悲劇の天使である。
彼は麗しき天使であった。多難の人生において国の危機を耐えるために渾身の力を振り絞った。
しかしその人生は、馬鹿に乗っ取られた。
奇行の多い人だったが、それは彼が、ほとんど見えない愚かな人間に人格を奪われていたからだ。
彼は死の寸前にそれに気づいたが、もう遅かった。
この天使を、捨てたことによって、国にはうす寒い亡国感が漂い始めた。
能などの民衆芸能が発達したのは、彼が国の運命の流れから脱したため、人間が淋しさのあまり、現実を忘れさせてくれる虚構の世界を求め始めたからである。
俳諧のわびさびというのも、実にここに根差していた。天使が国の中枢から姿を消したことによって、室町期から国の気分に虚無の風が漂い始めたのである。