最近条件のよくないところでソロをするときは、PAをよく使います。天井が低く、入り組んだ部屋で、しかも厨房からのハム音付きのレストランで演奏するときなんかはPAはホントにありがたいもんです。
でも最近のギタリストMさんのようにコンサートホールでのコンサートでPAを使うことは私はしません。彼女の場合は売れっ子で2000席超でしかも響きのあまりよくないホールでコンサートをすることもあるでしょうから、それは致し方ないかもしれません。そういうホールだと、お姿も当然小さくなるでしょうから、スクリーンで弾いている姿を写すというのも必要かも知れませんね。そもそも1000とか2000席のホールでギターのコンサートをすることが間違っているとは思いますけど(ギターって、リュートもそうだけど、もっとパーソナルなもんだと思うんですけどね)、現代の音楽ビジネスに組み込まれてしまった以上仕方のないことかもしれませんが、本質的にはあまり幸福なことではなさそうです。
アンサンブルをするときにこそPAは役に立つんじゃないか、って意見もありますが、これもなんか変。クラシックのアンサンブルの楽器で、PA使わなきゃいけない楽器ってないんですよね。リュート系の楽器は大きめのバロックオケでは、テオルボを複数本(3本とか4本)使いますし、私が実際に聴いた例では、バロックオペラのオケでテオルボ2本で十分すぎるくらいの音量で鳴っていました。
電気のなかった昔に書かれた曲は当然PAを当てにしては書かれていません。ソロの場合も会場が音楽専用のホールで完全な静寂が得られるところであれば、音がどんなに小さくても必ず人間の耳の方であわせてくれるので、必要以上に大きな音で弾く必要はない、とはよく師匠が言っていたことです。そのかそけき音をかき消すノイズが出ている場所だと、それはもう物理的に音は聞こえなくなるので、その時にこそPAの出番です。でも考えてみるとPAの出番って、楽器にとって本来の場所じゃない、というかあまり幸せとはいえない場所で演奏するときなんですよね。そう考えると、21世紀って17世紀や18世紀のころよりクオリティが落ちている時代なんかも。
ギター協奏曲のアランフェス協奏曲が書かれたのは20世紀ですので、電気はありましたが、作曲者のホアキン・ロドリゴは多分PAをあてにしては書いてないでしょうね。昔ライブを聴いたことがあるんですけど、バランスは全然だめ、ギターがあまり聞こえませんでした。これって多分オケの人数が多すぎたんじゃないでしょうか。アランフェスのオーケストレーションがすごい薄っぺらな感じがするのは、ロドリゴがギターを意識してあえてそうしたのだと思います。ですからオケの人数もぐっと減らし、かつ小さめにという工夫が必要なんでしょう。バランスをとるためにギターにPAを使うという方法もありますが、なんか本質的じゃないと思います。アクースティック的にバランスをとる方法を考えたら、(要するに弦を思いっきり減らすということですが)管楽器とのバランスが変わり、(もちろんすべての楽器はギターを意識して演奏する必要がありますが)、今まで見えなかった部分が見えてくるんじゃないかと思います。
ヴィヴァルディのリュートとヴィオラ・ダ・モーレのための協奏曲では、弦がミュートをつけることを要求されています。ヴィオラ・ダ・モーレはリュートとならんで音の小さな楽器なので、バランスを考えてのことでしょう。昔から撥弦楽器系はそんなにでかい音は出てませんでしたから。モダンオケのハープだってギンギンに響くわけじゃないでしょ。
リュートが入ったトリオ、ハイドン作曲カッサシオンを今度のリサイタルで演奏しますが、もちろんPAは使いません。相方がバロックチェロとバロックヴァイオリンなので自然なバランスが取れるのではないかと思います。それでも相方には、そうとう加減をしていただかないと無理だとは思いますが、上手にやればすごくバランスの取れた感じで聴くことができるのではと思っています。
でも最近のギタリストMさんのようにコンサートホールでのコンサートでPAを使うことは私はしません。彼女の場合は売れっ子で2000席超でしかも響きのあまりよくないホールでコンサートをすることもあるでしょうから、それは致し方ないかもしれません。そういうホールだと、お姿も当然小さくなるでしょうから、スクリーンで弾いている姿を写すというのも必要かも知れませんね。そもそも1000とか2000席のホールでギターのコンサートをすることが間違っているとは思いますけど(ギターって、リュートもそうだけど、もっとパーソナルなもんだと思うんですけどね)、現代の音楽ビジネスに組み込まれてしまった以上仕方のないことかもしれませんが、本質的にはあまり幸福なことではなさそうです。
アンサンブルをするときにこそPAは役に立つんじゃないか、って意見もありますが、これもなんか変。クラシックのアンサンブルの楽器で、PA使わなきゃいけない楽器ってないんですよね。リュート系の楽器は大きめのバロックオケでは、テオルボを複数本(3本とか4本)使いますし、私が実際に聴いた例では、バロックオペラのオケでテオルボ2本で十分すぎるくらいの音量で鳴っていました。
電気のなかった昔に書かれた曲は当然PAを当てにしては書かれていません。ソロの場合も会場が音楽専用のホールで完全な静寂が得られるところであれば、音がどんなに小さくても必ず人間の耳の方であわせてくれるので、必要以上に大きな音で弾く必要はない、とはよく師匠が言っていたことです。そのかそけき音をかき消すノイズが出ている場所だと、それはもう物理的に音は聞こえなくなるので、その時にこそPAの出番です。でも考えてみるとPAの出番って、楽器にとって本来の場所じゃない、というかあまり幸せとはいえない場所で演奏するときなんですよね。そう考えると、21世紀って17世紀や18世紀のころよりクオリティが落ちている時代なんかも。
ギター協奏曲のアランフェス協奏曲が書かれたのは20世紀ですので、電気はありましたが、作曲者のホアキン・ロドリゴは多分PAをあてにしては書いてないでしょうね。昔ライブを聴いたことがあるんですけど、バランスは全然だめ、ギターがあまり聞こえませんでした。これって多分オケの人数が多すぎたんじゃないでしょうか。アランフェスのオーケストレーションがすごい薄っぺらな感じがするのは、ロドリゴがギターを意識してあえてそうしたのだと思います。ですからオケの人数もぐっと減らし、かつ小さめにという工夫が必要なんでしょう。バランスをとるためにギターにPAを使うという方法もありますが、なんか本質的じゃないと思います。アクースティック的にバランスをとる方法を考えたら、(要するに弦を思いっきり減らすということですが)管楽器とのバランスが変わり、(もちろんすべての楽器はギターを意識して演奏する必要がありますが)、今まで見えなかった部分が見えてくるんじゃないかと思います。
ヴィヴァルディのリュートとヴィオラ・ダ・モーレのための協奏曲では、弦がミュートをつけることを要求されています。ヴィオラ・ダ・モーレはリュートとならんで音の小さな楽器なので、バランスを考えてのことでしょう。昔から撥弦楽器系はそんなにでかい音は出てませんでしたから。モダンオケのハープだってギンギンに響くわけじゃないでしょ。
リュートが入ったトリオ、ハイドン作曲カッサシオンを今度のリサイタルで演奏しますが、もちろんPAは使いません。相方がバロックチェロとバロックヴァイオリンなので自然なバランスが取れるのではないかと思います。それでも相方には、そうとう加減をしていただかないと無理だとは思いますが、上手にやればすごくバランスの取れた感じで聴くことができるのではと思っています。