伊与原新 「藍を継ぐ海」読了
今年の上半期の直木賞受賞作だ。こんな人気の本を受賞直後に読むことができているというのは、貸し出し予約を去年の11月にやっていたからだ。著者は元々ベストセラー作家だそうで、作品の中にはドラマ化されている物もあるそうだが、情報に疎い僕がどうしてそんな作品を一足早く知ったのかというと、海南市の図書館で読んだBE-PALの、「焚火の前で読みたい本」というような企画の中で紹介されていたからである。
著者は、地球物理学を学び、富山大学で助教をしながら小説を書き始めたそうだ。この本の書評にも、科学的知見から創り出されるストーリーが素晴らしいと書かれていたものがあったが、収録されている5編の物語はそれに加えて、過去の人が残した思いを、現代の人たちが科学的な知識を駆使して現代に蘇らせるというストーリーになっているところが面白い。そして、その思いを知った主人公たちがその思いを引き継いでいこうと決意するという結末で終わるというところが共通している。
過去の作品を読んだことはないのだが、この短編集が直木賞を受賞したというのはそういうストーリーが評価されたというのがその要因だったのかもしれない。
それぞれの物語のあらすじをまとめてみる。
第1話「夢化けの島」は、山口県萩市の離島、見島が舞台になる。もともと火山島だった見島の地質を研究する地質学者が、萩焼の土を探す奇妙な青年と出会う物語だ。主人公も青年もそれぞれ悩みを抱えているが、見島の特異な地質に触れるうちに、それぞれのめざす場所を見つける。
第2話「狼犬(おおかみけん)ダイアリー」は、都会から逃げるようにして奈良県の東吉野村に移住したウェブデザイナーが、「混狼」というニホンオオカミと猟犬の混血に出会い、その孤高の姿から自らの立ち位置と生き方をもう一度見直すという物語だ。
第3話「祈りの破片」は、長崎県の長与町役場で働く青年が、空き家に灯りが見えるという訴えを聞いて調査に赴く物語。そこで彼が見たものは原爆によって表面が溶けたり焦げたりした岩石やコンクリート片、金属片などの膨大なコレクションだった。32歳の若さで原爆症が原因で亡くなった男性は自分の命を削りながらもなぜこれらを集めたか。また、この取集に協力した浦上天主堂の神父のなかでただひとり生き残ってしまった男性の想いを想像するその孫。それぞれがこのふたりの想いを受け継ぎ動き出す。
第4話「星隕つ駅逓」は、火球が落ちた北海道の遠軽町が舞台。野知内郵便局という簡易郵便局は局長の定年退職を持って閉局となる予定だ。妻を亡くしたのち、ひとり暮らしとなった局長は定年を前に生きる気力を失くしつつあるように見える。それを心配した娘は偶然見つけた隕石の発見場所を偽って野知内という地名だけでも残そうと考える。それをすることで再び父親が生きる気力を取りもどすことができると考えたのだが・・。
第5話、表題となる「藍を継ぐ海」は、条例で禁止されているはずのウミガメの卵の採卵と孵化を試みる中学生。その理由は4年前にさかのぼる。母親がすでに亡くなり種違いの姉も田舎暮らしを嫌いその時に家を出た。その寂しさを知っていたのか、監視員をしている老婆は少女と一緒にその子ガメを密かに育てることにする。
10ヶ月後に放流したその時の子ガメが4年後の今、カナダ西岸で見つかった。その知らせを聞いた同時期、中学生になった少女は再びウミガメを孵化させようとしていた。
「今度は自分が育てるのだ。」その言葉に秘められた思いとは・・。
それぞれの物語は小さな事実を元にして著者が想像を膨らませたものだけれども、どんな人にも自分よりはるか昔にそこで生きた人たちに思いを馳せることがあるに違いない。
Nさんにしても、トンガの鼻の草刈りをするのはかつてそこで何かをしていた人たちの足跡を蘇らせたいからなのかもしれない。はるか昔ではなくても、父親がやっていたことの物まねをしている僕も同じ気持ちなのかもしれない。どんな人でも心の奥に持っているそんな郷愁にも似た思いをくすぐるようなストーリーである。
受け継ぐこと、引き継ぐこと、その大切さを思い起こさせる1冊であった。
今年の上半期の直木賞受賞作だ。こんな人気の本を受賞直後に読むことができているというのは、貸し出し予約を去年の11月にやっていたからだ。著者は元々ベストセラー作家だそうで、作品の中にはドラマ化されている物もあるそうだが、情報に疎い僕がどうしてそんな作品を一足早く知ったのかというと、海南市の図書館で読んだBE-PALの、「焚火の前で読みたい本」というような企画の中で紹介されていたからである。
著者は、地球物理学を学び、富山大学で助教をしながら小説を書き始めたそうだ。この本の書評にも、科学的知見から創り出されるストーリーが素晴らしいと書かれていたものがあったが、収録されている5編の物語はそれに加えて、過去の人が残した思いを、現代の人たちが科学的な知識を駆使して現代に蘇らせるというストーリーになっているところが面白い。そして、その思いを知った主人公たちがその思いを引き継いでいこうと決意するという結末で終わるというところが共通している。
過去の作品を読んだことはないのだが、この短編集が直木賞を受賞したというのはそういうストーリーが評価されたというのがその要因だったのかもしれない。
それぞれの物語のあらすじをまとめてみる。
第1話「夢化けの島」は、山口県萩市の離島、見島が舞台になる。もともと火山島だった見島の地質を研究する地質学者が、萩焼の土を探す奇妙な青年と出会う物語だ。主人公も青年もそれぞれ悩みを抱えているが、見島の特異な地質に触れるうちに、それぞれのめざす場所を見つける。
第2話「狼犬(おおかみけん)ダイアリー」は、都会から逃げるようにして奈良県の東吉野村に移住したウェブデザイナーが、「混狼」というニホンオオカミと猟犬の混血に出会い、その孤高の姿から自らの立ち位置と生き方をもう一度見直すという物語だ。
第3話「祈りの破片」は、長崎県の長与町役場で働く青年が、空き家に灯りが見えるという訴えを聞いて調査に赴く物語。そこで彼が見たものは原爆によって表面が溶けたり焦げたりした岩石やコンクリート片、金属片などの膨大なコレクションだった。32歳の若さで原爆症が原因で亡くなった男性は自分の命を削りながらもなぜこれらを集めたか。また、この取集に協力した浦上天主堂の神父のなかでただひとり生き残ってしまった男性の想いを想像するその孫。それぞれがこのふたりの想いを受け継ぎ動き出す。
第4話「星隕つ駅逓」は、火球が落ちた北海道の遠軽町が舞台。野知内郵便局という簡易郵便局は局長の定年退職を持って閉局となる予定だ。妻を亡くしたのち、ひとり暮らしとなった局長は定年を前に生きる気力を失くしつつあるように見える。それを心配した娘は偶然見つけた隕石の発見場所を偽って野知内という地名だけでも残そうと考える。それをすることで再び父親が生きる気力を取りもどすことができると考えたのだが・・。
第5話、表題となる「藍を継ぐ海」は、条例で禁止されているはずのウミガメの卵の採卵と孵化を試みる中学生。その理由は4年前にさかのぼる。母親がすでに亡くなり種違いの姉も田舎暮らしを嫌いその時に家を出た。その寂しさを知っていたのか、監視員をしている老婆は少女と一緒にその子ガメを密かに育てることにする。
10ヶ月後に放流したその時の子ガメが4年後の今、カナダ西岸で見つかった。その知らせを聞いた同時期、中学生になった少女は再びウミガメを孵化させようとしていた。
「今度は自分が育てるのだ。」その言葉に秘められた思いとは・・。
それぞれの物語は小さな事実を元にして著者が想像を膨らませたものだけれども、どんな人にも自分よりはるか昔にそこで生きた人たちに思いを馳せることがあるに違いない。
Nさんにしても、トンガの鼻の草刈りをするのはかつてそこで何かをしていた人たちの足跡を蘇らせたいからなのかもしれない。はるか昔ではなくても、父親がやっていたことの物まねをしている僕も同じ気持ちなのかもしれない。どんな人でも心の奥に持っているそんな郷愁にも似た思いをくすぐるようなストーリーである。
受け継ぐこと、引き継ぐこと、その大切さを思い起こさせる1冊であった。