
庭の老梅の花が大分目に付くようになった。きょうもたまに鳥の声がするが、あの声はいつもの椋鳥ではない。昨夜は雨の音を聞いた。最近になって、天気の移り変わりがめまぐるしく、昨夜は上は雪だったかも知れない。春の雪でも日陰に積もれば、それはなかなか融けない。これからもこういう天気は繰り返されるようだが、去っていく季節の執着などはもう見なくともいい。
雪の便りからそれを「平成最後の雪」かと思い、おはこの味噌作りに励みながら「平成最後の味噌作り」を意識したりと、もうすぐ終わる平成の御代への思いを滲ませた便りが届いた。昭和はその時代に生まれ、その長さばかりか激動の時代でもあり、また、時代の終わりを象徴するような光景を目にしたから、感慨も深かった。しかし平成については、まだそういう思いは湧いてこない。あれから31年も経ったのかと、呆気なく過ぎ去ぎていった時間を他人事のように感じている。
きょう、この冬は一度しか使わなかった山スキーをしまい、シールも片付けた。車の中には出番のなかった山靴とスノーシューズがまだ放り込まれたままだが、もうすぐそれらも物置の隅が定位置となるだろう。そのそばに、やはり使われなかったスキーが2台、放たらかされたままになっている。
この冬の間も、大体1週間、長くても10日くらいの割合で上には行っていたが、何度となく呟いたように雪が少なくていつも車で通えた。そのため、法華道を登ることもなかった。この仕事を始めてから12年が過ぎる中で、これは恐らく初めてのことだと思う。また、冬の来訪者も少なかった。冬期営業を始めてから何年になるのか、最少人数を記録した。これに関してもいろいろと思うことがあるが、先ほど呟いた「時代の終わりを象徴するような光景」と同じく、ここでは言葉にはしないでおきたい。
すっかり身体の元気をなくした年上の友人が電話してきて、「山の匂いと、山の霊気が懐かしい」と言った。なぜかそれを聞いてすぐ、光岳に行く途中の南信濃の山中と、熊野の深山、就中千年を超える老杉(ろうさん)と、山頂から眺めた熊野灘が思い浮かんだ。
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