リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

バッハのリュート組曲995タブ化メモ(6)

2009年03月14日 19時39分50秒 | 音楽系
無伴奏チェロ組曲(BWV1010)の手稿には装飾音はあまり書かれていませんが、995には沢山装飾音が書かれています。書かれている装飾音のうち、アポジャトゥーラは音符で、トリルは tr と表記されています。あと×印の装飾がプレリュードの3小節目とクーラントの後半部1小節、S印がジグの後半12小節目に見られます。これらはどういう意味を持つのでしょうか。

まず、×印です。ここでは多分モルデントだと思うんですが、バッハか彼に近い人が何かの文献で×印はモルデントであるという譜例付き解説がない以上確証はありません。ただこの2つの×印、実は微妙に角度が+に近く、モルデントの手書き式に崩した書き方にも見えます。バッハの他の作品でのモルデントの手書きはどんなんかなと思って、インヴェンションの自筆楽譜(1723)を見てみましたら、モルデントの書き方というか書き癖が995と同じです。横棒の太さや角度も酷似しています。いかにも同一人物の筆跡という感じがします。(筆跡鑑定の専門知識はありませんので、単なる思いこみだけなのかも知れませんが(笑))これは×印ではなく、モルデントの記号ですね、多分。

なぜ、モルデントが×に見えてしまったかというと、リュートのタブではビブラートとかトリルの意味で使われているからなんです。でも、自筆譜の実物とか非常に鮮明なコピーで見たら、×に見えることはなく、モルデントに見えた可能性もあります。ちなみに、私が使っているのは、「名曲演奏の手引きPART Ⅲ バッハ/リュート作品の全て」(現代ギター社:1981)にあるファクシミリの印刷です。結構クリアに印刷されてはいますが、それでも実物と全く同じ情報を持っているわけではありません。

そういえばこれと全く逆の解釈で、リュートタブの×印をモルデントで演奏している例を思い出しました。バッハの装飾記号と、同時代のリュートタブの装飾記号は異なる記号体系を持っていますので、一つの記号を同じ意味で使っているという解釈には無理があります。

次にS印です。Sを裏返した記号はターンのように弾く、とインヴェンションの1723年自筆にある一覧表に書かれています。ではS印はどうやって?音楽的にはシュライファーだと思うんですが、S印がシュライファーだとする現代の解説書はありません。ま、ここはシュライファーにしときましょう。(笑)