雪景色になってからはとんと聞かなくなりましたが、
晩秋までは、
「火の用心。マッチ一本火事の元」
という少年たちの声が聞こえてきていました。
僕もかつては少年消防団に属していて、同じように夜回りをしたものです。
夜回りの文句は20年前と今とまったく変わっていません。
はたして今の時代に、「マッチ」なんてものが
どれくらい使われることがあるでしょう。
喫茶店とかパブだとかでは、まだお店の住所などを印刷した
薄いマッチを「ご自由にお持ち帰りください」として
カゴにでもはいって置いてあったりするだろうか。
まったく注意を払っていないので、そのあたりの記憶が薄いですが、
あったような気がします。
10年くらい前、タバコを吸い始めたころなんかだと、
どこからか、「マッチで火をつけたタバコはうまい」という
のを聞いて、そうだな、うまいな、とその気になっていたりしました。
ドアーズの名曲「Light My Fire」は邦題が「ハートに火をつけて」
だったと思いますが、これだって、ライターで火をつける感じよりも、
マッチで火をつけたほうが雰囲気が出ますよね。
実際には火をつけませんが、詞の世界として。
そんな「マッチ」です。
ライターよりも火事の元になってしまうマッチなんです。
今の時代だと、「タバコのポイ捨て火事の元」という文句にしたほうが
実効性があるような気がするのですが、
なんだろう、拍子木を打つ夜回りの美意識、伝統意識みたいなのが、
そうはさせじと「マッチ」にこだわるのでしょうかねぇ。
まぁ、なんにしろ、子供たちが元気いっぱいに、
火事を出さないようにと注意を喚起してくれるのは、
気持ちが明るくなるものです。
これが、火事を出したことがある人だと、
聞くたびに苦々しく思うのかもしれませんが。
僕が夜回りをやっていたときには、
お決まりのように「マッチ一本、あじのもと」と
ふざけてやっていましたが、
それでも先導する消防団のおじさんなんかは、
笑いながら「ちゃんとちゃんと!」とたしなめてくれて、
僕らも悪ノリせずにそれにしたがって、
楽しく仕事を終えたなぁという思いでがあります。
小学生のときなんか、夜に出歩けることってなかなかないですからね、
こういう機会って楽しいんですよね。
子供が少なくなっても、なくなって欲しくない習慣の一つだったりします。
晩秋までは、
「火の用心。マッチ一本火事の元」
という少年たちの声が聞こえてきていました。
僕もかつては少年消防団に属していて、同じように夜回りをしたものです。
夜回りの文句は20年前と今とまったく変わっていません。
はたして今の時代に、「マッチ」なんてものが
どれくらい使われることがあるでしょう。
喫茶店とかパブだとかでは、まだお店の住所などを印刷した
薄いマッチを「ご自由にお持ち帰りください」として
カゴにでもはいって置いてあったりするだろうか。
まったく注意を払っていないので、そのあたりの記憶が薄いですが、
あったような気がします。
10年くらい前、タバコを吸い始めたころなんかだと、
どこからか、「マッチで火をつけたタバコはうまい」という
のを聞いて、そうだな、うまいな、とその気になっていたりしました。
ドアーズの名曲「Light My Fire」は邦題が「ハートに火をつけて」
だったと思いますが、これだって、ライターで火をつける感じよりも、
マッチで火をつけたほうが雰囲気が出ますよね。
実際には火をつけませんが、詞の世界として。
そんな「マッチ」です。
ライターよりも火事の元になってしまうマッチなんです。
今の時代だと、「タバコのポイ捨て火事の元」という文句にしたほうが
実効性があるような気がするのですが、
なんだろう、拍子木を打つ夜回りの美意識、伝統意識みたいなのが、
そうはさせじと「マッチ」にこだわるのでしょうかねぇ。
まぁ、なんにしろ、子供たちが元気いっぱいに、
火事を出さないようにと注意を喚起してくれるのは、
気持ちが明るくなるものです。
これが、火事を出したことがある人だと、
聞くたびに苦々しく思うのかもしれませんが。
僕が夜回りをやっていたときには、
お決まりのように「マッチ一本、あじのもと」と
ふざけてやっていましたが、
それでも先導する消防団のおじさんなんかは、
笑いながら「ちゃんとちゃんと!」とたしなめてくれて、
僕らも悪ノリせずにそれにしたがって、
楽しく仕事を終えたなぁという思いでがあります。
小学生のときなんか、夜に出歩けることってなかなかないですからね、
こういう機会って楽しいんですよね。
子供が少なくなっても、なくなって欲しくない習慣の一つだったりします。