ITSを疑う

ITS(高度道路交通システム)やカーマルチメディア、スマホ、中国関連を中心に書き綴っています。

自動運転のまとめ その幻想と真実

2016年03月21日 | 自動運転
自動運転についてはいままで散発的に書いてきたが、この一年、日本でも自動運転は相当話題になっている。しかしメディアの報道などを見るとまだ理解が浅く、単純にバラ色の未来やトンチンカンな懸念が示されてるが肝心な本質的なものが見えていないと感じる。
結構長文となってしまったが、できる限りポイントに絞ってまとめてみた。

1.高度運転支援と完全自動運転(レベル4)
自動運転にはレベルが0から4まで設定されている。たとえば自動ブレーキはレベル1。ここではその詳細には踏み込まないが、レベル3と4には技術的な差はなく、どちらも人間の介在なしに目的地に到達できる。では何が違うのかというと、レベル3では緊急時にドライバーが対応しなければならない。レベル4では人間は全く運転に関与しない。ロボットタクシーというのはこのレベル4になる。
ハードウェア的にはレベル3と4は殆ど同じだが、商品としての価値は全く異なる。
しかし、この二つを明確に区別せずに議論されているケースが多い。

基本的にカーメーカーはレベル1から段階的に自動運転を進めていき、レベル3をゴールにしたい。その理由は2つ。
レベル3は個人所有が前提となるがレベル4が実現すれば車は必ずしも個人所有する必要がなく、カーシェアリングの方向に行くことが想定されている。カーメーカーが付加価値の高いビジネス(ブランド価値、アフターセールス等)を維持しようと思ったら個人所有は譲れない。
また、数多くのPL訴訟を経験しているカーメーカーは万が一の事故発生時に100%責任をとるというリスクを簡単にはとらない。最終責任は運転者とするマージンを残したい。

レベル3まではドライバーによる運転がのこされている。加速感、ステアリングの応答性といった官能性能がまだ要求される、この分野は各自動車メーカーが長年蓄積した秘蔵のレシピをもっており、異業種に簡単にまねができるものではない。レベル3までならカーメーカーは自分の土俵で相撲が取れる。

一方、IT企業、特にGoogleは一足飛びにレベル4を目指している。彼らは万人にモビリティを提供し、その上で交通事故、渋滞、環境負荷といった自動車の負の側面をなくしたいという純粋なゴールを持ち、結果そのエコシステムを牛耳ることで利益を得ることを考えている。その際にカーメーカーは単なる入れ物のサプライヤでしかない。それはカーメーカーとしては最も危惧する事態になる。

当初、カーメーカーはレベル4には立ち入らない方向であったが、最近風向きが変わってきている。IT企業のスピードの速さから、フィルムからデジタルのようなとてつもなく大きなゲームチェンジとなる可能性があることを認識し始めたのだ。それは大手カーメーカーの最近のモーターショーでの展示やトップの発言にも見て取れる。

しかし、レベル4の世界でカーメーカーがそのエコシステムの中でどのように利益を得ていくのかは現時点では不透明だ。

2.レベル4の世界
レベル4の実現は人々の生活にきわめて大きな変化をもたらす。
車は呼べば来る。降りれば勝手にいなくなる。そうなったら自家用車を所有する意味はあまりなくなる。一台の車はおそらく10人程度のユーザーでシェアすることになる。これは特定の10人という意味ではなく、計算上ということ。いずれにしても一人一台車を保有するよりは、カーシェア運営会社の費用・マージンを乗せても割安になるだろう。

配車が効率的に集中管理されれば車の実利用率が上がり、資源の有効活用になる。
子供、老人、障害のある人たちのモビリティが確保される。
システムエラーや落石などを除けば交通事故はなくなる。
すべての車が自動運転になれば渋滞は解消する。

以上のように、レベル4、完全自動運転の社会は理想的なものになり、これが究極のゴールであることは間違いない。

3.レベル4で出現する新市場はあるのか?
完全自動運転になったら運転から解放されるので車内でのビジネスチャンスが広がる。それをGoogleは狙っているという人もいる。しかしそれはどうなのだろうか?
運転から解放されている移動手段という意味では、今でも普通のタクシーがそうだ。
運転から解放されたらスマホをいじるか、景色を見ながら考え事をする人が多いのではないか?車が行先のホテルや観光地、レストランをリコメンドするというようなビジネスモデル言う人も多いが、実際そんな場面は極めて限られる。これはテレマティクスで散々いわれていたが、別にそんなこと車にのってから車に教えてもらう必要なんてない。
しいて言えば朝の通勤時の朝食サービスくらいだろう。事前に注文をいれ、路面店の窓口で受け取るというようなものか。
おそらくGoogleも検索エンジン型ビジネスが自動運転車のエコシステムの根幹をなすとは考えていないだろう。

4.レベル4実現への問題点
自動運転の問題点としてよく取り上げられるのがハッキングだ。ハッキングすることで恒常的に利益を得ることができる闇のビジネスモデルが成立するなら問題だが、考えられるのは愉快犯や特定の人物の暗殺。後者は別にこの方法以外でもできることであり、通常なら特段心配する必要はない。
本当に怖いのは大規模テロだろう。自動車爆弾の心配もあるようだが、これとて今あるラジコンのローテクな装置でもできること。それよりもある一国の車を同時にハッキングしてブレーキを無効にするというような事態が恐ろしい。
とはいえ、運転操作へ介入するゲートウェイに制限を設ける等の対策で技術的には対応できるだろう。
本当の問題はそんなところにはない。

まず、レベル4の車両が自家用車を保有する程度のコストでいつでも利用できるようになり、駐車場が不要になれば、だれも通勤通学に電車を使わなくなるだろう。これの影響は大きい。
公共交通機関の収益は成立しなくなり、公共交通は自動運転に集約されることになる。
そうなると、いかに効率のよい自動運転車とはいえ、朝晩や週末のピーク対応が必要になる。一台の車をシェアするユーザー数はとても10人とはならず、せいぜい2-3人となり、平日昼間の閑散時には車庫に車が溜まることになる。
少なくとも通勤用はライドシェアの仕組みがないと成立しないだろう。

次に、レベル4ですべての車がロボットタクシーになると車という商品の性質が全く変わってくる。カーメーカーの個性は不要となり、運営会社の指定する仕様の車を一番安く供給するメーカーが受注することになる。ニッチマーケットは存在しないので、3位以下のメーカーは軒並み廃業になり、全世界で数社の巨大メーカーが運送機器サプライヤ―として薄利多売で競争していくことになる。

同時に周辺市場も軒並み消滅する。保守点検は管理会社が一括して行う。自動車販売も運営会社とのフリート商談だけとなり、ディーラーも中古車業も消滅する。自分の車ではないから個人向け自動車部用品マーケットも消滅する。個人向け自動車保険もなくなる。
車両製造業者としての自動車メーカーは生き残るかもしれないが、その他の自動車関連の雇用は殆ど消滅する。

自動車部品も相当の変化が出てくる。操縦系部品、衝突安全系部品、UI系部品は消滅する。自動車関連産業でどこが勝っても負けても必ず勝つのはカーエレクトロニクス業界だけ、ということになる。

もう一つ厄介なのは倫理的な問題だろう。
自動運転車であっても絶対に避けられない事故はある。ブレーキ性能ではカバーできない飛出しや落下物では事故が発生する。止まれない状況になり、たとえば右によけると子供が一人、左によけると二人の老人がいるとしたら、どちらによけるのか?
危険にさらす人数を少なくするのか?将来のある子供を助けるのか?誰の命を助け、誰を助けないかをコンピュータにゆだねるのか?そして、その判断の結果やむを得ず轢いてしまった人の遺族にプログラマーはそれを説明できるのか?
人間が運転している場合は無我夢中でハンドルを切った結果であり、こうした倫理的な問題は発生しない。しかし自動運転車はコンマ何秒の間にそれを判断することができるのだ。
これについてはまだ回答が得られていない。

5.レベル3からレベル4へ移行
より厄介な問題は、レベル3から4への移行期だ。
カーメーカーが本気で取り組んでいるから、レベル3車はいずれ出てくる。2020年にはかなりの部分を自動運転可能な車両が登場するだろう。
しかし、そこからレベル4に行くのは大変だ。
(1)事故責任
先に述べたが、レベル3の車が事故を起こした場合の責任は運転者にある。周囲をはしる非自動運転車両が突然突っ込んできた場合、それをよけることができないとしてもカーメーカーに責任はないし、カーメーカーが事故調停の当事者になることもない。
しかし、これがレベル4であれば、事情はどうあれカーメーカーがすべての事故の当事者になる。これはカーメーカーとしては無理だろう。
(2)渋滞
完全自動運転車両だけの世界では、周囲の車両の挙動はすべて予測可能であり自動運転車は見込み運転が可能で渋滞は解消されるといわれている。しかし移行期、非自動運転車や歩行者がいる場合、完全自動運転車は制御を可能な限り安全に振る。交差点等では極めて慎重な初心者のような運転にならざるをえない。これは深刻な渋滞を引き起こす可能性がある。
(3)インフラ
結局のところ、レベル4車両はレベル4車両専用地区、しかも人・自転車と隔離された専用道路での運用からスタートするしかない。それをだんだんと拡大していくということになるのだろう。これには車の問題以上に都市計画の問題が大きい。
東京オリンピックでは東京の街をロボットタクシーが走り回る、と安倍首相はいったが、それには相当なインフラ整備が必要であることを認識しなくてはならない。
すべての車がロボットタクシーとなった際の都市デザインは今とは全く違うものになるだろう。

5.まとめ
・完全に自動運転が可能な車でも、ハンドルがついているもの(レベル3)とついていないもの(レベル4)は雲泥の差がある。
・カーメーカーはレベル3への進化を進め、そこをゴールとしたい。
・IT勢は一足飛びにレベル4を目指している。
・万人へのモビリティ付与、交通事故死ゼロを実現するためにはレベル4であり、いずれはそこに行きつくことになる。
・レベル4の世界になると車は完全なコモディティとなり、カーメーカーは製造以外の付加価値をつけることができなくなる。これは完全なパラダイムシフトであり、産業構造と社会インフラに大変革をもたらすことになる。
・運転から解放されることで新市場が出現するというのは幻想でしかない。
・もっとも難しいのはレベル3から4への移行であり、それには相当の期間がかかる。