Fish On The Boat

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『「ゼロリスク社会」の罠』

2020-08-05 22:16:08 | 読書。
読書。
『「ゼロリスク社会」の罠』 佐藤健太郎
を読んだ。

今などは、
新型コロナウイルスが生活上のリスクでもっとも目立つものですが、
ちょっと前までは原発事故による放射線のリスクについていろいろな意見や記事が
生みだされたのは記憶に新しいところです。

本書はそんないろいろなリスクに対して、
どういった姿勢をとって生きていくのがベターなのかを、
様々な例を解きほぐして説明しながら、
示してくれる内容になっています。

まず、
こないだ読んだ『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』につづいて
認知バイアスがでてきました。
本書は2012年、『ソクラテス』は2013年に出版されています。
認知バイアスは、この時期、
気にかけられるべきとされたトピックのひとつだったのでしょう。
それはまさに、東日本大震災と福島第一原発事故の直後でしたから。

認知バイアスは、いわば偏見のような、脳のクセです。
たとえば以前、「こんにゃくゼリー」がのどに詰まる事件があり、
消費者たち(一般人たち)やマスコミなどによってメーカーが叩かれましたが、
おなじく、というか、「こんにゃくゼリー」以上にのどに詰まる被害者のでる
「餅」についてはこの問題の俎上に乗りませんでした。
ここには、同様のリスクをもっていたとしても、
新参の目新しいモノについてのリスクには敏感になり、
昔からあって一般化しているもののリスクは低く見積もるというバイアスが存在していると、
著者は説明します。
そして、そういったバイアスのために、このケースでいえば、
メーカーの経済的損失が大きくなってしまった。
これこそ、リスクを考え損ねた損失なのです。

また、リスクとはトレードオフという考え方を適用するべきもの。
トレードオフとは、一方を取れば一方を失うという道理についての言葉です。
一挙両得だとか、一石二鳥だとか、そういうものもありますが、
多くのケースでリスクを考えたときには、トレードオフの関係になる。
ましてや、ゼロリスクを求めて過剰に対策を行って、
精神的に疲弊したり、
経済的なコストがかかりすぎたり、
時間をとられすぎたりと、
そのために生じるいろいろな交換損失があります。
だから、ちょうどいいところで落とし所を見つけることが大切になるんです。

放射線物質の除染のために、汚染された地域のすべての表土をはぎとる施策をします、
というのがゼロリスクの考え方で、そのためには莫大なコスト(税金)がかかってしまう。
それを、山奥はやらないだとか、生活区域を浮かびあがらせて除染をやるべき場所を絞ると、
リスクはゼロにはなりませんが、それにみあうだけ、コストが浮きます。
本書の要点はこういったところにあります。

こういう話もありました。
食品添加物や残留農薬の基準値の話なんですが、
その基準値の決め方についてです。
まず、マウスに体重1kgあたりその物質を、
10mg、20mg、30mg....と変化がないなら少しずつ増やして与えていきます。
それで、80mgでマウスの毛ヅヤが悪くなっただとか、体重が減り始めただとかになると、
この80mgがその物質の危険な値となります。
そして、基準値を設けるのですが、80mgの半分の40mgとするそうなんです。
これが、マウスが毎日摂取しても大丈夫な基準値です。
で、次に、これを人間に適用するのですが、
マウスと人間では違う生き物ですから、体重1kgあたりで同じ40mgとはしないそうです。
そこで1/100にして、0.4mgとまずします。
さらに、人間にも人種や成熟度、個体差がありますから、
もう一度1/100にして。0.004mgとする。
これが基準値だそうです。
つまり、マウスが毎日摂取しても大丈夫な量の1/10000の量が基準値なんですね。
かなり厳しく決められています。

なので、基準値超えがニュースになったら、
それがどのくらい基準値を超えたのかがポイントで、
10倍や100倍だったら、前述の基準値の決められかたを知る人にとっては、
これは大丈夫だろう、と判断するでしょうし、
実際、大丈夫だと思います。

というところで、話をまたゼロリスクに戻していくと、
交通事故のトピックがわかりやすいところでした。
交通事故に遭う確率は1/6000なんだそうです。
それでもみんな車に乗ります。
じゃないと不便だし生活に支障が出るからです。
こういうところでは、多くの人がリスクとの上手な付き合い方をしているんです。

それで頭に浮かんだのは、
コロナウイルスに対しても、
車に対するのと同じような気構えがよさげなのかもしれないなあ、ということでした。
バランスでありトレードオフの考え方でありですからね。
リスクに対して過剰な敏感さから離れるということは、
大事だと思えました。

まあ、コロナウイルスについてはわかっていないことだって多いですし、
情報もいろいろ反対の方向を向いた同士のものもありますから、
一概に決めつけることはできないところなのですが、
今後もっと統計データが溜まっていくでしょうから、そこから考えつつ、
どこに落とし所をみつけるかじゃないかなあという気持ちになりました。
ゼロリスクではいけない、と。

と、僕の短い感想だけだといろいろ誤解が生じそうなので、
気になる方は本書を手に取ってみてください。
文章は読みやすく、書き手の態度はまじめですし、
論考は慎重に時間をかけておこなった結果なのだろうなあ、
と推察できるような視野の広さと視線の深さでした。
良書に対して僕はたまにこう思うんですけど、
「高校の教科書にしてほしい」
とまたそういう気分になっています。


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