
冬の間、猟期も含め、囲い罠は解放状態にしてある。そうしておくと鹿の罠に対する警戒心が薄れ、春先になって仕掛けると、写真のように割と簡単にすぐ捕獲できた。しかし近年は、段々そうもいかなくなってきた。囲いの中に入るのは危険だと鹿も学習するのだろうが、それを親鹿や群れを率いる鹿などは、どうやって子や他の鹿たちに教えるのだろう。森の中で人の気配を察知した鹿は鋭い警戒音を発して仲間に知らせるが、きっとあれ以外にも他の方法があるのだろう。
牛もそうだが、群れを組み安気に草を食んでいても、人間のように会話を楽しんでいるわけではない。それでいて、行動はいつも仲間と一緒にする。1頭が脱柵などすると、他の牛が柵の近くに集まり心配そうに見守っているし、事故などで死ねば、まるで弔うようにその牛の周囲に集まってくる。
人間にとっては、言葉はなくてはならないものだが、人間以外の生き物はその能力を持たない。いや、発動機が発明されるまでは、北氷洋にいるクジラは南氷洋にいるクジラと低周波音を使い恋の歌を交わすことができたというが、だからといってその歌に聞き惚れて、赤道あたりまで出掛けていって逢瀬を楽しむなんてことがあったとは思えない。ただし人間は、さまざまな通信手段を持つから、そういうことをする人もいる。
言葉を使い、文字を発明し、それで逆に人間が退化させてしまった能力もあるかも知れない。そんなことを考えていたら、ひところ「忖度」なんていう言葉が流行り、政治家や官僚はあたかも鹿や牛のように、言葉を使わずとも意志を伝え合うことができると聞いて驚いた。いくら"選良"や優れた役人でもそこまではと、あまり信ずる人はいなかったのではないのか。いけない、牧場とは関係のない話になってしまった。

今年も来るかなぁ、この子供たち。賛否両論あったけれど、この風呂の周囲はこんな囲いではなく、もっとちゃんとした板の塀にした。風呂とくれば水、それでひとつ心配していることがあって、前回上に行った時、いつものあのゴボゴボ音が聞こえてこなかった。取水場には充分な水があったが、またしても、どこかで水道管に穴が開いたかも知れない。気になっている。
雪が降ってきた。積もるほどではないが、上はどうだろう。冬中車で行けて、さあ仕事が始まるぞという段になって、雪に阻まれて途中から歩くことになるかも分からない。そういうことをやりたければ、いくらでもやれ。バカ奴!
最後になってしまったが、I坂君、S子さん、おめでとう!良かったね。