リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

バッハのリュート組曲995タブ化メモ(3)

2009年03月11日 23時06分42秒 | 音楽系
バッハはヴァイオリンの達人で、無伴奏ヴァイオリンのための作品はヴァイオリンの技巧を熟達した人しか書けないと言われています。彼の弟子にリュート奏者(クレープス)もいたし、彼自身リュートを所有していましたが、995番の筆致から判断するにあまり達者だとは言えないという可能性が高いです。さすがのバッハもリュートまでは、って感じです。

でも別の見方をすると、実はものすごく巧みにリュートを弾くことができた、と言えなくもありません。というのも、同時代の他のリュート作品と比べて非常に特異なテクスチャをもつこの作品は、少し工夫すればほとんど全ての音をバロック・リュートで出すことができるという事実があるからです。ただ一つの例外は当時の標準的な13コースバロック・リュートがもっていないコントラGの音だけです。

もっとも998番のプレリュード・フーガ・アレグロや997番だって、ほぼそのままリュートで音を出すことができますが、非常にキーボード・ライクのテクスチュアにリュート奏者は悪戦苦闘することになります。それらに比べると、確かに特異なテクスチャではありますが、995は確かにリュート曲の範疇に入ると言うことができます。従って、そういう作品を残したバッハは実はリュートの達人でもあったのでは、というわけです。

バッハは自筆譜の最初のページに、「シュスター氏のためのリュート作品」と書いています。このシュスター氏とはライプチヒの楽譜商ではないかと言われていますが、この作品を依頼したか書くきっかけを作った人物です。シュスター氏に渡されたこの楽譜は出版を予定していたのかも知れませんし、特に出版を予定してはいなかったけど、とにかく彼のもとに行ったのかも知れません。

私がこの作品をタブ化するときは、このシュスター氏のもとにあった楽譜を見たリュート奏者と同じスタンスに立ちたいと考えました。シュスター氏から連絡をもらって、バッハ氏のリュート作品を見に行ったリュート奏者X氏は、それを見て驚いたことでしょう。確かにリュートで弾けそうな譜ヅラはしているが、既存のリュート曲と比べたらえらい弾きにくい音型がならんでいる、でも何回か工夫しながら弾いてみたら一応プレイアブルだ、それに何より何とすばらしい音楽であることか!

バッハの自筆譜を見てタブ化する作業は、まさに当時のリュート奏者が感じた驚き、感動の追体験でした。次回からは、具体的にそれぞれの曲におけるタブ化の過程を書いていきたいと思います。