(1)安倍首相が病気を理由に突然辞任を表明した。7年8か月と史上連続在位最長記録となる安倍首相の任期途中での辞任表明で大騒ぎだが、民主主義政治では「国民主権」(parliamentary responsibility)が基本理念であり、国民がしっかり受け止めなければならない。
ケネディ元大統領が述べた国が国民に何をするのかでなく、国民が国のために何をするのか、できるのか問うことが強く求められている。
(2)さすがに安倍内閣は最近は支持率が30%台前半となり、不支持率が過半数を超える状況が続いているが、小市民的国民意識(petite bourgeoisie)は長らく安倍政権の基本重要政策にはことごとく過半数が反対しながら安倍内閣支持率は比較安定するという経済優先、個人主義が支えてきた。
安倍政治は首相として初めて憲法改正を目指し、意欲を示す野望政治であり、官邸主導政治で官僚、自民党を牛耳って国民主権を無視した安倍独裁政治を長らく続けてきた。
政治、政権はどこでも長く続けばそれは独裁でしかない。民主主義政治は多様で多角的な人材、政治、理念を生かすことで成り立つ。
(3)安倍政治の野望性、独裁性は安倍首相、夫人自らがかかわる疑惑が追及されて、ここ1,2年は政権の体を成していない政治状況が続いていた。そこに世界的な新型コロナ感染流行拡大(pandemic)で安倍首相、政権の対策は後手、後手で決めたばかりの対策をすぐに変更するなど不規則でモロに悪影響がでていた。
安倍首相は解散総選挙で活路を見出そうとしたようだが、コロナ社会ではそれも不発に終わった。
(4)安倍首相の今回の突然の辞任表明は持病の再発ということだが、それもこれも政権の体を成していない結果のあらわれでしかない。それを許してきた「国民主権」にも問題はあり、政治を変えるためには国民が変わらなければならないと書いてきたが、安倍首相は代わっても支えてきた自民党連立与党は変わらずに、政治を変えるには国民が主権者として変わらなければならないのは変わらない。
(5)民主主義政治は国民主権が基本理念で、安倍長期政権が終わるからといって国民がしっかりしなければならない時だと書いたが、次期首相、総裁が決まれば総選挙は必然で(時期はコロナ感染社会との兼合い次第)、民主主義政治の土台の国民主権の責任、判断、選択の力量、度量(geneous)が試される。
ケネディ元大統領が述べた国が国民に何をするのかでなく、国民が国のために何をするのか、できるのか問うことが強く求められている。
(2)さすがに安倍内閣は最近は支持率が30%台前半となり、不支持率が過半数を超える状況が続いているが、小市民的国民意識(petite bourgeoisie)は長らく安倍政権の基本重要政策にはことごとく過半数が反対しながら安倍内閣支持率は比較安定するという経済優先、個人主義が支えてきた。
安倍政治は首相として初めて憲法改正を目指し、意欲を示す野望政治であり、官邸主導政治で官僚、自民党を牛耳って国民主権を無視した安倍独裁政治を長らく続けてきた。
政治、政権はどこでも長く続けばそれは独裁でしかない。民主主義政治は多様で多角的な人材、政治、理念を生かすことで成り立つ。
(3)安倍政治の野望性、独裁性は安倍首相、夫人自らがかかわる疑惑が追及されて、ここ1,2年は政権の体を成していない政治状況が続いていた。そこに世界的な新型コロナ感染流行拡大(pandemic)で安倍首相、政権の対策は後手、後手で決めたばかりの対策をすぐに変更するなど不規則でモロに悪影響がでていた。
安倍首相は解散総選挙で活路を見出そうとしたようだが、コロナ社会ではそれも不発に終わった。
(4)安倍首相の今回の突然の辞任表明は持病の再発ということだが、それもこれも政権の体を成していない結果のあらわれでしかない。それを許してきた「国民主権」にも問題はあり、政治を変えるためには国民が変わらなければならないと書いてきたが、安倍首相は代わっても支えてきた自民党連立与党は変わらずに、政治を変えるには国民が主権者として変わらなければならないのは変わらない。
(5)民主主義政治は国民主権が基本理念で、安倍長期政権が終わるからといって国民がしっかりしなければならない時だと書いたが、次期首相、総裁が決まれば総選挙は必然で(時期はコロナ感染社会との兼合い次第)、民主主義政治の土台の国民主権の責任、判断、選択の力量、度量(geneous)が試される。