あれは20代半ば、難病のため病院を出たり入ったりを繰り返しながらも、次第に自宅療養の日数が増えつつある頃だと思う。季節は丁度今時分、高く澄み切った青空が次第に夕日の色に染まり、蒼い夕暮れが訪れんとする時だった。
ベランダに出て、洗濯物をしまい、暮れ行く夕暮れに吐息をついていた時のことだ。斜め向かいの団地の屋上に見慣れぬ人影が見える。しかも、縁に腰かけている。あれれ?
屋上といっても柵もなく、最上階から梯子を上り、普段は鍵がかかっている金属扉を開けなければならない場所だ。アンテナ工事の業者だろうか。当時、自治会の役員をしていたが、工事の話は聞いていない。
人影と思ったが、どうも背中に羽があるみたいだ。カラスなのか?でも大きすぎる。でも頭のあたりのとんがり具合は嘴にみえる。なんなんだ?
刻々と暗闇がせまりつつあるなかで、鳥とも人間とも見える不思議なシルエット。もし、禍々しい雰囲気でもあったのなら、あれは悪魔だったのかもと納得してた。しかし、なにも感じられない。こんな時、霊感に乏しい我が身が疎ましい。
正直言うと、私の脳裏に浮かんだ言葉は「ガーゴイル」。当時TVゲームでドラクエを初めとしたRPGゲームにはまっていたせいか、ゲーム中の怪物の名前がとっさに浮かんでしまった。ガーゴイルって奴は、鳥の石像が怪物化したものです。苦笑を浮かべつつ、部屋に戻る。「俺、おかしくなったかな?」
当時、長引く闘病生活に苛立ち、精神的に不安定に陥っていたので、気の迷いと思い込み、そのままほったらかした。翌朝、再びベランダに立つと、昨夜のシルエットは影も形もない。???
冷静に考えてみても、あの時間帯に業者などが、屋上にいるわけない。都内とはいえ、比較的緑の多い地域だが、あれほど大きな鳥はみたことがない。いくら考えても、答えなど見つからない。仕方ないので忘れることにした。悩む必然性があるとは思えないしね。
でもこの季節になると、時折思い出す。多分、死ぬまで思い出すのだろうな。まあ、いい。人生一つや二つ、分からないことがあったほうが面白いってものだ。