
背に亀の甲のようなものがついている。
これは敵に襲われたとき甲の下に潜り込んでしまう必要からで、
敵が多いという証拠です。人畜にも害を与えるのが常であると、
太郎蔵に訴ったえたのであった。


手賀沼大橋

河女は太郎蔵に近寄り口の中に何やら、
煉り薬のようなものを押し込んでいった。
それから幾夜か河女が訪ねてきては、
臭い煉り薬を押し込んでいったのでした。

太郎蔵、幾日か過ぎ心気爽快を覚え正気づいた。
長い眠りから覚めたように思った。とき、
思わず飛び起きてしまった。わが身の変化に気が付いた。

自分の手に、水かきが出来ている。
身体は蒼黒く変わって手がいやに長くなり、
肌は水から上がったばかりのように、じめっとしている。
飛び起きて身体を見ると、頭にてっぺんが剥げて湿っている。
顔の真ん中にくちばしのようなものが突き出している。
家の中にふんどし一つの河童が突っ立ているではないか。

自分の居場所はどこだ。川に向かって突っ走った。
どろどろの水の中へ躍り込んだ。
太郎蔵はいきいきと全身に力のみなぎるのを感じた。
何とも言えない快さも覚えるのだった。

やがて太郎蔵は印旛沼の水底の穴にたどり着いた。
一個の河童が立っているのを目にとめた。
胸のあたりに人間と同じように乳房が二つこんもりと膨らみ、
下腹あたりに水草で編んだ腰布のようなものを垂れている。
くちばしのあたりには、恥じらうような笑みを浮かべている。


手賀沼親水広場前か見える河童像

「とうとうおいで下されましたね」
しなやかに腰をくねらせ媚態を示しながら、
「わたくしは河女でございます」と言った。

「おのれ―」と飛び掛かった太郎蔵を抱きとめた河童の河女は、
蒼黒い肌をぴったりと押し付けたまま、
沼の深みに奥深く引っ張り込んでいった。
それっきり、坂巻太郎蔵は湖畔から姿を消してしまった。

その後、印旛沼には、
人間の知恵ではわからぬ異変が度々、起こったという。
あくる年の春の夜、白井の長源寺に太郎蔵が忽然と訪ねてきて、
住職から紙料と硯を借り受け、
一夜で「河童世界での体験」を残していった、
と伝えらている。

そこには、河童の棟梁となった太郎蔵=河童太郎が、
関ヶ原の合戦を思わすような水虎軍たちとの対決や、
河童一族との、特に河女と「契り」や混じりあいを、
非人間的な河童の目線で「人間界のパロディ」に似て、
「河童世界」小説が綴られていた。



河女は「江戸に出て将軍におなり下さい」
しきりに河童太郎にけしかけるのでした。

印旛沼、利根川など現存の地名や川が舞台で、
印旛沼の妖怪「河童伝説」につながるのかな。
面白かった。

河童と言えば黄桜酒造のコマーシャルが記憶にあります。
清水崑さん、小島功さんが描く「河童家族」
美人の妻がお銚子とお猪口を持って、頬を染める。
最近放映されないけれど、どうしたんだろう。

後の2編は後日に書きます。