Fish On The Boat

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『文学テクスト入門』

2020-08-30 00:15:45 | 読書。
読書。
『文学テクスト入門』 前田愛
を読んだ。

「入門」とタイトルにありますが、
著者による文学研究の最後に到達したところをまとめた本です。
つまり、遺稿をまとめたような書物です。

まず漱石の『草枕』で語られる小説の読み方の話を題材にして、
小説の読み方を考える導入としています。
『草枕』の登場人物である那美が、
画工の男があべこべにページをひらいて小説を読むというのをきいて、
「筋を読まなけりゃ何を読むんです。」
と、それはそれでまっとうに聴こえるようなことを言います。

しかし、小説には、筋以外に味わうべきところや、
影響を受けるところが山ほどあります。
たとえば、人物の心理を追体験してみたり、
小説のひとコマを自分の文脈のなかに移して考えてみたりすることもあります。
技術的な部分、時代などの背景、著者の人間性などなど、
小説を方向づけたり、飾り立てたりといった要素がたくさん含まれていて、
それらを吟味する楽しみ方だってあります。
ちょっと一面的で大雑把な言い方ですが、
本書はそういったところを見ていく文学論だと言えます。

おもしろかったところは、
身体論と重ねて、そこでの知見である「錯綜体」という概念を用いるところでした。
書き手はいろいろな選択肢があるなかで、
ひとつ選んで文章にして小説を進めていくわけですが、
書かれなかった言葉、選択の可能性があった「if」は、
その書かれたもののなかに内在されている、というような考え方です。
アマチュアの僕でさえ小説を書いている時には、
そういう描かれないけれど存在する類の枝葉末節や因果関係を強く感じながら、
さらに、話を展開するにしても、「こういう方向もあるんだけどな」
と思いつつ切り捨てたことも多くあって、
でも、書きすすめていくために頭の隅にうっちゃられていて、
書き終えたときにはそれらを忘れているみたいなことがあります。
読み手がそこまで感じて、
著者丸ごとを読んでしまうような深い読み方は、まさに玄人。
書き手としては嬉しさ半分、怖さ半分といったところではないでしょうか。

物語の構造解析についても、
専門的にはこういうふうにやるものなんだ、と知ることができて、
文学世界にまたあらたな地平をみたような気すらしました。

著者は80年代後半に亡くなられています。
まだ50代だったそうで、今考えても、残念に思います。

それにしても、
しっかり仕事をしている研究者っていうのは軽く見ちゃいけませんね。
知識も頭の回転もさすがっていうところがあって、
その分野では素人は手を出してはいけない。
そういった人と肩を並べるには、同じ領域でではなく、
自分の領域でがんばって高まっていかないことにはかないませんね。


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