日暮らし通信


その日暮らしの生活でも、感謝しています

日頃、見た事・聞いた事・感じた事・そして言いたい事などを発信します

大晦日に思う

2015年12月31日 16時04分00秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

大株で咲く菊

隣家の庭にて
(撮影: H271231)



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新しい28年に向かってカウントダウンが始まった

過ぎ去ろうとしている平成27年は私たちにとってはどのような年だったのであろうか

振り返っても過去は過去に過ぎないが、これから先に向かって参考になることは多くあったはずだ?

だがあまり楽しかったことは少なく、悩んだ事、苦しんだ事、困った事、そして 「どうしたらいいのか? と戸惑った事」 などが私を襲った

幸いにもどんな事もクリア出来て前に進むことが出来たが、神様はその人に応じてハードルを乗り越える知恵と勇気を授けてくださると思った

いろいろな事が起きたがその殆どは妻の健康に関する出来事だった。如何に人の健康と言うのが大事かと今年もまたいつものようにそう肝に銘じた年だった

妻を介護するようになってから早10年が過ぎた。これからもそれが続くのだろうか? と先行き不安なことがまた私を苦しめても前に進むしかないが、来年はどのような年になるのであろうか?

何をさて置いても妻共々この年を終えようとしていることに感謝することしか考えが及ばない。私たちよりもっともっと苦しい中で介護生活を送っている人もいるであろうから 「現状を良し」 として先に進むことにしよう

今年も私の拙いブログにアクセスして下さった方々に感謝申し上げ、また来年もこのブログの世界でよろしくお付き合いください。有難うございました





ヘルパーさん、ご苦労さまでした

2015年12月30日 17時55分53秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

冬のパンジー
今年は花が大きめです

自宅の庭にて
(撮影: H271230)



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16時過ぎ、妻がDSから帰ってきた。車から降りる時は例によって 「次はいつ?」 と、送ってきた施設長さんに聞いていた。帰ると必ずこの会話で確かめながら車を降りる

DSも今年は今日が最後、毎週水、木曜日の二回で毎年皆勤なのだが、今年は12月9日は急に決まった 「RI検査」 のため一日だけ休んでしまった

前にもブログで書いたかもしれないが、妻はこの施設でお世話になってから帰ってきた時に不機嫌な顔を見せたことがなく 「今日も楽しかった」 と言いながらいつもニコニコして帰ってくる。私としては何とも安心して妻をDSへ送り出すことができる

でもこの施設では最近、人事異動や退職のために人出不足のようで、毎年恒例のクリスマス会も今年は出来なかった。このような介護施設では人出不足が深刻な問題のようだ

それと介護職の賃金ベースは他の職業に比べると月収で10万円も低いらしいが、それでは介護を職業に選ぶ人も減ってしまうのは当たり前の話であろう

巷では大型連休でお正月を楽しんでいる人も多いことであろうが、この施設では31~1日までが休みで、2日からは通常のDSが始まるとのこと。世間並みの休みとはあまりにもかけ離れた勤務体系でもある

介護を受ける私たちに取っては有難いが、介護ヘルパーさんにとっては厳しすぎるのではないだろうか?

ともあれ今年も妻がDSでお世話になって感謝するばかりです。今日は入浴介護も最後の日、こちらもヘルパーさんにお世話になりました

ヘルパーの皆さん、今年もお世話になりました。有難うございました





遠い昔を懐かしむ

2015年12月29日 19時56分56秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

もう菜の花が咲いている

空堀川沿いにて
(撮影: H271229)



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今日も10時過ぎ、妻と近くのスーパーへ買い物に行った

お正月用品が主役のような店内だが、パックに入った切り餅が山のように重ねられて買い手を求めていた

こんな切り餅を見ていたら、遠い昔を想い出してしまった。年配者はすぐに昔を振り返って懐かしむのが定番だから仕方がないだろう

昭和20~30年代、師走になると 「冬の風物詩」 と言えば家庭で行う餅つきだった

この辺り (ほとんど農家だったが) ではどの家にも餅つき用(うす)(きね)、そして餅を整える飯台などは常備品として揃えていた

どの家でも餅をつくので、その音を聞くと 「もうお正月も近いぞ~」 と子供心に浮き浮きと感じたものだった

近所の悪童たちとそんな餅つきをしている家に行って眺めていると、やがておばさんがアンコや大根下ろしをたっぷり付けたつきたての餅を子供たちに振舞ってくれるのが楽しみだった。そんなおばさんには子供たちからは 「いいおばさん」 の評価が与えられたものだったが、家によってはその振舞いが無いこともあった。勿論、そんなおばさんには 「ケチばばあ」 の称号が待っていたものだった

民家での餅つきは文化だと思ったが、その文化もいつしか変化してしまった。臼と杵に代わって電動の 「餅つき機」 が普及して、あの 「ペッタンコ、ペッタンコ」 の音は遠い昔に置いていかれてしまった

その後はいつしか 「買った方が楽だ」 と 「餅つき機」 も物置きの奥で埃を被るようになってしまった

子供心にも餅は贅沢な食べ物だと思った。蒸しただけでも美味しく食べられるのに、更にそれをついて、ついてと手を加えて餅になるのだからと感心したものだった

餅は特別な時だけに食べるものと思っていたが、今は一年中店頭に並んでいる。戦後の貧しい食生活を想い出すと、考えも及ばないことだった

我が家では餅はあまり食べない。通常の食べ物でも妻の分は噛みやすいように細かくしている。そんな状況だから餅を食べさせるだけの勇気を持てない。お正月だからせめて 「お雑煮」 くらいはと考えているが、餅を喉に詰まらせて命を落とす話を聞くと、余計に餅を敬遠してしまう

今年もあと二日。明日玄関を水洗いすれば予定していた掃除も終わる。あっと言う間に平成27年が通り過ぎるような気がする





赤ドラくんのこと

2015年12月28日 20時31分28秒 | 空堀川散策
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

川底を散歩する赤ドラくん

空堀川沿いにて
(撮影: H271228)



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今日は午前中は家の中を掃除したので、妻との散歩は14時半過ぎに空堀川沿いを歩いた

家を出るとすぐ空堀川沿いの遊歩道に突き当たるが、すぐ見えるのは干上がった川底だ。もう暫く水が流れていない川には何とも言えない物哀しさを感じてしまう

左岸を大沼田橋へ向かって歩いている時だった、突然その川底に赤ドラくんが現れた

飼い猫だろうがたっぷりと体の重さもあるようで、悠々と闊歩(かっぽ)している

そんな姿を見ていると、人間ならば 「悠々自適の生活を楽しんでいる」 ように思えるが、できれば赤ドラくんに聞いてみたいものだ

それと自由に過ごしているのを見ていると 「赤ドラくんはいいなあ~」 と羨ましくなった

お金のことなんか勿論、食生活は飼い主が面倒を見てくれるから心配はないはずだ。あまり生活上の悩みもないのかも知れないが、人間の世界で問題となっている介護のことなどは猫世界では全く関係無いのであろうか?

そのな妄想を思いながら歩いていたら、私がその赤ドラくんになったような気になった

その時 「お父さん、どうしたの?」 と、妻が言った。暫し私が赤ドラくんを見ている姿に妻も 「変だ?」 と感じたのだろう

今日も平年に比べると気温が高い。確かに今年の陽気は異常だ

もしかするとあの赤ドラくんもそんな異常陽気に嫌気がして 「空堀川の川底」 で散歩していたのかもしれない

それにしてもそんな赤ドラくんに興味を示す私も、この陽気のように 「異常な男」 かもしれない





年の瀬に思う

2015年12月27日 14時04分53秒 | 日暮らし通信
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マンリョウ

空堀川沿いの民家にて
(撮影: H271227)



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巷では 「お正月が近い」 と察するだけで何となく気ぜわしくなっているようだ

我が家では最近、もうあまり気張ったことは止めて正月用の準備もほどほどにしたのであまり忙しくも感じなくなってきたが、掃除だけはやるべき仕事になっている

今日は9時半過ぎ妻と歩いて家を出て近くのスーパーへ買い物に行った

このスーパーでも二週間ほど前から店内のレイアウトが徐々に変わって、お正月用の商品 (特におせち用品) 陳列に模様替えされてしまった

いつも買い求める商品も何処かに追いやられて場所が判らず、妻とウロチョロしながら探し回る始末だ

よく見るとその品数も豊富で、おせち用品については 「これでもか、これでもか?」 とお客の購買心をそそるように並べられている

だがどう見ても正月料金のようで、決して安いとは思えない値札が付いているのは、仕方ないことであろうか?

いつも思うのだが、売れ残ったおせち用品はどのように処分されるのだろうか? だが商売だから 「歩留まり何%」 かに設定して儲けは必ず保証されているのだろう

このような商品を見ていると、やはり妻が元気だった頃が想い出される。この時期になると、必ず妻の夜なべ仕事が増えて、毎晩遅くまでお正月用の食べ物を造っていた光景が浮かんでくる

妻が病気になってからはもう10年が過ぎたが、正月と言っても特別な思いが無くなって、普通の日が続いているように感じられるようになってしまった

来年、妻は年女(としおんな)。どんな年になるのだろうか? 必ず良い年になるようにと願っている





師走に起きたある出来事

2015年12月26日 16時12分15秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

まだコスモスが咲いています

空堀川沿いにて
(撮影: H271226)



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お正月も間近かになったので、妻にも新しい衣装(いしょう)でも? と思ったが、どうも独りで近くにある衣料品スーパーに行く気にならない。特に妻の下着も買いたいのだが、女性下着売り場で年寄りのおっさんが品定めをしている姿は想像しても絵にならないと思っているからだ

そんな私を気遣ったのか、先日娘が買い物に付き合ってくれた。有難いことでお陰さまでいろいろな妻の衣料品を買うことが出来たが、このような衣料品スーパーには驚くほど品数が豊富で、いろいろな物があるのはびっくりするばかりだった

その後、その時買った黒いズボンを妻が二日ほど穿()いたので洗濯しようと裏返して 「洗濯絵表示 (洗濯表示)」 のタグを見たら次のような注意を促す文章があった

 「この商品は色落ちの恐れがありますので、他の商品と同時に洗濯は避けて下さい」 と書かれていた

 「えっ?? そんな??」 と、私は戸惑ってしまった。ズボン一本のために別に洗濯するなんて面倒なことだからだ

はっきり言うと今までに私はタグが付いているのは知っていたが、その記載内容などを読んだことが無かった。今時(いまどき)の衣料品でも 「色落ち」 があるとは想像もしていなかった私のセンスだった

そこで買ったスーパーへ電話して確かめると 「色落ちする場合があります」 とのことだったが、私はまだ納得できなかったので次に娘に聞いてみたら 「たまには偽表示があるよ」 と、その表示に少し懐疑的な返事だった

なんでこの 「色落ち」 に(こだわ)るかと言うと、かつて洗濯時の色落ちで、私の白い下着がピンク色になってしまった苦い想い出があるからだ

そこで仕方無いので実験することになった。夕方などに洗濯機を回したことは無いが、白いネットにその黒いズボンを入れ、白いタオルと一緒に洗濯をしてみた

結果は 「色落ち無し」 だった。私はこのタグの内容は偽表示だと結論した。このズボンの製造元は私の嫌いな某国。ますます嫌いになった

師走に起きたちょっとしたハプニングでした





「ブリッジ」 にしました

2015年12月25日 15時17分28秒 | 日暮らし通信
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名知らずの花

空堀川沿いにて
(撮影: H271225)



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来る年まであと数日になった

巷では新年に備えて家中の掃除に精出している方もいるだろうが、最近では私にはあまり掃除する気力もややスローダウン気味になってしまった

それでもトイレ、仏壇そして室内に鎮座して私たちを守ってくれる神々の本体とその居場所だけは早々と塵を払いながら掃除して新年に備えている

それと年内に必ずケリを付けなければと思っていたのが、11月15日の夕食後に外れてしまった差し歯 (右上) の処理だった

差し歯は他の場所でも外れたことがあったが、いつも()め直して処理が終わっているので今回も軽く考えていた

ところが診断の結果、差し歯を支えている根っこ状の歯が割れているので、もう使えないとのことだった

気にしなければそのままでもいいらしいが、一本歯が無くなった空洞に違和感があって、医師と相談して復旧することになった

医師から 「入れ歯」 にしますか? 「ブリッジ」 にしますか? と聞かれたが外す手間の要らない 「ブリッジ」 を選んだ

まずは根っこの歯を抜歯することだった。暫く振りの麻酔注射に身構えてしまったが、痛みも感じる事も無く抜歯できた

次はブリッジだから支える両側の歯を削っての修正だった。奥側は神経の無い歯だから削っても何も感じないが、手前側は医師に言わせると 「生きている歯」 なので要麻酔注射が必要だった

根っこ歯を抜歯した時も麻酔注射したが、今回は少し違った感覚だった。医師が削っても痛みは感じなかったが、その後は頬が突っ張るようになって、麻酔が効いた症状がはっきり現れたので少し戸惑ってしまった

その削り作業が終わると技工士さんが 「型を取りますから、少し辛抱してください」 と、上下の型を取った。丁度この日は16日、私の76歳の誕生日だった

そして一週間後の24日、もうその 「ブリッジ」 が嵌め込まれた。噛み合い修正に医師も少し手間取ったようだが、やっと空洞が無くなった安堵感で私もホッした

これで年を越えられそうだが、何回も通院しながら思ったのは、歯科技術と言うのはかなり進歩した分野だと言う実感だった。特に型を取って嵌める歯を造る技術はどのように進められて現物が産まれるのかを実際に見たいと思った

この一年、この歯科医院には妻ともどもお世話になったが、定期的に歯のクリーニングをお願いしている私たちだから、また来年もこの歯科医院との付き合いが終わることはない





「22」 との不思議な出会い

2015年12月22日 14時00分14秒 | 日暮らし通信
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冬の薔薇

空堀川沿いの民家にて
(撮影: H271222)



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今日は12月22日、二十四節気の一つ 「冬至」 。北半球においては太陽の位置が1年で最も低くなる日なので、日照時間が最も短くなるため、1年で最も昼が短く、夜が長くなる日のようです

さて、冬至のことより我が家ではこの 「22」 という数字に意外と関わり合いがあるので幾つかご紹介しよう

まずは結婚した時、妻は22歳、その日は11月22日でした

25歳くらいまで親と一緒に住むと思っていた長女がある日突然 「私結婚します」 と宣言、その時長女は22歳と若かった

長男が町内の少年野球クラブに入会。貰ってきた背番号が22番だったが、あの捕手でスラッガーで有名な田淵幸一選手も22番だった。しかし、当時田淵選手は成績があまり良くなく、それで同じ背番号の長男は周りの部員からからかわれたらしかった

ある時、そのクラブのコーチをしていた私に長男が 「この背番号を代えて」 と言ってきた。即座に 「駄目~」 と、一喝した記憶があるが、その長男も既に四十路(よそじ)を越えている

私が始めて乗ったジェット旅客機の機体番号が 「JA8022 (JAL)」 だったが、その機体の愛称が妻の名に近い 「まつ号」 だった

次女が生まれたのが12月22日、今日は誕生日だが幾つになったのであろうか? と思案したが 「まずはおめでとう」 と、この場を借りてお祝いしよう

10年前、思いがけない病気で10月に妻が入院したが、退院したのが12月22日だった

実はまだまだ22にまつわる話は多いが、私たちにとってはこの 「22」 と言う数字はいつも一緒に居るようで何か縁を感じている

因みにそれにあやかって私の自家用車の車番は 「2209」 で登録、 「ふうふまるく」 とゴロ合わせして(げん)(かつ)ぐことにしている

それにしても何だろう? この陽気。14時過ぎの外気温は18度もあるが、冬至なのに11月上旬の陽気とのことです





年賀状投函

2015年12月21日 15時18分25秒 | 日暮らし通信
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いつも鮮やかピラカンサ

空堀川沿いの民家にて
(撮影: H271221)



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本日、年賀状を投函した

本年、意外だったのはいつも5件ほど送られてくる 「喪中はがき」 が二件しかなかったこと。私にとっては珍しい年になった

いつも年賀状を造りながら思うのは達筆な人が羨ましくなり、、本来やはり年賀状は自筆で書くのがいいのだろうか?

私は永い間年賀状造りは市販のソフトを使っているが、四時間もあれば造ることができるから便利そのものだ

だが毎年自筆で達筆な年賀状を頂くと、やはり手紙本来の良い面が浮き彫りになっていつまでも眺めてしまう

昨年はある人からは 「来年から年賀状交換をやめましょう」 との文面もあったが、高齢者になったらそんな提案もいいのかもしれない

だがもう一つ不思議なのは、毎年私が作る年賀状の枚数があまり変わっていないこと。と言うことは亡くなった人がいないことだが、私の歳になると徐々に減るのが普通なはずだ

元日早々に配達されてくる年賀状を見るのは、やはりお正月の楽しみでもある





空堀川沿いを歩く

2015年12月20日 17時05分22秒 | 日暮らし通信
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大沼田橋から下流を望む

空堀川沿いにて
(撮影: H271220)



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5日、妻が 「起立性低血圧症」 で救急搬送されたことは、私の不安度が増すばかりになってしまった

9日には 「RI検査」 を受け、その結果は 「心交換神経機能は境界領域」 と診断されて安心したが、発症の原因が判らないことはやはり不安で 「再発しないか?」 という危惧を持つようになってしまった

日課の散歩だけは続けたいという願いがあるが、今までのように歩きで家を出て近くのスーパーで買い物をし、その後は空堀川沿いを歩いて帰るという筋書きは少し変更することにした

買い物は午前中に車で行くことにし、散歩は午後を選んでするようになったが、やはり心配は付き纏っている

今日も午後1時半過ぎに空堀川沿いを散歩したが、家を出る前は血圧 (医療用語ではBPと言うらしい) を測り、低血圧で無いことを確認している

今日の気温は10度前後だが無風なのでそんなに寒さを感じない穏やかな川沿いだった

途中、自販機でジュースを買って、時々それを飲みながら、止まったり、歩き出したりの超スローペースだったが妻はよく歩いた

これから冬本番、川沿いで咲く花は 「残り山茶花(さざんか)」 くらいになってしまった。これから春到来までは 「花無し」 で我慢する散歩になりそうだ

本日も空堀川に水の流れ無し。川底だけが白く光りを反射している。いつ雨が降るのだろうか?






今月は三度も通院しました

2015年12月18日 15時05分06秒 | 日暮らし通信
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皇帝ダリア

空堀川沿いにて
(撮影: H271218)



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この12月に妻は掛り付けの公立病院へ三度通院したが、このようなことは 「全く思いがけないこと」 で、振り返ってみても始めての出来事だった

私の今までの人生でもこの 「全く思いがけないこと」 が起こると殆どが悪い事に繋がって、良い事はあまり無かったように記憶している

ところで三度目の通院では終わりの会計処理 (この病院では自動支払機で処理している) で支払機の表示を見たら金額が 「ゼロ円」 だったので、私は意味が判らなかった

お金を払わないのは有難いが、何で 「ゼロ円」 なのか? 近くにいた女性スタッフに聞いてみた

すると71~74歳までの高齢者はその月に支払う医療上限額 (ただし、同じ病院であること) が決められていて、それを越えると以後は何度通院しても 「ゼロ円」 になるとのことだった

 「奥様の場合はこの金額です」 と、その上限額を教えてくれたが、そんな制度があるなんて全く知らなかったことだった

そう言われれば二度目の 「RI検査」 での支払い額が意外と少なかったと思ったが、この検査は高額なので二度目でその上限額に達したから少なかったのだろう

家に帰ってから一度目と二度目の支払額を足してみるとピタリとその上限額を支払っていた

世の中には知らない事があるのは判っているが、このような制度もあるのか? と思ったが、払う金額が少ないのは有難いことだった

でもこの制度いつからあるのかは知らないが、この病院でお世話になってからもう10年も経つが支払金額が 「ゼロ円」 だった記憶が無い

でも妻との病院通いはもうたくさん、それが実感でした






「アイソトープ検査」 異常なし

2015年12月17日 15時50分17秒 | 日暮らし通信
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コサギ来る

空堀川沿いにて
(撮影: H271217)



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9日、妻は 「心筋交換神経検査」 を受けた。難しい名前の検査だが一般的には 「RI (ラジオアイソトープ) 検査」 、または 「アイソトープ検査」 とも呼ばれているらしい

どのような検査なのかは医師に聞いてもあまり理解できなかったが、受領した検査前の資料によると次のような内容だった

 「RI検査」 とは、ガンマ線という放射線を放出する少量の薬 (これを 「放射性医薬品」 と言うそうです) を静脈から注射し、検査用のベッドで静かに横になっている間に、ガンマカメラで体の中の様子を画像 (シンチグラム) にする検査で、その結果によりそれぞれの臓器の形や働きが判るそうです

検査当日は10時過ぎに注射をし、すぐ検査用ベッドで5分ほど横になって終わった。しかし、それから三時間後、またベッドで検査して二度のデータの変化を比較することが決まっているらしい。検査結果は後日通院して担当医から説明があるとのことだった

妻は 「MRI検査」 は受けたことがあるが、この検査は始めてだったが、この検査場所は妻が二度入院した病院だったので、いろいろな想い出もあり複雑な気持ちにもなった

しかし、何と言ってもその検査結果がどうなるのか? が先走って私は最悪の状態などを考えてしまった

15日通院。11時15分の予約だったが、びっくりしたのはどの駐車場も満車で20分待ちでやっと車を停めることができた。この公立病院へは一日どのくらいの人が通院するのだろうか? とその車の数に驚くばかりだった

予約時間から遅れること約30分経ってやっと診察室へ

検査結果は難しい言葉で聞かされたが 「心交換神経機能は境界領域」 との診断結果で特に異常は無いとのことだったので、私のモヤモヤも吹きとんだ

だが先日、妻の身に突然起きた 「起立性低血圧症」 の原因は依然として判っていないのが不安でもあるが、医師からは散歩する前に立ったまま血圧を測り、100以下だったら注意するようにとのアドバイスを実行するしかないと思っている

妻の医者通いも今年はこれで最後になりますようにと願っている






入浴介護

2015年12月14日 15時10分58秒 | 日暮らし通信
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山吹黄葉

空堀川沿いにて
(撮影: H271214)



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毎週、月、水、金曜日、妻は16時半からヘルパーさんの介助を受けて入浴するが、妻はこの日を楽しみに待っている

決められている一時間はすぐに過ぎてしまうが、あまり世間との関係も薄れているので、妻としては格好のコミュニュケーション作りの時かも知れない

妻を介護するようになってから困ったことはたくさんあったが、その一つが入浴。どうしようか? と悩んだが、ケアマネさんのアレンジで入浴介護を受けることになった

介護される妻だが体の清浄度は何としても保っておきたい、特に下半身はいつも清浄であるように願っていたので、この入浴介護は有難いことだった

今は月、水曜日にはA介護ヘルパーさん、金曜日はB介護ヘルパーさんにお世話になっている。私は妻がどのように入浴しているかは判らないが、ドア越しに妻とヘルパーさんの笑い声などが聞こえているので、このひと時を楽しんでいるのだろう

入浴が終わるとDKに戻ってヘルパーさんが記録用紙に記入するが、その時は私がいろいろな情報を聞く場にもなっている。ヘルパーさんは何方も勉強家のようで、 「二級ヘルパー」 の資格だけでなく、自費で他の資格を取っているのにはびっくりした

入浴介護を受けない他の日は、私が同じ時間帯にシャワーを使って下半身を主体に清浄な状態を保つように心がけている

妻は要介護だが入浴もあまり大きな問題は無いが、もし 「寝たきり」 になったら、入浴が如何ほどに大変なことか? と想像もつかないほどである

でも日本人は幸せである。このように毎日豊富な水のお陰で浴槽で体を温めて、体を洗えるなんて世界に誇る素晴らしい日本の文化でもある






今夜は鍋料理

2015年12月13日 15時13分20秒 | 日暮らし通信
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寒かろうな パンジーも

自宅庭にて
(撮影: H271213)



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一昨日が23度、昨日が17度、そして今日15時過ぎの外気温が9度と、変な陽気が続いている

午後からは雨となって、それも何となく冷たい雨となって降り続いている

こんな日は妻との散歩もできないから、妻は録画してあった 「演歌のビデオ」 を見て、テロップに合わせながら唄っているから何とか楽しんでいるようだ

でもまた夕食の事を考えたら少し憂鬱になってきた。今日は妻用の夕食の宅配は無いから、スーパーで好きな 「10品目具材の釜めし」 と銘打ったお弁当を買ったが、何故か妻はこの弁当が大好きのなのだ

さて私の夕食は? 今夜は晩酌する日なので、やはりスーパーで出来あいの鍋物を買ってきた。でもそのままでは詰まらないから 「もめん豆腐とネギ」 をたっぷり入れることにしている

私はそれだけあれば充分だが、独りで飲んでいる晩酌も何か寂しいような気がする

年間通して豆腐だけは必ず毎日食べる。それと週に何回も納豆を食べる。それもほとんどはレタス巻きの納豆で飽きることがない

こんな肴の晩酌でも有難いと思っているが、かつてのように妻が料理した肴で熱燗の日本酒を飲んでみたいといつも思っている






今日は無風の穏やかな日でした

2015年12月12日 15時04分13秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

川沿いの黄葉

右岸で大沼田橋を望む
(撮影: H271212)



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昨日は20度を越えた異常な陽気、今日の最高温度は15度の予報だったが、15時過ぎ庭の寒暖計は16度を指していた。そして今日の穏やかな雰囲気は無風のお陰だろう

このように穏やかな日が続けば有難いが、明日午前中は傘マークが付いている予報になっている

午前中、妻と車で近くのスーパーで買い物を済ませたが、我が家の出費の殆どが食費に費やされているのは私の買い物する感覚が(にぶ)っているせいかも知れない

妻の代わりに主夫となってからもずうっと続く悩みは私が 「料理造りの感覚ゼロ」 であることだ

時々考えることがあるが、それは 「人間は何で三食も食べるのだろうか?」 の疑問。誰が決めたのかは判らないが、三食も食べるのは世の中が平和である証拠だろう

現実に朝食が終って暫くすると 「今日のお昼は何を食べようか?」 と、()かせられるようにそれを決めなければならない。それに比べると世の中のベテラン主婦の皆さんはどのように三食の中味を決めているのだろうか?

だが私は麺類が好きだから昼食はどうしてもそれに(かたよ)ってしまう。妻には 「何か食べたい?」 と聞くが 「これこれを食べたい」 との返事を聞いたことはない

食べ物に文句を言わない妻には感謝しているが、時には 「あれが食べたい」 と言って貰いたいと期待している

昼食は麺類が多いが、今日は 「三角蒸し黒糖パン」 を食べることにした。この三角形をしたパンを何故か妻は好んで、買い物では自分で取って籠に入れている

 「三角蒸し黒糖パン + ミニトマトの輪切り + バナナ少々」 が今日の昼食だ。少し飲み物を添えての簡単な内容だが、妻は例によって良く食べた

明日の昼食は間違いなく麺類の出番だ。寒くなったから私の好きな 「()ったかウドン」 で温まることにしよう