日暮らし通信


その日暮らしの生活でも、感謝しています

日頃、見た事・聞いた事・感じた事・そして言いたい事などを発信します

ある日の出来事

2015年09月30日 14時00分24秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

カマキリと親子蛙

自宅庭にて
(撮影: H270929)



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妻は散歩が終わって家に帰ると、必ず玄関入口のエアコン室外機の上にある置物の親子蛙(おやこがえる)(ひたい)を手で()ぜて 「ただいま~」 と言う

だがある日散歩から帰ると妻が 「あれ~ 何かいるよ?」 と指差した先には 「お邪魔してま~す」 と蛙さんの額にカマキリ君が軟着陸していた

子蛙も 「父ちゃん、前が見えないよ~」 と言っているのかもしれないが、カマキリ君はお構いなしのままだ

妻はそれに構わずいつものように撫ぜようとするので私は 「ちょっと待ったあ~」 とブレークした

カマキリは他の小動物を捕食する肉食性の昆虫だから、まさか子蛙を狙った訳でもないだろうが、この辺りでカマキリを見るのも珍しいことでもある

 「すぐに飛んでいくから待ったら」 と妻に言ったが、居心地がいいのかなかなか動こうとはしなかった

よくよく見ると、何故かカマキリ君の視線はじいっと妻の方を見ているようだった

結局その日は撫ぜるのは諦めて 「ただいま~」 だけの挨拶で済ませた

30分後にはもう姿は無かったが、カマキリ君は無事に自分の住み家にカエルことが出来たであろうか?

この 「親子蛙」 については平成24年11月11日にタイトル名 「妻のこだわり」 (カテゴリー・日暮らし通信) で投稿しています






レタス と リンゴ

2015年09月29日 14時58分51秒 | 日暮らし通信
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ソウトメグサの実

空堀川沿いにて
(撮影: H270929)



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今日も妻と近くのスーパーで食材を買った

野菜の値上がりにも慣れたが、いくら高くても買うのがレタスだ

我が家では朝食は昔から野菜サラダ付きのパン食だが、そのサラダに使うレタスは必ず妻が手で細かく千切ることになっている

そんな仕事は妻が料理を忘れてしまってからのことだが、自分で考えて自分では料理できないが、指示すれば千切ったり、包丁で切ることは可能な妻だ

ある時からレタスを千切ることは、妻のリハビリにもなると始めたがそれが今もずうっと続いているので、幾ら高くなってもレタスだけは冷蔵庫・野菜コーナーの常連となっている

だがレタスも高くなって一時は一個300円を越えた時もあった。他のお店ではどうだろうか? と三軒ほど値段を見に行ったが、なぜか同じ値段だった

今日はレタス一個が298円、それでも高いと私は思うのだが、時には198円とか258円になることもあるが、すぐに298円に戻ってしまう

それから最近になってリンゴが安くなった

夕食後には必ず果物を食べるのが我が家の通例になっているが、その果物はリンゴの時が多い

何故リンゴ? これも妻のリハビリとして始めたのが 「リンゴの皮剥(かわむ)き」 だった

かつては煮物料理などを得意としていた妻だから、包丁を持つとその当時の感触が戻ってくるのだろうか? 丁寧に包丁で皮を剥いている

今では妻の皮剥きスピードには私も叶わないほど早い。少し皮を厚めに切るがそれは見なかったことにしておこう

でもレタスと違ってリンゴはあまり高いと買わないこともある

今年のある次期からは一個148円にもなると私の財布は紐が固くなった。だから食後の果物は別の物を用意することにした

今は種類を選ばなければ一個98円になったので、またリンゴの出番となった

何を食べても果物は美味しい。特に好きなのはブドウ。あの酸味と甘みは最高の味だ。リンゴが高い時はデラウエア一房を二人で食べていたが美味しかった

これからも朝食のレタス、夕食後のリンゴを食べることに当分は変わりそうもない





秋の日に

2015年09月28日 14時01分50秒 | 日暮らし通信
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フェンスに咲くコスモス

空堀川沿いにて
(撮影: H270928)



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今朝、東京の日の出は5時33分

いつも5時前後起床するがまだ外は真っ暗。今までは起きるとすぐ一階のシャッターを開けていたが、最近は6時まで閉めたままにしている

日の出は毎日分単位で変化しているが因みに明日の日の出は5時34分、まだ来年1月13日 (日の出は6時51分) までは日の出が遅くなる

一番早い日の出だったのは6月6日の4時25分、その頃と比べるとずいぶん時間差があるが、地球と言う惑星の神秘性はこの日の出の時間だけ見ても窺うことができる

今日は快晴、風もあまり吹かず、陽気としては最高のコンディションだ。気温は高いが湿度が低く、過ごし易い雰囲気なので有難い

いつものように今日も買い物してから、妻と空堀川沿いを歩いて帰ったが、民家の庭先や狭い路肩などでは結構いろいろな花が咲いている

だが楽しませてくれた彼岸花はもう完全に花弁を閉じて、あの鮮やかだった朱色の面影はどこにもない

そして秋の花はやはりコスモスだ。散歩コースでコスモスを見るのは都営住宅前庭のフェンスに貼りつくように咲いているだけだが、秋空に向かって咲く姿はいつ見ても爽やかだ

コスモスを見るとかつて妻と群馬水上(みなかみ)の藤原スキー場で咲いている 「百万本のコスモス」 を見に行ったことを想い出した

あちこちでそのような花のイベントがあるとよく車で見に行ったが、今は何処へも行けずただそれらを想い出すだけだ

 「秋空にコスモスはよく似合う」 と、小さなコスモスの群れを撮るのも楽しみの一つである

14時過ぎ、庭に置いてある寒暖計は30度を指している。意外と高いが ”暑い” と感じない秋の日特有のいい陽気である





逝く人あらば 闘う人もいる

2015年09月27日 13時44分23秒 | ちょっと一言

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まだ、山吹が咲いている

空堀川沿いにて
(撮影: H270926)



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私は日常、芸能界に関するニュースなどにはあまり関心が無く、テレビで芸能ニュースが流れるとチャンネルを替えるほどの男でもある

だが、最近その芸能界で知られた二人の女性の生き方に考えさせられることがあった

一人は急逝した女優のKさん。亡くなる極く最近まで仕事をしていたとのことだが、そんなことが現実にあったのだろうか? と、深い感銘の中で驚きを覚えてしまった

私はKさんのことはよく知らないが新聞の寸評によれば 「優雅さと上品さに加えてとても心の強い女性だったのだろう」 と評されている

病院を受診直後に女性誌の記者からは 「お墓を買ったんですか?」 とか 「遺書があるとか?」 との不躾(ぶしつけ)な質問にも丁寧に答えたようだが、本心は相当に辛かっただろう、とも書かれていた

一生懸命、精一杯生きた一人の女性がまたこの世から消えてしまった。その訃報を聞いて私の胸中は虚無感が増すばかりの寂しさに陥ってしまった

もう一人は元プロレスラーでタレントのHさんがプログで自らの病状を説明して、手術することを明らかにしたことだった

テレビでよく出演しているので私も名前くらいは覚えていたが 「えっ、あんな丈夫そうな人が?」 と驚いたが、元気で笑顔一杯でとても壊れそうもない女性で、ご主人とも仲良さそうな夫婦だとの印象だった

見るからにHさんは頑丈で怖そうな女性だが、私がもし何か文句を言ったら、空手チョップの二、三発もくらいそうな勢いをいつも持っているようで、好感の持てるタレントさんだった

毎年その病気の検査をしていたようだが、何故それが手術が必要な症状に変わってしまったのだろうか?

手術後の経過も良好とのことだが、これからはもっと厳しい闘病生活が続くであろう。月並みな言葉だが 「頑張ってください」 と応援します

 ”Hさん、また元気になってぜひあの笑顔を皆さんに見せてください” 

日本人の二人に一人は(がん)になるという。三人に一人は癌で死ぬそうだ。そんな統計値からすれば癌は身近な病気になってしまった

誰もが ”癌” と言うイエローカードを突き付けられているようだから、自分の問題として考える時かもしれない

でも 「二人に一人は癌になる」 の言葉は少し気になる。何故なら我が家は二人だから? 





街中のアケビを見る

2015年09月26日 15時01分54秒 | 四季の花と風景

四季の織りなす 花 と 風景 をお届けします



 写真説明: アケビ三態
 撮影場所: ある民家にて










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●  私のひとり(ごと)  ●

毎年、この時期になると同じ町内にある民家の生垣を必ず見に行く

昔と比べたらかなり生垣の数も減って、何とも武骨に見えるブロック塀が多くなってしまったが、まだ旧家風の家には生垣があるので地球温暖化対策としても有効なので残して欲しいものである

私も旧家では生垣があり、歳を重ねるとそれを刈り込みするのが億劫になったが、転居して生垣が無くなると逆にその刈り込みの仕事が懐かしく想い出される

ところでこの民家の生垣はちょっと変わった植物が主役で、それは 「アケビ」 である

この民家は貸家だから広い敷地ではないが、南側に面した5メートルほどの境界がその 「アケビの生垣」 で、今の時期にはそのアケビの実がたわわに実っている

街中でアケビの実を見るのは極めて珍しいことだが、さらによく見るとこのアケビは地植えでは無く、全部が鉢植えなのが驚きだ

何個の鉢があるのかは定かではないが、数個はあるだろうとの憶測だが、よくもこのように成長したものだ

実は旧家にいた頃、私もこのアケビに刺激されて庭に棚を作ってアケビを植えて、実の成ることを期待したのだが花は咲くが実を成らすまでには至らなかった

そこでこの民家の住人にアケビの実を付けるノウハウを聞きに行ったことがあった。 「そんな難しいことではありませんよ」 と教えてくれたが、とうとう実が成らずに諦めてしまった

山のアケビは自然受粉だが、街中では人口受粉により結実させるので、私はこの受粉作業を誤っていたようだ

この 「アケビの生垣」 は見事だ。かなりの数の実が成っているが、中にはもう熟れて殻を破って中味 (種?) が見えている実もある

さてこの 「アケビの管理人さん」 はこんなに多くのアケビの実をどうするのであろうか?






彼岸花 と 柿の実

2015年09月25日 14時49分31秒 | 日暮らし通信
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色付き始めた柿の実

空堀川沿いにて
(撮影: H270923)



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 「お彼岸」 も明日で明けるが、この期間を利用して物事の区切りとか、新しい事の出発点にしている人もいるかもしれない

だがそれは人間の世界だけではなく、自然界でも同じように変化が起こることを最近実感している

その一つは 「彼岸花」 のことである

9月になるとあっと言う間に地上に顔を出したかと思うと、どんどん茎が延びて (一説では日に10センチも延びるとか?) 真赤な花弁を開く。そして咲く日の標準はやはり 「お彼岸の中日」 に満開になることのようだ

そして 「彼岸明け」 の頃はもう花も終わって翌年また花を咲かせる準備に入るのだろうが、この花の規則性はいつ見ても正確であるが、場所によっては多少開花期のずれがあることだろう

二つ目は妻が好きな柿の実のことである

散歩する度に川沿いにある農家の畑に植えてあるたくさんの柿の木を見る。そこには何回かの自然摘果を経て、最近はしっかりと大きくなった実が多数成っている

それまでは葉と似たような実の色だったが、それはあたかも保護色のようなので実の存在を隠しているようでもあった

その実たちがお彼岸入り後、俄かに色付くようになり、徐々に黄色さを増すようになった

それは熟して間もなく収穫される運命を感じながら、自ら精一杯に化粧直しをする自然界での成り合いをスローモーションで見るような変化でもある

この辺りでは 「彼岸花」 も 「柿の実」 もお彼岸を境に変化する。それは自然界の当たり前の出来事だと言ってしまえばそれまでだが、私には両者共正確な自然の胎内時計を持っているに違いないと思いながら、いつもこの時期になるとその不思議さに感動してしまう






 「シルバーウィーク」 とは?

2015年09月24日 14時48分04秒 | 日暮らし通信
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白芙蓉

空堀川沿いにて
(撮影: H270923)



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巷では 「シルバーウィーク」 も終わって 「世の働き蜂どもの皆さん」 はまた通常モードに戻りましたので 「ご苦労さまです」 と、エールを送ります

ところで最近、私はこの 「シルバーウィーク」 の意味を大きく曲解していることに気付きました

あまり聞き慣れない言葉だったが、21日が 「敬老の日」 なので、それに因んでの連休として 「シルバーウィーク」 と言うのかと思っていた

ところが 「シルバーウィーク」 とは、 秋の大型連休のことで、4月末から5月初めにかけての祝日が多い大型連休時期である 「ゴールデンウィーク」 にあやかって名付けられた造語とのことで、 「秋のゴールデンウィーク」 とも呼ばれるそうです

最初の 「シルバーウィーク」 が生じたのは2009年とのことですが、私、ぜんぜん気が付きませんでした

次回の 「シルバーウィーク」 が訪れるのは2026年の見込みとのことですが、そんな先のことなんてどうなっているか? 全く判りません

それにしても全ては 「浅学寡聞(せんがくかぶん)」 である我が身の ”早とちり” だったが 「人間日々学ぶことあり」 の教訓を身に染みて感じました

でも 「浅学寡聞」 の反対語である 「博学多才(はくがくたさい)」 を目指すのだけは止めることにしておきましょう

何故って? 私の脳細胞はもう飽和状態ですから、とても新しい知識を受け付けてくれないからです

天から 「そんなことより、もっと妻の介護に専念することだ」 との声あり。 「はい、判りました」 と気を引き締めることにしました





妻と 「ぼたもち」

2015年09月23日 14時26分22秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

中日に彼岸花満開

空堀川沿いにて
(撮影: H270923)



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今日はお彼岸の中日。この日になると毎年想い出すことがある

妻が元気な頃のこの日は、朝食は妻が作った 「ぼたもち」 を食べるのが楽しみだった

 「ぼたもち」 は別名 「おはぎ」 と同じかどうかは諸説があるようだが、昔からこの辺りに住んでいる人たちは 「おはぎ」 とは言わず、 「ぼたもち」 と呼んでお彼岸には欠かせない食べ物となっている

だがスーパーなどではもっぱら 「おはぎ」 の名で売り出されている

 「ぼたもち」 と言う名の由来も諸説があるようだが、最近知ったのはサンスクリット語 (古代インド・アーリア語に 属する言語) に由来するとの説で、サンスクリット語の bhukta (ブッダ) + mridu (ムチ) が 「ぼた-もち」 になったという説で、bhukta (ブッダ) は 「飯」、mridu (ムチ) は 「柔らかい」 を意味するそうです

少し脱線したが、かつて妻は中日の前日の夕方になるとこの 「ぼたもち」 を作る準備を始める

私はどんな食材を使ったのかはよく判らないが、もち米を準備して、夕方から夜にかけて(あん)こ作りをするが、時には食卓の椅子に座りながらコックリ、コックリと襲ってくる眠気を(こら)えて味見しながら餡こ作りをしていた

その翌朝、妻は早起きしてもち米を蒸す。その蒸されたもち米を丸めたものに餡をまぶして出来あがりとなる

妻が作った 「ぼたもち」 はまずは仏前にお供えしてから、私も朝食として食べる。その味は?

私はあまり美味(うま)い、不味(まず)いを言わない男だがこの 「ぼたもち」 は思わず 「美味い」 と叫びたいほどの甘くて美味しい絶品の味だった

蒸したお米もふっくらと歯ごたえもあって、その餡この甘さは絶妙の味だったのでそれを妻に言うと 「特別なことはしてないけど」 とのことだったが、そんな手法はやはり 「手打ちうどん」 作りの達人でもあった妻の母親から知らずの内に伝わった伝統のような食作りなのだろう

そんな絶品だった 「ぼたもち」 も、もう食べることもできなくなったが、この中日が来るとそのことが必ず想い出されてくる

今日、仏前にはスーパーで買った 「おはぎ」 を供えた。おそらく、ご先祖さまたちも妻の作った 「ぼたもち」 の味を想い出しているのかもしれない

かつては料理上手だった妻だったが、今日も8時半、迎えの車に乗って元気にDSへ向かった。その車が遠ざかるのを見ていたらまた少し複雑な気持ちになってしまった

今日空堀川沿いを散歩して見た彼岸花はどれも満開、さすが中日に照準を合わせて咲いているようだった






頑張れ~ 洗濯機

2015年09月22日 16時25分08秒 | 日暮らし通信
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今日のコスモス

空堀川沿いにて
(撮影: H270922)



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思いがけず妻が主婦業を休止して私が主夫としての生活が始まって驚いたのは主婦業の幅広さだった

 ”こんなことまでやっているの?” と、いささか自信が無くなるような仕事の多さだった

妻との二人暮らしでもそんな驚きだから、大家族で子供たちや祖父母と暮らしている主婦はもっと大変な労力を使っているだろうと推測すると、私の主夫業なんて比べ物にもならないと、少しは納得した

だが世の中は文明の利器、特に家電が進歩したのは、神様が少しは主婦の仕事を少なくするような計らいの賜物かもしれない

私の主夫業もその家電のお陰で成り立っているが、特にその中でもお世話になっているのが洗濯機だ

洗濯? 昔は大変だったでしょう。(たらい)に洗濯物を入れて、水はガッチャン、ガッチャンと井戸から汲んで、そして固形石鹸を使って洗濯板でゴシゴシと洗うのだから知恵と力も必要だったはずだ

やっと洗い終わると今度は絞って、そして表に干す。この洗濯工程、量によってはかなりの重労働でもあった

私も子供の時代、母が勤めていたから洗濯は三男坊の私の役目、好きとか嫌いとかは別にしてやらざるを得なかったけど、結構きつい仕事だった

元気な頃、妻は毎日洗濯していたが、私も多少に拘わらず、毎日洗濯するタイプ。世の中には洗濯物を溜めて一杯になってから洗濯機を回す人もいるようだが、それは節水という面から見ると正解のようです

先週、そのお世話になっている洗濯機の 「お湯取り機能 (風呂水を利用しての洗濯)」 が作動しなくなってしまった

この機能は洗濯機から吸水ホースで浴槽内の湯水を汲み上げて 「洗いとすすぎ」 に利用するが、洗濯前後の浴槽内の湯水レベルが変わっていないことが機能不具合の証しだった

洗濯機には設置した年月日の 「H181203」 とのラベルが貼ってあるから、もう8年9ヶ月もお世話になっているので、寿命なのだろうか?

取扱い説明書も(めく)ってもそんなトラブル例はない。でも少し故障探求 (トラブルシューティング) をしてみようと思った

まず簡単に考えられる原因は
① 湯水を汲み上げるモーターの故障
② 吸水ホース内の詰り

などだが、もし目詰りして湯水を吸い上げなくても、自動的に水道水に切り変わるから洗濯には支障はない

① の場合は私にはどうしようもないが、せめて ② の場合を想定するしかない

吸水ホースを洗濯機から外して、ホース内の詰り (息吹きしたら少し重かった) を点検し、先端に二枚あるフィルター (だいぶゴミが詰っていた) をブラシなどで洗浄して取り付けた。さあ、どうだろうか?

翌日の洗濯時ではこの機能も復旧したようだが、浴槽内の湯水レベルの減り方が果たして正常なのかどうかは定かではない。とりあえずこのままで様子を見るしかない

しかし、洗濯・脱水槽内のフィルターなどは時々洗浄しているが、吸水ホースを洗浄したのは今回が始めてだったが、取扱い説明書には定期的な洗浄を推奨しているから、やはりそれを遵守することが必要なのだろう

洗濯機も人間もやはり定期的なメンテナンスをすると長持ちするようだが、それにしても洗濯機という家電は丈夫で息が長い道具で大いに助かっている






栗ご飯 と サンマの塩焼き

2015年09月21日 14時29分59秒 | 日暮らし通信
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虫 と ニラ花

空堀川沿いにて
(撮影: H270921)



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お彼岸入りの日、長男夫婦と娘夫婦がやって来た

来るのは月一(つきいち)程度だが、来てもらうと助かるのは夕食を作ってくれること。お陰でこの時だけは私ものんびりとした気持ちになれる

その時の献立は長男の嫁さんと娘が相談して決めるようだが、時には娘から私に電話があって ”何か食べたいものは?” と気遣ってくれるが特にリクエストも無いので、二人に任せることにしている

さて ”この日の献立は何?” と聞くと 「栗ご飯とサンマの塩焼き」 とのことだった

最近、娘がこの 「栗ご飯」 に興味を持って何回か自宅でトライしているようだったが、やっとレシピ化したので私たちにもお裾分けする気になったのだろう

それと 「サンマの塩焼き」 は私の大好物でもあるが、自分でサンマを焼いて食べるのは面倒なので、時々スーパーで焼いたサンマを買って食べるくらいだ

この二人の料理を作るやり方を垣間(かいま)見ていると、実に巧みに食材を調理するのは流石に主婦だけのことがあると感心する

その他のオカズ (副食や惣菜のこと) は主に嫁さんが作っているようだが、短時間で器用に数種類のオカズを六人前も作るのも手慣れたものだ

それ以外に私の好きなお刺身も娘が買ってきたので、今夜の晩酌が楽しみにもなった

さて作った料理六人前を食卓 (結構大きいのです) に並べると、隙間が無いほどお皿で一杯だ。いつも妻と二人の夕食と比べると比較にならないほどの賑やかなで豪勢な食卓となった

メインの栗ご飯もよくふっくらと炊け、各人一匹割り当てのサンマも塩焼きされてコンガリとした食欲をそそる色になった

 ”さ~て、頂こうか” と、皆で食べはじめたが、大勢で食べる夕食はやはり美味(おい)しかった

妻も嫁さんが骨抜きして細かくしてくれたサンマ一匹を食べ、栗ご飯も美味(うま)そうに食べたが、私の晩酌もまた格別に滑らかに盃も進んだ

でも食べ終わると後片付けも大変、妻も一緒にお皿拭きなどを手伝ったのでご満悦のようだったが、忘れてしまった主婦の仕事を想い出したのかもしれない

だがいつも思うのだが、料理するには手間暇(てまひま)もかかるが、食べ出すとあっと言う間に終わってしまい、そして片付けとなるのは何か勿体ないような早い時間の流れでもある

私のような食べるだけの人には有難いが、作って後片付けする人はちょっとハードのようで申し訳ないような気にもなった

この夕食 ”ご馳走さまでした” と、嫁さんと娘には妻共々(つまともども)ただただ感謝するばかりでした

今度はいつ来るのだろうか?






今日はお彼岸の入り

2015年09月20日 13時56分24秒 | 日暮らし通信
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秋空 と コスモス

空堀川沿いにて
(撮影: H270920)



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今日20日はお彼岸の入り日

 「秋のお彼岸」 は雑節の一つで、昼と夜の長さがほぼ同じになる秋分を中日とした前後各3日を合わせた7日間が秋のお彼岸となる。つまり、お彼岸入りの日はその初日のことなのだが、ちなみに7日目の26日が 「彼岸明け」 となる

そしてお彼岸になると 「寒さ暑さも彼岸まで」 の慣用句が浮かんでくる

暑さは秋分まで、寒さは春分までには和らぐという意味の言葉のようだが、実際にはそのように気候の変化があるのだろうか?

ネットで調べてみると、気象庁のお天気相談室の話では 「気象観測的には、どうやら慣用句との関連性はない」 と、考えられているようです

だがこのお彼岸を越えると体感的に暖かくなったり、涼しくなったりと感じることも事実だから、昔の人は、この体感的な感想を慣用句にしたのかもしれない

でも秋のお彼岸になると、これから向かう冬の寒さを想像してしまう。それに比べて春のお彼岸の方が前途に明るさがあるようで何となく気持ちも前向きになってくる

そんなお彼岸の入りの日も、9時半に妻と歩きで家を出て近くのスーパーで買い物して、その後川沿いを歩いて帰った

空は秋晴れ。すっきりとした青い空を眺めながらの散歩もいいものだ

気温は低くは無いが、湿度が低いのでさっぱりとした雰囲気があって、グッドコンディションの中で歩くのは爽快そのものだ

さらに風も適当に吹いているからそれが体に当たると涼しさを呼び込むように心地良い

巷では 「シルバーウイーク」 と呼ぶ大型連休中だが、私たちは 「365日大型連休」 で暮らす身だからあまり実感もない

この連休で困るのは21~23日まで妻用の宅配弁当 (夕食用) が休みであること。何を食べさせるかで少し悩みそうだ

それにしても今日は秋晴れの良い天気です。14時前、庭の外気温は32度。気温が高いがそれを感じない爽やかさでした






また、忘れたあ~

2015年09月19日 14時54分09秒 | 日暮らし通信
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朝顔

空堀川沿いにて



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今朝起きてDKへ行ったら、パンを入れる竹籠の中が空っぽなのに気付き、 ”ああ、しまったあ~、食パンを買い忘れたあ~” と呟いた

昨日の買い物メモを調べてみると 「食パン」 を書き忘れているから、買わないのは当たり前のことだった

 ”さて、どうしようか?” と、思案したが、私独りならパン抜きでも我慢するが、妻には何としても食べさせたいと思った

そこで妻にはテレビを見ながら留守番させて、私は自転車で野塩橋近くのコンビニへ一っ走りして買ってくることにした

家から自転車で空堀川沿いを行けば三、四分でコンビニに行けるからそう時間もかからないはずだ

家を出たのは5時半過ぎ、転居してからこんな時間に空堀川沿いを通るなんて始めてのことだったが、今日は天気も良さそうで爽やかだった

下流側に向って走って行くと、やがて東方から真赤な太陽が昇っていて、前方は(まばゆ)いばかりの光が飛び散るかのように散乱していて、行く手を遮るように明るさを増していた

今朝東京の日の出は5時26分だから、また昇り始めたばかりの真赤な太陽だった

デジカメは持っていなかったのでその様子を撮ることはできなかったが、このように大きな真赤な太陽を見たのもあまり記憶になかった素晴らしい光景だった

もう川沿いでは歩く人、走る人が何人もいるが、この時間帯に散歩するのも涼しくていいかもしれない

妻が元気な頃は、私も早朝に独りで散歩していたことを想い出したが、とんだ買い物忘れで、思わぬ時間にコンビニで食パンを買って来た、お粗末な今朝の事でした

最近は物忘れも少なくて安心していたのだが、また 「痴呆症予備軍」 にカンバックしてしまったのだろうか?






日本を守らなければ

2015年09月18日 20時58分17秒 | ちょっと一言

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ニラバナと蝶

空堀川沿いにて



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 「安全保障関連法案」 の審議で参議院が混乱している

昨日の参院特別委員会のテレビ中継を見ていたら 「いったい国会議員の役目って、なあ~に?」 と不思議になるほど小競り合いと言うか? 乱闘と言うか? まったく国民が選んだ代表の行為とは思えないほどの馬鹿騒ぎだ

おまけに野党の女性議員たちが院内でピンクの鉢巻きをして気勢を上げている姿には、もうこの人たちには国勢を任せられないとの疑問も持った

ところでこの法案、野党側は即 「戦争につながる、戦争法案だ」 と息巻いているが、本当にそうなのだろうか

太平洋戦争で徹底的に打ちのめされた日本人だから本心には必ず 「戦争は二度とご免だ」 との基本的な観念を胸に持っているはずだ

だが日本だけが 「私たちは平和主義者です。戦争はしません」 と 「一国平和主義」 を唱えても全ての国が 「そうですか。判りました」 と同調してくれるとは限らないことは歴史を検証すれば判ることでもある

かつて、外交で平和を維持できると外国の善意を期待して中立を宣言したベルギーは、二度の大戦でドイツに蹂躙されて侵略を許した苦い経験から、戦後、集団的自衛権行使に重きを置く自国防衛に転じた

日本も同様の経験をしたことを忘れている人が多いのではなかろうか?

70年前の8月、ソ連は 「日ソ不可侵条約」 を一方的に破棄して満州で多くの日本人が犠牲になった。日本が望んだ 「中立条約を守る善意」 がソ連には一かけらも無かった結果でもあった

この法案が国民に理解されないまま国会で審議されたことが、一層国会で混乱する原因であることは否めないことだ

しかし、今までに国会で審議された法案が全て国民に理解されたかどうかは疑問なのではなかろうか?

国会の前にはこの法案に反対する人たちが多数、集まっているが、この法案によって日本国の将来を憂いているのでは無く 「自分の孫や子を戦争に行かせない」 などの個人的な心配事に関心が高いのは、やはりこの法案の主旨が国民に徹底されていない証拠でもある

私はこの法案は基本的には日本の将来にとっても必要な安全保障を支えるためにも有効だと考えている

この法案に反対の諸氏に申す。絵に書いたような平和論は今の国際情勢では通用しない。日本だけが温く温くと平和を唱える時ではない

反対する人たちはアフリカで混乱している国々を一度訪れてみたらどうだろうか?

それは平和論ではなく、極めて高い抑止力を持つ国が平時の安定を構成している事実を知るべきでもある

尖閣諸島で勝手に埋め立てをする某国、もう末期状態なのにミサイルだけは発射する某国、その某国がもし日本に侵攻したら反対派の皆さんはどうしますか?

 「安全保障関連法案」 はまだ参院で彷徨(さまよ)っている。日本を守るための法律なのに、何故こんな混乱が必要なのだろうか?

 「国の防衛をどうするか?」 の問いには必ず二分した意見に別れる。それは自らの国を守ることは国民の義務であることを教え無かった戦後の教育に日本は翻弄されているのだろう。日本人の欠けている思想、それは 「愛国心」 にほかならない

今でも参院での混乱は続いているようだが、一刻も早い法案成立を望みたい






雨の日の空堀川

2015年09月17日 14時12分02秒 | 空堀川散策


今日は朝から本降りの雨が続いている

予想気温も低いとのことなので
DSへ行く妻には長袖シャツを一枚増やして着せたが大丈夫だったろうか?

9時前、降りしきる雨の中、私は長靴履いて空堀川沿いを歩いてみた

左岸を歩きながら前方の少し雨で煙った曙橋付近でも
この雨のお陰で濁った水が勢いよく流れていた




一昨日妻と川沿いを歩いていて気付いたのは都営住宅前庭で
もう金木犀が花を咲かせていたことだった

前庭には何本かの金木犀があるが
この小振りの木だけがもう満開の勢いで咲いていた

私の記憶では 「彼岸花が終わってから金木犀の花が咲く」 と
思っていたのだが、どうも今年はその順序は当てにならなかったようだ

そしてこのように雨が降る中で咲く金木犀の花を撮るのも始めてのことだった




勢いのある雨の降り方の中でも彼岸花は健気(けなげ)に咲いていた

花弁に雨の(しづく)を光らせながら咲く姿は、雨の日だけの特別シーンだ






コスモスもこの雨にも負けずに花びらを一杯開いて勢いを失っていない

上空は灰色の厚い雲。やはりコスモスには秋空が似合うと思った




穏やかに流れている時の河川は静かだが、先日の鬼怒川堤防決壊の被害を想い出すと
やはり激しく雨が降ると空堀川の水位が心配になる

この写真の水位計は大沼田橋の上流近くに設置されているが
私がここに転居してから、何回か激しく雨が降った時でも
この水位計に達したことはないが、それで安心とは言い難い

大きな災害での被害者の方々が
 「もう50年もここに住んでいるが、このようなことは始めて」 との実感は
いわゆる 「想定外の事態発生」 が起こり得るとの注意喚起でもある

水が流れなくなっても心配、そして流れ過ぎて水量が増えればなお心配と
 「一級河川・空堀川」 は、やはりちょっと変わった川である




14時過ぎ、庭の外気温は17度と低く、10月下旬並みの陽気だ

雨はまだ本降りのままで、止みそうな気配はない



    写真説明: 雨の日の光景
    撮影場所: 空堀川沿いにて (撮影: H270917)



今が幸せかも?

2015年09月16日 16時43分07秒 | 日暮らし通信
日暮らし通信

■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

青空・雲・コスモス

空堀川沿いにて
(撮影: H270915)



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水、木曜日は妻がDSへ行くのでその時だけが私には自由時間があるが、だがそれも僅かな時間だ

いつも終日妻の傍にいると、いささか戸惑ったような感覚に陥って 「ああ、たまには独りになって数日を過ごしたいものだ」 と、溜息みたいに呟くこともある

さて、妻がDSへ行って独りになるとやっとホッとするのだが、何故かあまりすっきりした気持ちにならないのが不思議だ

 「お前が望んだ独りの時間だぞ、喜べ」 と、何かに急かされているようだが、あまり喜べないのは何故だろうか

独りの時間と言っても、水曜日は16時過ぎ、木曜日は17時過ぎには妻が帰ってくるから、その限られた時間では遠出することも控えてしまうから喜べないのかもしれない

考えてみれば妻との二人暮らしは、妻が要介護という立場を除けば、案外気楽な生活でもある

それは生活上は主婦としての仕事を休んでいる妻だから、私が主夫として生活を成り立たせているのを我慢すれば、私たちにとっては人生の中でも幸せな時かもしれない

本来、家庭内のことは殆どが妻がいろいろな事を考えて取り仕切るのだろうが、妻は将来のことも、毎日の食事の事も、そして一番重要な経済的なことも何もかも心配することから解放されているから、妻にとっては最も幸せなことではなかろうか?

勿論、二人暮らしのリスクの深さは経験者で無いと理解できないだろうが、それ以上に大きなメリットもあることも忘れてはならないことだ

でもこのような二人暮らしは 「家系の存続」 と言う大きな目標からすれば全く的外れな現在形であることに危惧してしまう

さらに考えれば、昔の大家族構成での暮らし方はそれなりにいい面を多く持っていたと考えさせられることばかりだ

老いも若きもそして幼子の誰もが年齢に応じたミッションを持っていて、持ちつ持たれつの生活の中で、子は年長者から無意識の内にいろいろと学んで 「常識」 と言う社会で通用する大事な感覚をだんだんと育てていった

私の家族もかつては7人の賑やかさだったが、当時の情景はどれを想い出しても懐かしいものばかりだ

さて要介護の妻との二人暮らしを 「今は幸せな時」 と観念するしかないが、時折、思うのはやはり先行き不安な気持ちに押し潰されそうになること

そんな不安な気持ちはいつも 「そんなことは忘れて生きること」 と、いつも同じ結論になって自分の胸の内でいつしか消えてしまう

この投稿、毎度のことですがまた纏まりのない内容になってしまいました