★Massy’s Opinion
"Generation Gap"
・最近友人一人が、70歳の誕生日を迎えた。「何か猛烈に年を取ったな...」と感じたらしい。「もう若い子に話をしても言う事を理解して呉れないし...」そんな事僕に言ったって「何言って居るんだよ。それは,年を取っているのだから仕方ないよ。辛抱強く理解させなくてわ...大体そんな事、1934年生まれの僕に言ったって可笑しいよ。話が長くなると嫌われても、若い子には時間を掛けて、色々教えてやるのが高齢者の社会的責任だろう...」「そんなの馬鹿馬鹿しいですよ...」 僕は、生きている以上色んな経験を話してやるよ。
「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」と言うだろう。世の中に何かお返しをしなくては...僕は、そう言う考えで今迄やって来たけれどね。君に僕の考えを押し付ける事はしないよ。
「我は我、人は人、されど仲良き」だよ。こんな事を心の中に持って居る人が、多くなった。僕だってこのgeneration gap には何時も悩まされて居るんだから...
・昔の自動車車検場と江戸見坂
実はこのgeneration gapは最近感じた訳ではない。1993年頃から感じていた事である。当時、Nissan Fleet Sales co.と言う会社の社長をしていたが、これからは女子社員を巧く使わなくては...と考えて、社員募集を積極的に始めた。 従来、やって居なかった新卒募集を一般ディーラーと同じ様に会社案内を造り、展開させたら、いやー驚いた10人位の採用を考えて居たが、東洋英和、山脇、跡見、川村、女学館と言う様な著名高から30人を超える応募があった。担当の総務部の連中が張り切った事。女子社員には、整備社員が着る作業服を着せるのが心配だった。社員教育には一月位掛けたが、先ず初めは東京の自動車販売の歴史からである。これは何処の職場でも同じパターンだった。昔から気狂いと検査官には逆らうなと云われて居たが車検場の話も当時は鮫洲の車検場に小山の様なコンクリートの暗い通路と2階へ行くと坂の上に出る。1階は真っ暗でライとの検査,2階へ上がると坂を下る。途中に検査官が居て、坂の途中に検査官が居て「止まれ」と号令をかける。ブレーキを掛けて、止まり具合を見て、1年、2年と検査証の有効期間を決める。そんな車検場だった。芝界隈の整備工場は車検場に行く前に、ホテルオークラの本館の脇にある「江戸見坂」でテストをして行ったものである。最近の車検場は凄く近代化されているが、歴史の噺をするときに大蔵喜八郎さんは、自動車が好きだった。という話をした。「そこでオーオクラホテル知っている?」と言う質問を投げ掛けて本題に入るのだが、「オークラ」を知っていると聞くと手を上げる子が一人も居ない。この時は、がっかりするのと同時に新橋に住んで英和に通って居た新入社員は手を上げると思って居たが、愕然とした。彼女は新橋で骨董屋をやって居る家のお嬢さんである。その後、新橋へ彼女の家を確認に行った。そして、「なぜ彼女がホテルオークラを知らないのかな?」如何して、「彼女とこんなにgeneration gapがあるんだろうな?」 と考えるようになった。僕としたら、「新橋に生まれ育って、家庭環境としては、むしろ良い方ではないか?」江戸見坂は知らなくても良い。確か、あの時、僕は60歳位だった筈だ。
・最近考えるgeneration gapの原因
*Gapの大きさはどんどん広がって行く。我が身を振り返りながら原因を考えて見ると、先ずは住環境が第一に浮んで来る。僕の生まれは昔の「商店」住み込みの小僧さんが2~3人居て、食生活も親父を中心に一緒だった。第二次世界大戦後、日本の復興はアメリカ型に進んできた。その一番は、マンションだろう。家族が核家族化されて、大集団から小集団化されて来た。箸の持ち方から教へて呉れるお祖母さんも居ない。
*子供たちは、もう2歳位に成ると、スマホが玩具として与えられ、テーブルの下に潜り込んで一人で遊んでいる。僕の知っている中国人の孫は28か月で英語の塾へ行かせていて、お爺さんが自分の孫に驚くのだが、お爺さんは日本の大学に留学して、その時にワイフのお店で働いて居たのだ。一人娘も広島大に留学して、日本の会社に3年位務め、中国、上海に帰り旅行会社に勤め中国人と結婚して、出来たお孫さんだ。家族は日本語が流暢だし、近所のマンションに住んで居てお爺さんが子守役だ相だが、日本の「高校3年生」の唄を日本語で歌うそうだ。
*最近、街中でよく見かける、保育園児がキャリアーに5~6人ずつ載せられてお散歩をしているのを見かける。保母さんは、又若い多分25歳以下だろう。如何も、あれを見ると子供が動物みたいで、何か情けなくなってしまう。恐らくお母さんは、勤めに出て居るのだろう。そうかと思うと子供が結婚して独立してしまったお母さんは愛玩犬を飼って居る。自分の孫を面倒見たくても住居が離れているとか、問題が多いのだろう。
*僕は長男の親父が、20歳前に店を開いているので、お祖母さんが何時も午後は面倒見て呉れた。想い出すと色々と教わった事が多い。小学校の頃良く「ませた子だ」と言われたり、中学でも上級生に呼び出され、いじめを受けた事が思い出される。
*この2年近くコロナの影響で、集会の類は全く中止、色々振り返ると学校の先生方も大きな考え方をする先生が少なくなったように見える。皆さん自分の存在感を示すのには「より専門性」の高い問題をテーマにされる事が多い様に思う。Ⅽ大学の民俗学の女性教授が、「中古車流通」に興味を持たれて我が家へ2度も来られた。「どうして民俗学の先生がこう言う問題に興味を持たれたのですか?」と尋ねたら「北陸の方に中東の人が多いので、それを調べていたら中古車の輸出に行き着いた」と言われた。この先生にも大きなgeneration gapを感じた。自動車問題を6時間位話したかな。家へ来ると「頭がすっきりする」と言われて帰られた。
*generation gapの原因は色々あるが、小さい頃に「歴史を教える事」これからの日本は歴史を平易に徹底的に教える事が大事だと思う。高齢者は世の中へのお返しは巧く歴史を説くことだと思う。
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