リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

2つの新しいアルバム

2018年09月18日 15時05分13秒 | 音楽系
ポール・マッカートニーの新しいアルバム、「エジプト・ステーション」がビルボードの1位になったそうです。5年くらい前の前作もプロデューサーを変えて、随分サウンドが変わったなと思いましたが、今回もまた別のプロデューサーが担当したそうです。

今回の作品もとてもポールらしい冴えが感じられる曲が多いのはさすがです。新しいプロデューサーを得て、ポールの作品として違和感がなく、でもいままでとは少し違う新しい感じのアレンジや録音処理が魅力的です。彼と仕事をしたい若い人は一杯いますから、そういった若い才能を得てますますサウンドに磨きがかかっているという感じです。若い人にも、彼らにとってみれば少し古風な感じもあるポールの音楽は、すごくアピールするのでは。まぁどっかのバンドみたいにジジイとばっかりといつまでもやっていたのでは、ファンはジジイとババアだけになってしまうということですか。

あと1枚、新しいアルバム。ヨーロッパを拠点に活動している、リュートの大家今村泰典氏の新しいバッハのアルバムです。もう大分前に彼はバッハのソロ・リュート曲を2枚のCDに録音しましたが、今回はマタイ受難曲、ヨハネ受難曲のアリアも含めた2枚組アルバムで、9月末に彼自身の執筆による日本語解説付きでナクソスより発売されます。

今回は全ての曲が原調のまま演奏されています。前作では例えばホ短調のBWV996はト短調に移調されていましたし、BWV998のプレリュード・フーガ・アレグロはニ長調で演奏されていました。いわゆるニ短調調弦のバロック・リュートで原調のままで全ての曲を演奏をするのは不可能です。リュートを弾かない方にとっては、この話はどうでもいいのでしょうが、演奏する側からすると大問題なのです。

今回今村氏はどういう手法を使ったのかというと、変調弦(スコルダトゥーラ)をいくつかの曲に取り入れました。彼が使った変調弦は、6コースまでは各コースの音程間隔を変えない方法です。前回ト短調で演奏した原調がホ短調の曲は、短3度調弦全体を下げてホ短調に、同じく前回ニ長調で演奏したプレリュード・フーガ・アレグロは半音調弦を上げて原調の変ホ長調で演奏しています。タブ譜的に見れば前回と同じものになります。もちろん実際は多少は変えているでしょうけど。

1曲だけ例外なのが、1006aです。この曲においては、1コースからミド♯ラミド♯ラ以下ホ長調の音階のバス弦、のような変調弦を使っています。この方法はもう40年以上前ですが、当時のバーゼル・スコラ・カントルムの教授であった、オイゲン・ミュラー・ドンボア氏がこのホ長調組曲を実用的に演奏できる変調弦として提唱していたものです。今村氏は若い頃ドンボア氏にも師事をしていましたので、40年以上経って初めて「世に出た」という感じです。ドンボア氏は惜しくも数年前になくなられましたが、きっと草葉の陰で喜んでおられることでしょう。

このアルバムには、受難曲のアリアも入っているというのはすでに述べましたが、それにオルガンでムリス野田亜希さんも参加されています。彼女は名古屋出身で、以前バロック音楽の旅のコンサートにも出演していただいたことがあります。バーゼル・スコラ・カントルムを卒業後はヨーロッパに拠点を置いて活躍されています。

このアルバムに使った会場は、今村氏の自宅のすぐ近くの教会です。いい響きの教会がすぐ近くにあり、近所に住んでいる演奏家と一緒に録音できるなんて、素晴らしい環境ですね。