Fish On The Boat

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『負けない技術』

2021-08-04 20:29:41 | 読書。
読書。
『負けない技術』 桜井章一
を読んだ。

裏麻雀の世界で代打ちとして20年間無敗を誇った「伝説の雀鬼」である著者による、勝負事にかんする彼なりの人生訓・人生哲学といったエッセイです。裏麻雀って何なのかと検索してわかるところでいうと、企業やヤクザなどが賭博を行うためのものだったり、地域への進出や撤退を賭けたものとして行われていたりするものだということです。そういうことで回っている世界があり、そういった世界のあれこれが表の世界に潮の満ち引きのように影響を与えてもいるのでしょう。そういう世界の裏麻雀であまりに伝説的な活躍をしたがため、こうして表の世界で「世に出る」ことになったのかもしれませんし、それこそ名を知られたほうが安全だ、みたいな論理もあったのかもしれない。表の世界のわかりやすいところでこういった話を知ることができるのは、Eテレの「ねほりんぱほりん」がそうだったりしますよね。

巷で「常識的なこと」としてよく言われる事の真逆を往く考えが多く述べられていて、その理由が独特の論理だったり論理に読めそうだけれど単に論理風だったりもしながら考えを支えています。魅力的な思想に映るけれども、信者にはならないでいたいと思いながら読みました。あくまで「自身で考える種をいろいろと得た」くらいの気持ちで。なぜなら、内容が人生に肉薄するものばかりゆえに、だからこそ、自分から近寄っていって触れてとりこみたい誘惑からできるだけ無になって距離を取っていたい、いちばん大事なのは自分で考えて自律的に生きていたいということですから。本書の教える通りに信じて従ったとして、うまくいかないときに責任をとるのは自分の人生なんです。

でも、そういった距離感で読んでいても刺さってくる言葉は多いです。なかでも、怒りは被害者意識からくるもので、それを緩和させるには加害者意識を持つことだ、という見抜きには唸りました。被害者意識と怒りの結びつきについては僕もわかっている範囲のことでしたが、そこで加害者意識をしっかりもつことを説くのはさすがです。

人間、生きていれば、数多の被害を受けながら人生が進んでいくものですが、同時に、意図していてもしていなくても、かなりの加害を多くの他者に加えているものです。そこを、多くの人は意識していなかったりしませんか。被害にばかり意識がいって、加害については大目に見たりすぐ忘れたりしている。それだけ、被害者意識っていうのは、人間の心理の中で強いものなのだと思います。加害しているのだ、と意識すると、自分の被害つまり相手の加害について躊躇がうまれるでしょう。それが、自分だっていろいろやらかしていてお互いさまじゃないか、という意識に繋がっていくと思います。人間って相手に何かをやったりやられたりしているものなのに、いちいち自分の被害だけに感情的になっているのはおかしい、という気付きにもなりそうです。

そこで厳しく、「じゃあ、今日から自分は相手に加害をしないようにずっと意識していくし絶対にしない。だから、相手からの被害も許さない」という方向へ行くのか、それとも、「自分だって許されたいんだし、相手も許そう」という方向へ行くのか。行き詰らないのは後者だと思いますが、前者の道をいった人も、回りまわって最後には後者に行き着くような気がします。

人間、年齢を重ねて丸くなる、というのがありますが、丸くなる人はたぶん、自分の加害性に思いが及んでいる人です。いくつになっても丸くならない人は、いつまでたっても自分は被害者だと思いこんでいる人だと思います。

子どもは人生経験が少ない分、加害した経験が少なく、そして人間本来の性向といえると思いますが被害者意識が強い状態で生きています。だから、癇癪を起したり、小さいことで怒ってケンカをしたりなどするのかもしれない。こういった面では、「子どもの気持ちのままの大人」でいないほうがいいのかもしれません。そういうのはまた違った面の話です。

さきほど、信者にはならないように読んだ、と書きましたが、それは誰かと対面で話をきく場合もそうです。相手が魅力的な人物だとしても、姿勢は崩さないでいたい。本書は、忌憚のない彼一流の人生哲学です。強さがあり、魅力があります。ただ、そこへの触れかたなんです。あわてて丸のみはせず、ゆっくり落ちついて味わうといいでしょう。


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