リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

BWV995つづき

2013年03月28日 20時58分45秒 | 音楽系
バッハが995番のタブを自身で書いてくれていたなら、ややこしい問題はなにも起こらなかったんですが、このト短調で書かれた995番の自筆譜、いろいろ大変です。まずプレリュードの冒頭、三小節目にして13コースのバロックリュートでは出ない音がいきなり出ています。この音、低い低いソの音、コントラGというんですが、ここだけならいざしらず、五小節目も六小節目も七小節目にも出てきます。そして他の楽章にも出てきます。

バロックリュートは13コースで最低音は低い低いAの音です。ではもう1コース弦を増やして14コースにするという手もないことはないですが(実際にそういう楽器で演奏している人もいます)当時のタブラチュアで14コースを要求しているものはないところから、14コースのバロック・リュートは存在していなかったということが推測されます。
では、どういうことなのか。この点に関して一つの提起がありました。原調のト短調から一音あげてイ短調で弾くという方法です。ホプキンソン・スミスが提起したのが最初だと思いますが、もう随分前に録音したバッハのリュート曲全集の録音ではこの方法をとっています。最近のポール・オデットもイ短調で演奏しています。



イ短調で演奏すると、プレリュードなどの低い音は全て音が出ます。さらにいくつかの箇所で、ト短調ではとても押さえにくいところがとても簡単にかつ素直に押さえることができるようになります。ただ、イ短調という調性から属調のホ短調への転調が頻繁に出てきますが、その部分のいくつかはとても演奏が難しくなります。

ホプキンソン・スミスはイ短調版の楽譜の出版もしております。スイスにいたときに、「最近出版したんだけど、現在生徒でバロック・リュートを弾いている人はいないので、これキミにあげるよ」ということでいただきました。リサイタルでは彼に敬意を表してあえて彼の版を使って演奏しようかと思いましたが、曲の捉まえ方も異なるし、指癖も違うので、やはり自分で自筆譜から書き起こしました。ト短調版も以前作ったことがありましたが、イ短調版を作っていて感じたのは、バッハが楽器を傍らに置きながら編曲をしていた様子です。時々リュートを手にして「この音型にこのバスはいけるかな?」なんて吟味しながら書いていた様子が目に見えてきました。ト短調版を作っていたときはあまりそういう風には感じませんでした。