ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

日本仏教はなぞだらけ 三田誠広

2021-09-22 11:48:00 | 
そうか、仏教にも宗教改革はあったのだな。

なんか、心にすっと入ったというか、落ちたとくか、素直に納得できた。

そして、同時に納得できた。やはり日本人は海外から輸入したものは、日本に合うように改造してしまうのだと。

インドで生まれた仏教だが、現在日本で信仰されている仏教とは似ても似つかぬものとなっている。

おそらくゴータマ・シッダルーダが打ち立てた仏教は、転生輪廻からの離脱であり、その背景にあるのは古来からインドの民を縛ってきたバラモン教からの離脱である。

しかし、月日が経つうちに仏教は難しくなり過ぎた。そこで庶民にも分かり易い新たら仏教が、いわゆる大乗仏教であり、これが中央アジアからシナに伝播して、最終的には日本にまで広がった。

ところが、日本という国は海外から輸入したものを、自国に合わせて改造してしまう悪癖がある。インドで生まれ、シナで育ち、日本にやってきた仏教は、いつのまにやら本来のものとは別物に変わってしまっている。

幸か不幸か、大乗仏教はインドでは既に廃れており、シナでも大きく変質しており、誰も本来のものとは違うと異議を唱えるものはいない。まさにやりたい放題なのが、日本の仏教である。

学生運動の大波から零れ落ちた三田誠広が、自己を省みて「僕ってなに?」と問うて文学を志した。彼は日本って何かを模索しているうちに、「仏教ってなに?」に辿りついたのかもしれない。

本来の仏教から大きく逸脱し変質した仏教を分かりやすく解説したのが表題の書です。

別に熱心な仏教徒でもない私が、なぜにこの本に手を出したのかというと、それは私の私的探究である日本史再構築において現在、ひどく挫折している「大化の改新」への新たなアプローチとして仏教に手を染めたからです。

元々は中大兄の皇子(天智天皇)とその弟とされる天武天皇に焦点を当てるつもりだったのですが日本書記という壁にぶつかり挫折。いや、この日本書紀の編纂者の一人である藤原不比等というとんでもない怪物に出くわし、困惑してしまったのです。

そして、不比等を追えば必然的に聖徳太子へと遡らずにはいられなかった。いや、厩戸皇子というべきか。この時代、あまりに謎が多過ぎて、私の頭は限界クラクラなのです。

そこでアプローチの手法を変えることにし、その一つが仏教なのです。本当は景教や拝火教も探るべきなのでしょうが、資料が少なすぎる。とりえあず、とっつきやすい仏教から迫ろうと考えた次第。

素人には荷が重い、重すぎると思わないのでもないのですが、新しい発見も多々あり、けっこう楽しんでいます。まだまだ先は長そうですけどね。
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暴力革命

2021-09-21 11:57:00 | 社会・政治・一般
ホンの少し、本当に少しだけ同情している。

なにがって日本共産党である。TVを視ていないので、詳細は知らないが八代弁護士という方が、共産党が触れて欲しくない部分について発言し、それに対して日本共産党が噛み付いているらしい。

私が共産党の人たちと親しくしていたのは、70年代後半だが、当時から既に選挙による革命を目指す意見が多数派であったことは、ほぼ確かだと思う。当時、党を率いていたのは不破哲三だが、多分志位さんはその子分だったのだと思う。だから、怒るのは分かる。

分るけどさ・・・

これは、はっきり言うが、日本共産党が武力革命路線を公式に放棄したのは、90年代の宮本議長の死去以降だ。それまでは、どっちつかずの態度に終始していたはずだ。

だからこそ、多くの若者たちが共産党を支持するのを止めた。すなわち共産党、冬の時代である。

私が本気で民青入りを悩んでいた70年代は、共産党の最盛期といってよく、中選挙区制であっても一画に食い込むほど力のある野党であった。しかし、浅間山荘事件と、その後の日本連合赤軍による連続リンチ殺人事件の発覚以降、急速に党内は混迷を深めていった。

圧涛I多数は、武力革命路線ではなく、話し合い重視の選挙による政権奪取を目指すようになっていた。不破書記長は、その先頭に立っていた人物であった。

しかし、日本共産党は多数決原理で動く党ではない。あくまでプロレタリア独裁政党であり、武力革命という本来の共産主義の立場からの離脱を許さない宮本議長(当時)の意志こそが、党の方針であった。

それでも党内の圧涛I多数派は、選挙による政権奪取を目指す温和な人たちであり、さしもの宮本議長もそれを無視することは出来なかった。だからこそ、どっちつかずの方針を打ち出さざるを得なかった。

これに大きく失望したのが全学連や労働組合でも先鋭的かつ戦闘的な活動をしてきた人たちだ。この失望こそが日本共産党の選挙での地盤沈下の最大の原因だった。

かくいう私もその一人だった。小学生の頃から民青の若者たちの話に夢中になり、いつかは自分も革命戦士へと夢見ていた少年は、共産党に大きく失望した。だから、選挙権を得てもただの一度も共産党に票を投じたことはない。

志位氏が大いに憤るのは分かる。分かるけど、あんた宮本議長にそれを言えたのかい?云えなかったからこそ、あのどっちつかずの党の綱領に手をつけられなかったのだろう。

まァ私も共産党の強権体質を知っているから、当時ひよっこだった志位氏が宮本議長に盾突ける訳ないことぐらいは理解できる。でも、過去の事実は事実として認めなさいな。みっともないぞ。
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視野狭窄

2021-09-17 11:41:00 | 社会・政治・一般
バカが身近にいると実害なくても精神的に疲れる。

となりの南のほうのバカだが、傍から見ていると信じがたい馬鹿をやらかす。半島国家が周辺の海域を防御するため潜水艦を持とうとするのは分かる。

本来ならば太平洋を航行できる潜水艦が必要だが、幸か不幸かこの半島は日本海と黄海に囲まれ、太平洋に出るには日本列島の脇を通り抜ける必要がある。

一応、日本は同じ西側国家であり、米軍を通じての半同盟関係にあるはずだ。しかし、この半島の人たちは日本が攻めてくると信じて疑わない。100年前、たしかに日本により支配された過去があるのは確かだ。しかし、当時の日本は南下するロシアを警戒し、その防衛のために半島に協力を求めたが同意を得られないので、半島を支配していた満州人(清王朝)から譲ってもらったに過ぎない。

実際問題、いざ朝鮮半島を譲り受けたら問題山積の不良物件であった。まず、まともに土木建築がされてないから、河川はすぐ氾濫し、山は禿山で治水力なし。新田開発もしてないし、道路、運河などもまったく未整備のまま。

仕方なく大金を投じて社会資本の整備からやらねばならなかったのが朝鮮半島統治の事始めでした。はっきり言えば、侵略する価値のない土地、それが朝鮮半島でした。

ただ、この地をロシアに支配されるのは、日本の国防上非常に拙い。また日本側にも西欧のアジア侵略に対して、アジア各国と連帯して抵抗しようとの甘い意図があったのも確かだ。

でも、一番悪いのは自らの意志で自国を守ろうとする気概がなかったコリアの貴族たちであろう。困ったら宗主国・清に泣きつけば良いと信じ込み、その清が西欧に徐々に侵略され、あまつさえ日本に負けた現実から目を背けた。だから日本の植民地とされたのだが、未だにその屈辱を直視できずにいる。

その後も、自ら戦って独立したのではなく、ソ連とアメリカの意地の張り合いで国土が分断されての独立である。ただ北はそのソ連を手玉にとってシナを引き入れて事実上の独立を勝ち取っている。

しかし、憐れな南はアメリカのお情けで、手取り足取り独立政府にさせてもらっている。どこで、どう捻くれたのか知らんが、アメリカが邪魔(朝鮮戦争)するから統一コリアになれなかったと逆恨みというか逆切れしている始末である。

その過剰なまでに異様なプライドは、経済成長という土台を得たことにより、アメリカから独立したいという夢を持つに至っている。感情的になりすぎて、現実が見えない、いわば視野狭窄の状態にあると私はみている。

では、アメリカから独立するにはどうしたら良いか。その答えは核兵器である。それも単なる弾道ミサイル搭載ではなく、原子力潜水艦から発射する核ミサイルを持つことにより、アメリカから独立し、ロシア、シナからも中立を保ち、不快な日本を恫喝する手段を得る。

これが南コリアの夢である。

だが、南コリアには哀しいほどに基礎的な軍事技術がない。潜水艦はおろか水上艦艇でさえ独自には設計できないし、製造も外国の手助けが必要となる。

南コリアはやたらと国産に拘る。それは独立国家として健全な精神ではある。しかし、技術力が低く、独自に製造する能力は乏しい。実際、真の意味でコリアの純国産といえる実用に耐えうる兵器は皆無である。

コリアご自慢の戦闘機F15Kは、所詮アメリカのストライクイーグルの簡易ヴァージョンである。エンジンも兵器管制装置もすべてアメリカ製である。

またアジア最強を謳うK2戦車は、イギリス企業に半島内に事務所を設置してもらって無理くり国産としている。ただ肝心のエンジンと駆動装置が国産では無理で、止む無く輸入している。

そしてコリア海軍ご自慢のイージス艦だが、これまたアメリカ製であり、意地で国産型を作ったらまともに動けず、年がら年中修理中である。そして、その修理が終わる気配がない。

なにより求めて止まない潜水艦だが、国産化を進めた途端に故障続き。ドイツの209型を輸入した時は巧くいったが、ライセンス生産した214型のK版である孫元一級となると、まともに航行も潜水も出来ない不良品である。

実は一番艦は、事実上ドイツからの輸入なのだが、どうやら搬入後にブラックボックスであるエンジン及び駆動装置を開封しちゃったらしく、その再構築にも失敗したらしい。

なんで、そんなことをしたのかといえば、潜水艦のエンジンをコピーして作れば、次からは真の国産化であり、輸出も可能になるとの目論見であったようだ。もちろん契約違反なのだが、元から契約とか約束を守る気がないだけに、この手の悪事を平然とやる。

そのため激怒したドイツとの交渉に時間がかかり、修理さえ覚束無い醜態である。しかも、他にも艦船本体と司令塔をつなぐボルトの欠陥とか、いろいろとやらかしてくれたので、形だけ完成したが未だに実戦登用が満足に出来ていない。

普通、欠陥があればその原因を探り、対策を練ってから次に進む。ところが信じがたいことに南コリアは、この欠陥を無視して2番艦以降の潜水艦を続々と建造しちゃっている。

バカなの? 本気でバカなのか。

あげく、1800トン級の潜水艦さえ満足に作れないのに、日本の3000トン級の新型潜水艦「たいげい」に対抗して3000トン超の大型潜水艦を作っちゃいましたよ。

あまりにバカだと思うけど、たぶん形だけ完成していれば、それで満足できちゃうのだろうなァ~

太平洋戦争で技術に勝るアメリカと戦い、冷戦時代にはソ連の原潜相手に沈黙の威嚇を繰り返して鍛えられた日本の潜水艦には到底及ばないのは分かっている。

分かっているけど、あァうざい。まァヘンに覚醒されて真面目に軍艦作られても、それはそれで迷惑なんですけどね。

実に馬鹿らしいと思うけど、実際に使うことを真剣に考えず、ただ見映えの良い国産兵器に満足して、しかもそれを自慢しちゃう幼稚さ。

こんなアホな国が隣で、我が国を敵視しているのだから頭が痛い。
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キャッシュレスの功罪

2021-09-16 16:09:00 | 経済・金融・税制
少し前のことだが、マスコミがやたらとキャッシュレス社会の到来を賛美していた。

政府も後押ししているようで、その片棒を担いでいるみたいで、気持ち悪かった覚えがある。ただし仕事上での判断は別で、現金取引しかやっていない顧客で、若い客層が多いところには、私もキャッシュレス対応を奨めていた。

実際、導入したところ、売上が伸びた顧客もあり、悪くない提案だったと思っていた。ただ、少し不安が拭いきれなかったのも事実だ。

私は忘れていない。東関東大震災が発生して、各地で停電が起きたところでは、コンビニのレジスターが使えず混乱したことを。もちろんクレジットカードも使えず、銀行のATMも止まっていた為、生活に困った人たちがいたことを覚えていた。

それは数年前の北海道での大地震も同様で、札幌市内で停電が続いた為、日ごろキャッシュレスで生活していた人たちがたいへんな生活苦に陥ったことも忘れてしなかった。

キャッシュレス機能には電気が絶対に必要となる。停電が続けば、キャッシュレスは無価値なものとなることは自明の理であろう。ただ幸いにして日本は今でも現金使用率が高い。それは通貨への信頼が高いことの顕れでもある。

そして現在、行き過ぎたキャッシュレス社会に困っているのが東アジアの国々である。

どうも報道管制しているようだが、シナでは例年にない大雨で、洪水やら河川の氾濫で電気水道などの社会資本が相当なダメージを受けているようなのだ。そうなると困るのが、キャッシュレスを前提としたレジスター等の決済システムが稼働できないことだ。

実は現金の流通量が以前よりも格段に減っているため、口座に金があっても引き出せず、キャッシュレス決済も出来ない買い物難民が続出している。

では、なぜに現金の流通が減ったのか。

その原因が贋札の横行である。北コリアが贋札造りを国家レベルでやっているのが有名だが、シナでも贋札造りには長い伝統がある。おまけに経済が困窮している北コリアから偽ドルが大量にシナに流れているため、庶民は警戒して現金を使いたがらない。

いつの時代でも贋札造りは横行していたが、現代はカラーコピー機だけでなく、3Dプリンターも広く普及しているため、以前よりも贋札の規模が大きくなっている。

これは世界的な傾向であり、なかでも贋札作りの人気ナンバー1は不動の米ドルである。その一方、日本円は贋札作りが面棟Lい貨幣として悪名高い。なにしろ2~30年おきに通貨デザインを変える上に、繊細で巧妙な工夫をちりばめるので贋札が作りにくい。

おかげで東南アジアの一部の国では日本円が密かな人気である。個人差はあるが、米ドルよりも信頼されているらしい。

かくいう私も現金信仰が強く、手許に必ず一定額の現金を用意している。私のスマホ(一応持ってはいる)には、キャッシュレス機能はついていない。奨められたが、敢えてNOを貫いている頑固者である。

ただしスイカなどの交通系カードは持っているし、けっこう使う。後は良く使うスーパーマーケットのャCントカードぐらいだ。これで十分である。

キャッシュレス決済は確かに便利な機能だと思う。それは認めるが、あまりに便利過ぎると、却って不便になることがあると私は考えています。
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トマトと卵炒め

2021-09-15 11:37:00 | 健康・病気・薬・食事
なかなか努力が結果に追いつかない。

事務所の近くの中華料理屋さんで偶に日替わりで提供されていたのが、トマトと卵炒めであった。具材は本当にトマトと卵だけ。ところが、これが望外に美味い。調味料は塩と、多分隠し味にウェイバーを少々だと思う。

ところが、このコロナ禍で店が閉店してしまった。気に入っていた定番の料理だけに、これが食べられなくなってしまったのが、とても残念であった。銀座は中華料理店が多い街だが、このトマトと卵炒めは、あまり見かけない。

はっきり言えば、高級とされる中華料理店では、ほとんどメニューにない料理であった。ということは庶民的な料理なのだろうか。

幸いにして情報あふれるネット社会のおかげで、レシピは分かった。そして、この料理がシナでは一般的な家庭料理であることも分かった。ならば、生粋の庶民である私向けに相応しい料理ではないか。

そこで私も作ってみた・・・う~ん、こりゃ失敗。味付けが難しい。すごく簡単そうにみえるレシピなのに、いざ作ってみると、近所の中華料理屋さんのものとは別物なのだ。

何度か失敗してみて分かったのは、塩振りの難しさ。単に塩の量だけの問題ではない。炒り卵全体に上手くいきわたるように塩を振りかける難しさ。レシピを熟読し、調理動画を熟視しても、これはなかなか身につかない。

思い起こされるのは、フレンチの三國シェフのことだ。北海道に生まれ、札幌のホテルで料理人として修業した若き日の三國氏は、更なる技量向上を求めて東京の帝国ホテルで働き出した。

しかし、来る日も来る日もひたすら鍋を洗う毎日。少し心が折れかけたと後年述べていた。その帝国ホテルの元へ、外務省から依頼が来た。スイスの日本大使館付きの料理人を派遣して欲しいとのころ。

すると、当時の村上総料理長は、鍋洗いをやっていた三國氏を抜擢した。本人も驚いたが、周りも驚いた。すると村上総料理長は一言「三國君は塩振りが上手い。だから大丈夫です」と。

鍋洗いの合間に、味見をしたりして研究熱心な姿を村上総料理長はしっかりと看ていたのです。その後、スイスに渡り修行に励み、やがてフランスに赴き各地のレストランで働き技量を高めて帰国して有名になったことは、よく知られている通り。

塩の扱い方って、料理の肝なのでしょうね。

私が料理が下手な理由の一つは、20代の時に腎臓を傷めた結果、やたらと減塩に拘るようになったことが一因だと思います。今は特に、塩の制限は言われていないのですが、長年塩を減らすことに注意していたので、無意識に塩を使いたがらない性向があります。

ちなみに、トマトと卵炒めですけど、あれこれと試した結果、卵を割ってカップに入れてかき回しておくのですが、その際に塩を振り、全体に行き渡るようによくかき混ぜることで、なんとか食べれる味になりました。

でも、まだあの店の味には遠く及ばないです。料理の世界は奥が深いと痛感しています。

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