(イグナチオ・デ・ロヨラの肖像画。ウィキペディア「イエズス会」より引用。)
戦国時代に渡来した宣教師がもっとも困ったのは、仏教のことをよく知らないと庶民から相手にされなかったことです。(だから宣教師はまず仏教を学ばなくてはなりませんでした。)
当時、字が読めない庶民でさえ仏教に精通していました。庶民は辻説法によって仏教の知識を得ました。京の街ではそこここで僧侶による説法が行われ、いつも人垣ができていたといいます。
ここからは私の空想ですが、庶民にとって辻説法とは、近代の浪曲や講談のような娯楽だったのではないでしょうか?ときあたかも戦乱の世で、お釈迦さまの救いを説く説法に庶民はぐいぐいと引き込まれたと想像されます。なかには名調子やイケメンで人気を博した僧侶がいたかもしれませんね。
※今日、気にとまった短歌
書き上げし辞表を胸に出社せしこともあったね明日は定年 (さいたま市)石原正規