冬の入笠、雪の下に眠っている動植物。風以外に音の消えた白い世界・・・。
かつて人も、同じようにして長い寒い季節に耐えた。火を燃やし、藁を打ち、繕い物をし、薄暗い洞穴(ほらあな)のような家の中で茶を飲み、漬物を食べ、春の来るのをじっと待った。そんな時代の長い夜、人は退屈ということを知っていただろうか。燃える火を見つめつつ、ゆっくりと過ぎていく時間を空気と同じように感じ、吸っていたのかも知れない。
師走、山あいのあの小さな集落には連日、単色の虚空から雪が際限もなく降ってきていた。そしてゆっくりと畑も野も山も、白色の重圧に埋もれた後、その下で人々はじっと、心臓が鼓動するようにひっそりと暮らした。寒くて、窮屈で、不自由な冬。
霜焼けをしたあの子は、春が来るまで目が覚めないでほしいと願いながら、眠りに落ちていった。そして朝が来て、相も変らぬ白い圧迫を呪ったが、それでも同じことを幾度となく繰り返した。
厳寒の2月、隣の家で馬が死に、その次の日には村の外れで赤子が生まれた。雪に呑まれた小さな集落にも死があり生があり、嘆きと喜びのくごもったような叫声が厚い雪の底から聞こえてきた。
誰かに、死んだ馬はお前が埋めろと言われた。もっと驚いたのは、生まれた赤ん坊はお前の子供だと。
ここらで分かった、夢を見ているのだと。外ではもう、下水工事の音がしていた。もう少し続きが見たくて、うすぼんやりとした意識の向こうに帰ろうとして果たせなかった。
夢の元になった北信濃の広津集落の写真を見直した。広大な雪をまとった森林の続く中の、それもかなり上部に、わずかな雪原に埋もれるままポツンポツンと家が点在している。山全体が凍り付いて眠っている。こんな山深い白い辺境に、一体何があって人は生存の場としたのだろう。
きょうはここにも雪が降っている。きっと入笠は、また一段と雪の国の扉を厚くし、重くしたことだろう。