「囲炉裏火はとろとろ、外は吹雪」の季節がやって来た。ハミングをする。囲炉裏はもう切ってない。薪も炭火も燃えてはいない。灰がとろとろになってもいない。けれども、この歌を口ずさむとあたたかくなる。全身の骨がとろとろになってくる。
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「冬の夜」 文部省唱歌
1番
燈火ちかく衣縫ふ母は/ 春の遊びの楽しさ語る/居並ぶ子どもは指を折りつつ/日数かぞへて喜び勇む/囲炉裏火はとろとろ/ 外は吹雪
(長四角の囲炉裏がたしかにあった。炭火をたすのは子供の役目だった。お母さんが破けた服を縫って修理してくれた。これは懐かしい。ああ、愛されていたんだなと思える。春の遊びは外でする遊びだった。芹を摘みに小川へ行ったし、遠足へ行っておにぎりも食べた)
2番
囲炉裏の端に繩なふ父は/ 過ぎしいくさの手柄を語る/居並ぶ子供は ねむさを忘れて/ 耳を傾け こぶしを握る/囲炉裏火はとろとろ/ 外は吹雪
(父は騎馬兵だったから、馬の話をよくしてくれた。戦地での手柄話はついぞ聞かなかった。手柄なんか立てなかったのかもしれない。よかったと思う。父の自転車の荷台に乗って蓮の実を取りに行ったことがなつかしい。逞しい父の背中の匂いを嗅いでいた)
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ああ、冬の夜が来ている。さぶろうはもう70才。とっくにこどもではなくなっている。というのに、この歌をくちずさむとまだほんの子供だ。そこに囲炉裏火はとろとろ燃えて、外は吹雪している。