電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ジョン・カルショウ『レコードはまっすぐに』を読む

2005年08月14日 09時15分41秒 | -ノンフィクション
お盆の休日を利用し、ジョン・カルショウ著『レコードはまっすぐに』を読了した。帯のコピーによれば、「デッカの伝説の名プロデューサーが綴る20世紀のレコード録音史」とのこと。

高校を卒業し、銀行に就職した音楽好きの青年カルショウは、銀行の仕事になじめず、兵役で海軍の飛行機乗りになる。訓練生活の中でも楽譜と蓄音機とSP盤を持ち歩き、あまりに遅すぎて撃墜されにくい飛行艇乗りとして終戦を迎えるところは、運が良かったとしかいいようがない。
海軍を除隊して、潜水艦ソナーの技術を応用した全周波数帯域録音(full frequency range recording)の画期的な技術を持つ小さな会社デッカのレコードを聞き、デッカの宣伝部で働くことにする。やがて、レコード制作の現場に移る。

レコード制作の現場では、多くの演奏家とのエピソードが語られるが、いくつかの技術的な変革が注目される。一つはLPの登場だ。シェラック盤ではなく磁気テープに録音し、コロムビアが開発した33+1/3回転のLPレコードによって再生する技術の登場によって、色々なクラシック音楽を聞く楽しみは大きく前進した。1950年代のモノラル録音の多彩さは、愛好家の喜びを反映している。そしてステレオ録音の登場である。

演奏家が「ステレオ録音ならギャラを二倍にしてよ」という値上げ要求をするのでは、と恐れたレコード会社は、通常のモノラル録音のほか秘密のうちにステレオ録音を行った。1950年代後半のステレオ録音は、そんなエピソードを残している。だが演奏家は、ステレオならギャラを二倍に、というような要求は出さなかった。ステレオ録音の自然なプレゼンスを評価し、モノラル録音よりもステレオ録音を歓迎したのである。ここから、ステレオ録音のLPレコードの爆発的普及が始まる。カルショウの歴史的な「指環」全曲録音も、この流れの中に位置づけられるエポックであった。

だが、制作現場の奮闘と営業や経営者の無理解との確執は深まるばかりだ。ルイスとローゼンガルテンの個人商店のようなデッカは、やがて停滞し、ポリグラムに吸収されていく。

LP初期の「デッカの名録音」という表現は、潜水艦ソナー技術の応用という技術的実体があったが、「ソニックステージ」というネーミングは宣伝のために作り出したものであり、何も特別な技術的実体は存在せず、各社で行っているのと同じ普通のステレオ録音に過ぎなかったことなど、興味深い記述がたくさん含まれている。
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