身体の大きさだって才能だ。
ただ、才能はあっても磨きをかけねば光らない。大男ぞろいのプロレスラーであっても、この男の大きさは格別であった。しかも、ただデカイだけではなく、優れた運動能力の持ち主でもあった。おまけに大のスメ[ツ好きであり、闘争心も向上心にもあふれていた。
身長198センチはともかく、体重145キロにもかかわらず贅肉を感じさせない引き締まった体躯は、まさに努力の賜物であったと思う。また巨体に似合わず俊敏であり、あげくにバランス感覚にも優れていた。あの巨体でマット上でとんぼを切り、側転、バク転も自由自在。
彼の得意技であるハイジャック・バックブリーカーは、頭上を支点に相手を締め上げる大技なのだが、異常に難しくて誰にも使いこなせなかった幻の必殺技であった。
なにせ100キロを超す相手を背面から頭の上にのっけて、その手をつかんで締め上げる。怪力とバランス感覚がなければ出来ない、高難易度の大技であり、私の知る限り使いこなしたと言えるのは、今回紹介するドン・レオ・ジョナサンただ一人であった。
後年、怪力で知られるマスクド・スーパースターが使うことがあったが、やはりスケールが違った。なにせ、ジョナサンは相手を選ばず、巨人レスラーであるアンドレや馬場でさえ、この技でふりまわした。
多分、この技で本気で相手を振り回し、地面に叩きつければ下手すれば死亡事故になったはず。でも心優しいジョナサンは、いつも相手を優しくマットの上に下していた。このあたりが、とてもプロレス的で面白い。たしか、マスクド・スーパースターも担ぎ上げるよりも、下すほうが難しいと言っていた。二人とも私生活では紳士なので、相手を傷つけるような落とし方は出来なかったのだろう。
怪力レスラーでもあるジョナサンだが、なにしろこの超巨体にも関わらず、その運動神経はジュニア・ヘビー級のテクニシャン並み。大型レスラーはその巨体ゆえに受け身をしくじるとダメージが大きいので、難しい技を控える傾向が強い。だが、ジョナサンは危ないと承知でも難しい技を平然とやってしまう。
自分の才幹に自信があったのだろうが、実際に彼の動きを観ていると、巨体であることを忘れてしまいそうなぐらい俊敏であった。また気が強く、ヨーロッパからやってきて、その抜群のレスリングテクニックで無敗の強豪となっていたカール・ゴッチに喧嘩を売ったことでも知られている。
日本ではプロレスの神様扱いされているゴッチは、アメリカでは融通が利かない頑固者の変人として知られていて、当時アメリカのプロレス界では敬して遠ざけられていた。そのゴッチをわざわざ呼び寄せて、真剣勝負を挑んだのがジョナサンであった。
結果はゴッチの勝ちであったが、両者は互いの強さに敬意を持ち合い、アメリカ・プロレス界で干されていたゴッチはこの後、カナダで試合をするようになり、そのことが日本に招へいされるきっかけとなった。
ゴッチという人は相当な変人で、自分がいかに強くなるかにしか関心がなかった。その変人ゴッチは、自分に挑んできた若者ジョナサンを「才能はあるが、他に関心が多すぎるので強くなれない」と評していたらしい。
実際、ジョナサンは多才な人であった。海軍での経歴を活かして潜水士の会社を経営しているほか、カメラが趣味で来日すると試合もそこそこに撮影に夢中であった。また狩猟が大好きで、山で撃ち唐オた300キロを超えるシカを担いで町まで下したエピソードの持ち主。
ただ、一か所に居つくことが少なく、長くて半年。だから、スケジュールに縛られるチャンピオンには成れなかった。どうも、その気もなかったらしく、強い奴と楽しい試合が出来れば満足であったらしい。
実際、欲も少ない人柄であったらしく、神様に与えられたこの巨体を活かす仕事(プロレス)が出来る喜びを静かに語る変わり者であった。だが、私の知る限りでも、これほど才能に恵まれたプロレスラーは滅多にいなかった。
身長、体つき、運動神経、気の強さ、向上心、どれをとっても超一流の才能であった。ただ、その才能がプロレスのマット上で100%発揮されることはなかった気もする。少し残念にも思うが、当のジョナサンは楽しいレスラー生活だったよと笑っている気がする。
チャンピオンの栄誉を勝ち得たプロレスラーは数多いるが、その多くのチャンピオン以上の才能を持ちながら、チャンピオンになることなくマットを去ったジョナサンは、ある意味プロレスラーらしからぬ人でもあった。
それゆえに、忘れがたい名プロレスラーでしたよ。
このレスラーの現役時代はよく知らないのですが、ジャイアント馬場氏の本で「モルモン教でお人よし、もっと人を押しのけてまでのがめつさがあったら…」と書いてあった箇所を思い出しました。
成り上がり気質の強いレスリング業界では、異例の人物だったようですね。
ただ、あまりに多才すぎて、貪欲さに欠けたとの馬場の指摘は確かだと思います。当時、「モルモンの暗殺者」とプロレス紙などに書かれていたのが、えらく違和感があったことを覚えています。